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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
73/201

初めての休日③ ラフィとセイルの戦い

* ラフィ視点 *



 マルスさんがコゼットさんを追ってから、どのくらいの時間が経ったのでしょう。

 この花畑の周囲はまだ明るいですが、随分と時間が経った気がします。


「はあ、マルスさんに待機を命じられなければ、ラフィも付いて行ったのに」


 よりにもよって、野蛮な狼男と二人きりなんて。


「ぐずぐず言ってねえで、テメーは手を動かせ兎女」


 しゃがんでせっせとハーブを採集するラフィに対して、生意気な狼人(ウェアウルフ)が見下ろしながら言いました。

 この狼男の太々しい態度はなんなんでしょうか!


「動かしてます!

 あなたこそ、ぼ~っと突っ立てないで、ちゃんと護衛として周囲を見張ったらどうですか?」

「やってんだろうがっ! テメーは鼻だけじゃなくて目まで節穴か?」

「ご安心ください。

 あなたのその凶悪な顔はしっかり見えていますから!」


 売り言葉に買い言葉。

 全くもって腹立たしいです。


「ふん――!」

「はっ――!」


 凶悪顔の狼から視線を反らし、ハーブの採集に戻りました。

 花々の甘い香りが苛立つ心を癒してくれます。

 これでマルスさん二人きりなのであれば、とても素敵な休日だったのですが……。


(はぁ……マルスさん、早く戻ってこないかなぁ……)


 折角の休日ですから、早くこの依頼クエストを済ませて、残った時間はマルスさんとデートをしたいなぁとラフィは考えていました。

 でも、未だに二人が戻ってくる気配はありません。

 まさか……何かあったのでしょうか?

 マルスさんが向かったのであれば、問題はないと思いますが……。


「はっ!?」


 もしや、コゼットさんが魔物モンスターに襲われているところを、マルスさんが颯爽と救出する展開になっているのでは!?

 そして頬を染めるコゼットさんは熱い視線でマルスさんを見つめ……。


 なんてことでしょう!

 このままでは、またライバルが増えることに……。


「ぐぬぬ……」


 やはりマルスさんを女性と二人きりにするのは危険です。

 本当に心配の種は付きません。


「お前、さっきから何をぶつぶつ言ってやがる?」


 そう言って、訝しむような視線を狼男が向けてきました。


「……粗暴な狼には、きっと悩みなんてないんでしょうね」

「悩み……? んなもんは、いくらでもあるってえの」

「へぇ、そうですか、大変ですね」


 適当に返事をすると、


「……おい」


 低い声で、狼人ウェアウルフは声を掛けてきました。

 もしかしたら、ラフィの適当な返事に怒ったのでしょうか?


「……なんですか?」


 答えるのも面倒でしたが、ラフィが聞くと、


「なにか、音が聞こえねえか?」

「音?」


 真面目な顔をした狼男に言われ、ラフィは耳を済ませました。


「……」


 バタッ――。

 バタッ、バタッ――。


 鳥が羽ばたくような音が聞こえました。

 でも、聞こえた音はそれだけじゃありません。


 ザザッ、ザザッ――と、緑に覆われた茂みを這うような音も聞こえます。


「……魔物モンスター?」


 誰に確認しようとしたわけでもなく、口からそんな言葉が出ていました。


(……いつの間に?)


 さきほどまで、魔物モンスターが動くような音は聞こえなかった。

 これだけ草木が茂り森林に囲まれた場所で、音もなく近づける魔物モンスターがいるのだろうか?


