初めての休日① 森へ
2度目の修正を致しました。2015/09/28 20:52
セイルたちと別れ、俺は部屋のベッドに寝転んでいた。
柔らかいベッドの感触に包まれながら、ファルトに言われたことを思い返す。
なぜ、ファルトと友達になるのに、アリシアとネネアとも友達になる必要があるのだろうか。
俺がファルトの友達になることで、何か不都合があるのか?
やはり、まだ俺と戦う可能性を考えているのだろうか?
俺がもし生徒会に入らないと言ったとき、アリシアはどんな対応を取るつもりだろうか?
もう実力行使はないと思うが。
その可能性を捨て切れなかったから、ファルトは俺とは友達になれないと言ったのかもしれない。
アリシアはともかく、あの短気な猫人は俺が友達になってくれと言って、なってくれるだろうか?
(……無理だろうな)
今日のことを根に持たれていそうだ。
あの猫と友達になるのは高難易度過ぎる。
そもそも、今までが上手くいき過ぎてきたのだ。
師匠も、友達の作り方は教えてくれなかったな。
まさか、こんなことで悩む日が来るとは思っていなかった。
(……どうしたものか)
ファルトとは友達になりたい。
だが、出された条件は厳しい。
何かうまい方法があればいいが。
考えても、答えは直ぐに出なさそうだ。
(……寝るか)
明日は半森人の少女――コゼットからの依頼もある。
確か、昼食を食べたら正門の前に集合だったよな。
行く前にセイルに声を掛けていくとしよう。
それだけ考えて、俺は眠りに付いた。
*
次の日。
休日も変わらず鐘の音は鳴る。
平日と何ら変わりない始まりだが、今日は授業がないのだ。
朝食を食べた後、俺は準備を始めた。
制服を着た上で、服の上からはローブを纏う。
この学院に来た当日に、アリシアに盗賊と間違われた時のものだが、制服の上から着ているのだから問題ないだろう。
念のため、魔石は携帯しておこう。
暫くして、昼食の鐘が鳴った。
「マルス、準備できてるか?」
ノックと共にドアの向こうからセイルの声が聞こえ、俺は扉を開いた。
「おう、セイル。
そっちも準備は大丈夫か?」
いつもと変わらず目付きの悪い狼人が目の前にいた。
服装は制服を着ている。
森の中に入るというのに、この狼男は大丈夫だろうか?
「準備とは言ったが、仰々しい装備は必要ないだろ?
この辺りは学院が管理しているから、魔物もほとんどいないからな」
「念の為、魔石くらいは携帯しておけよ?」
「大丈夫じゃねえか? そんな心配しなくても?」
「念の為だ」
俺が歩いてこの学院に来た時も、この付近では魔物に遭遇しなかったが、外に出る以上、油断や慢心はしてはいけない。
どんな危険があるかわからないのだから。
「……わかった。出る前に、飯は食ってくんだろ?」
「ああ」
セイルは面倒そうだったが、一度魔石を自分の部屋に取りに戻り。
それから俺達は食堂に向かった。
ネルファに今から依頼で外に出るという話をすると、
「では、これをお受け取りください!」
と、赤色の液体が入った細長いガラス瓶を渡してきた。
飲み口にはコルクがはめられており、中の液体が零れないように固定されていた。
色味的に回復薬を連想させるが、
「これはネルファ特製回復薬です!
体力の回復と毒や麻痺などの状態異常にも効果がありますので!」
調合までこなすのかこの家政婦は。
だが、ネルファならそのくらいやってのけると思えるのが不思議だ。
「ありがとな、ネルファ」
俺とセイルは回復薬を受け取り、待ち合わせ場所に向かった。
「マルスさ~ん!」
正門からラフィが手を振っているのが見え、俺達は歩みを速めた。
「悪い、待たせたか?」
「いえ、全然待ってません!」
そう言ってラフィは笑った。
今日のラフィは全身を覆い隠すようにローブのようなものを纏い、小さなポシェットを肩から掛けている。
何か道具を入れているのかもしれない。
「あ、あの、わ、わたしなんかの為に今日はお集まりいただきありがとうございます。きょ、今日は宜しくお願いします」
コゼットがペコペコと頭を下げた。
その表情は固い。
まだ緊張しているのかもしれない。
コゼットもラフィと同じくローブを纏っている。
背にはリュックを背負っているが、ハーブを採集する為の道具が入っているのだろうか?