「……」


 狼人(ウェアウルフ)は、ただ視線を真っ直ぐに向けていました。

 既に魔石で装備を形成し、腰を低く落としています。


「おいクソ兎、魔石は持ってきてるか?」

「……一応は」


 魔石はラフィにとって、ほとんど意味のない道具です。

 ラフィには魔石による装備適正がありませんでした。

 魔力を流し道具を形成することはできます。

 ですが、適正がない以上はどの装備を使っても上達の見込みはないと言われているようなものなのです。


「ですが、ラフィにできるのは逃げることとサポートくらいです」


 自分で言うのは情けないですが、ラフィは戦闘能力はほぼ皆無です。

 誘惑の魔術が通用する魔物モンスターならどうにかなるのですが……。


「テメェーに戦闘は期待してねえよ。

 ……自分の身だけ守ってろ」


 森の奥を見据えながら、セイルはそんなことを言いました。


「カッコ付けるんじゃありませんよ。

 戦えはしませんが、ラフィだって役に立てます」

「……そうかよ」


 鳥が羽ばたく音と、地響きが近付いてきました。

 バキッ――と森林を薙ぎ倒し、


「……ちっ――マジで化物じゃねえかっ!」


 面倒そうな言い振りとは別に、セイルの声には確かな焦燥感が含まれていました。

 ラフィ達の目の前に現れた二匹の魔物は、この辺りに生息する魔物(モンスター)ではありませんでした。


 一匹はバジリスクと呼ばれる巨大な蜥蜴(とかげ)を連想させるの化物でした。

 八本の足を持ち全身は緑で禍々しく、鱗はゴツゴツして光沢を放っています。

 ラフィの倍以上の大きさがありそうです。


 もう一匹は、コカトリスと呼ばれる鳥の頭と蛇の尾を持つ巨鳥でした。

 全長は三メートルほどでしょうか。

 赤色の鶏冠とさかを持ち、鳥の身体はフサフサした真っ白な羽毛に包まれていて、尾は青緑色で不気味にうねっています。


 一見、見た目は全く違う化物ですが、同種であるともされるこの二匹には共通する特徴があります。

 それは、攻撃を受けた者を石化させるという呪いを持っているということです。

 正直なところ、ラフィたちでは勝てる見込みのない魔物モンスターです。

 いや、勝つどころか、ラフィの運動能力では逃げ切ることすら……。

 本来、Cランク以上の冒険者がパーティーを組んで戦う魔物(モンスター)なのだから。


「狼男! ここは逃げて、学院に助けを呼んできなさい!」


 だが、この狼男一人であれば、逃げ切ることも可能かもしれない。


「ふざけんなクソ兎。テメェーは死ぬ気か?

 カッコつけてんじゃねえぞ!

 一人だけ置いてオレだけ逃げられるわけねえだろうが!」

「こんな時でも口が達者ですね狼人(ウェアウルフ)

 別にラフィは死ぬつもりなんてありませんよ」


 直ぐにマルスさんが戻ってくる可能性だってあるのだ。

 きっとマルスさんなら、ラフィのピンチに駆けつけてくれる。

 そう信じていますから。


「これが生き残る為の最善の選択だと考えた、それだけです」


 どちらにしてもラフィたちだけでは、この化物には勝てないのですから。


 既にラフィ達は敵の視界に入りました。

 間も無く戦いは始まる。

 そう判断し、ポシェットの中からいくつか道具(アイテム)を取り出して。


「わかったら、さっさと行ってください!」


 ラフィはセイルに言いました。

 なのに、


「いいか、よく聞けよクソ兎」


 こんなことを言って、この狼男は逃げるどころか、ラフィの盾になるように一歩前に足を踏み出したのです。


「テメェーは確かに気にくわねえが、それでもテメーはマルスのダチだ」


 この狼は勘違いしている。

 マルスさんとラフィは番いです。

 だが間違いを一切気にした様子もなく、セイルは言葉を続けた。


「ダチの大切なもんを守るのは、狼人達(オレたち)にとっちゃ当然のことなんだよ!」


 どんな理屈だ。

 別にラフィはあなたと友達でもなんでもないというのに。


「だからオレは、テメェーを見捨てねえ!」


 何をカッコ付けているんだか。


「やはりあなたは馬鹿な狼です」

「うるせぇよ」


 でも、その背中がほんの少しだけですが、今は頼もしく見えました。


「言っておきますが、ラフィは死ぬつもりはありませんから」

「珍しく気が合うじゃねえか、オレも同意見だ」


 こんな時くらい、お互い協力するのも悪くない。

 そして、


「――くるぞっ!」


 セイルの言葉を皮切りに、ラフィ達の戦いが始まるのでした。

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