「こら狼男、あなたが恐い顔をしているから、コゼットさんがガチガチじゃないですか!」
「オレのせいかよ!」
いがみ合う二人の様子に、さらにコゼットはおろおろと戸惑いを見せた。
「……とりあえず行かないか?」
「はい!」
「――ちっ」
俺が言うと二人は言い争いをやめて、
「それでは皆さん、本日は宜しくお願いします」
半森人の少女を先頭に、俺達は学院の外に出た。
学院の周囲は森に囲まれている。
といっても、町まで繋がる道は人の手により切り開かれているので、ただ町に買い物へ程度であればなんの問題もないのだが。
「こ、こっちです」
ハーブの生えている場所は、小人族の教官――スミナ・クロットから聞いたそうだ。
あの教官は、薬学の授業でも大量の薬草を用意していたが、もしかしたら自分でも採集に行っていたのかもしれない。
俺達は人の手が全く入っていない森の中に入っていく。
鬱蒼とした森の中は、まだ昼間だというのに薄暗い。
森の木々が光が差し込んでくるのを拒んでいるようだった。
周囲は静寂に包まれている。
森の中には動物の気配すら感じなかった。
「そういえば、コゼットは半森人だったんだな」
この依頼を受けた際に、購買部の店主に言われて初めて気付いたことだった。
それまで俺は、ずっと彼女をエルフだと思っていたからな。
「は、はい。わたしはお母さんがエルフで、お父さんが人間なんです」
俺の少し前を歩く少女の後ろ姿を見る。
左右に結ったツインテールが、ふさふさと揺れている。
耳は森人に比べ少し短く、先端は少し丸み帯びていた。
人間の俺には、軽く見ただけではほとんど森人との差はわからないくらいだ。
そんな少女は、意外にもしっかりとした歩みで森の中を歩いていく。
俺とセイルも問題ないが、ラフィは少しもたついていた。
流石のラフィも、ここでは俺に引っ付いて歩こうとはしない。
草やぬかるみもある為、人の手が入った道と比べようもないほど歩きにくいはずなのだが。
「随分と森での移動に慣れてるんだな」
「そ、それは、子供の頃から家の近くの森で過ごしていたからだと思います」
「森で? まさか、特殊な訓練でも受けていたのか?」
本来、子供が遊び場にするような場所ではない。
つまり、コゼットは俺と同じように幼少の頃から戦闘の教育を?
「く、訓練?」
「マルス、お前、ガキの頃からそんなことをやってたのか?」
「流石はマルスさん! 幼少の頃から訓練を欠かさないなんて!」
三者三様の返答に、
「すまん、なんでもない」
隠す必要もないことだが、なんだか気恥ずかしさを感じてはぐらかしてしまった。
俺が口を閉じるとコゼットが代わりに口を開いた。
「子供の頃から、わたしには友達がいなくて……。
それでもお父さんやお母さんができるだけ一緒にいてくれたんですけど、
どうしても寂しくて、でもそんな時、森に行くと動物たちが私と遊んでくれたんです」
恐らく、友達ができなかったのは、半森人だったということが関係しているのだろう。
今でこそ人間 と共存する他種族は珍しくないが、ほとんどの町や村で人間の数が一番多い。
そうなるとどうなるか。
分別のつく大人ならまだしも、子供は違う。
自分たちと違う容姿の子供がいたら、迫害を受けることは容易に想像できた。
「だがコゼット、下手すれば魔物だって出るんだぞ?
子供だったからとはいえ、危険を考えなかったのか?」
「動物たちが教えてくれたんです。
どのルートが危険で、どのルートが安全か」
そういえば、この半森人の少女は、自分のペットのハムスターとも言葉を交わしていた。
もしかしたら、
「わたしは、動物と話す技能を持ってるんです」
やはりそういうことだったか。
「だからコゼットさんは、あのハムスターの言葉を理解していたんですね」
俺の後ろを歩くラフィも一驚していた。
「はい。一人ぼっちで寂しかったわたしにとっては、宝物のような技能でした」
顔は見えないが、コゼットの声は弾んでいた。
本当に嬉しかったのだろう。
「ですが、コゼットさんのご両親は心配したんじゃないですか?」
「森に入っていることは、お父さんとお母さんには内緒でした。
二人が働きに出ているときに、こっそり家を抜け出していたんです」
その時のことを話すコゼットは、とても楽しそうだった。
動物たちとの交流は、彼女にとってそれこそ宝物ようなものだったのかもしれない。
「森の友達たちのお陰で、わたしは寂しさを感じずに済みました。
でも、人の友達がいないわたしを両親はいつも心配していました」
「ご両親がそう考えるのは不思議ではないですよ」
「それはわかります。
だからわたしも人と仲良くなろうと思ったんですが、
元々人見知りなせいか緊張してしまって……」
なんとなく人見知りなのは伝わっていたが。
「じゃあ、コゼットは友達がいないのか?」
「ま、マルスさん! ストレート過ぎます!」
珍しくラフィが俺に突っ込みを入れてきた。
だが、つい最近まで友達がいなかったというのは俺も同じだ。
「は、はい。この学院でまともに話せていたのはプルくらいで……」
「まさか、イジメられてたりしませんよね!?」
心配するラフィに、
「は、はい。わたしはBクラスなので、Aクラスの人で当たりがキツい方はいますが、イジメられるというほどではないです」
実力主義とは聞いているが、成績の低い生徒への差別などもあるのか。
Bクラスの生徒とはほとんど関わりがないので気づかなかった。
「もし生意気な生徒がいたら、ラフィに言ってください。
お仕置きをしてあげますから」
背後から「ふふふ」と笑うラフィの声が聞こえる。
背筋がゾクゾクし、不穏な気がしてならない。
だが、後輩の世話を焼くラフィを見るのはどこか新鮮だ。
付き合いが浅いのだから当然かもしれないけど、
こうして少しずつ色々な一面を知っていくのかもしれない。
「だ、大丈夫です。
あまりにも酷い時は生徒会の方も手を差し伸べてくれると思うので」
まさかコゼットの口から生徒会の名が出てくると思わなかった。
「あの生徒会が何かしてくれると思いませんが?」
顔は見ていないが、ラフィは如何にも怪しむような声を出した。
「そんなことありません。
一年のBクラスの生徒は生徒会の方にかなり助けられています。
わたしも狼人の男の人に襲われた時、アリシア会長に助けてもらいました。
あ、す、すみません! セイル先輩が気にすることではないので……」
セイルが狼人だということを思い出したのか、気弱な少女は身を縮めながら慌てて弁解した。
「……気にしてねえよ」
答えた狼男の声は、少し落ち込んでいるように思えた。
「……あの女がそんなことを」
ラフィは意外そうに呟いた。
最低限の秩序を管理するのが生徒会の仕事らしいが。
そのことで助けられている生徒もいるようだ。
「半森人のわたしなんかを、
森人であるアリシア会長が差別もせずに救ってくれたんです。
村にいた頃では、考えられませんでした」
それはきっと、日常的に差別を受けてきたこの半森人の少女にとって、
衝撃的なことだったのかもしれない。
そんなコゼットの身の上話を聞きながら、俺達は歩みを進めた。
暫く歩いていくと、陽の当たらない森の中に強い光が差し込んでいる場所が視界に入った。
「なんだかいい匂いがしますね!」
ウキウキした声でラフィが言った。
だが、俺にはその匂いがわからなかった。
感じるのは樹木と土の混ざり合った匂いくらいだ。
「かなりキツい匂いしかしねえだろ?」
ラフィの言葉に苦言を呈するセイルに、
「狼は頭だけではなく鼻も馬鹿だったのですね!
こんないい香りがわからないなんて」
「なんだとクソ兎! テメェーら兎のクソ鼻よりも、
俺ら狼人の嗅覚は遥かに優秀だってねえの!」
「く、クソ鼻!? ラフィの鼻を今クソ鼻と言ったんですか!」
狼と兎の小競り合いが始まり掛けた、その時――
「あ、あそこです!」
コゼットの声に、俺達は歩みを速めた。
鬱蒼とした森の中で、この場所だけは花が咲き誇っていた。
人の手が加わっていない、自然の花畑だ。
ここには木々の天蓋が一切なく、光の雨が降り注ぎ、美しい花々を幻想的に彩っていた。
「ここのお花は全て調合に使えるハーブなんです」
コゼットは、早速花を摘む為にしゃがみこんだ。
「ラフィも手伝いますね。
どの花を積めばいいのでしょうか?」
「ありがとうございます。
では、赤色と紫色の花を咲かせているハーブを摘んでもらってもいいですか?
赤い花は花の部分だけを切ってください。
紫の花は茎から切ってもらえると助かります」
言ってコゼットはリュックを下ろしラフィに採集用のナイフを渡した。
その指示に従い、ラフィもハーブを摘み始めた。
「俺とセイルは周囲を見張ってるから、何かあれば直ぐに声を上げてくれ」
とは言っても、ここまで魔物の気配は一切なかった。
それどころか、不思議なことに獣の気配すらなかった。
いくらこの周辺の森を学院が管理しているとはいえ、ここまで生き物の気配がないというのには違和感がある。
周囲を見回しながら、そんなことを考えていると、
「あ――ちょっと、プル、どうしたの!?」
「こ、コゼットさん!?」
慌てるようなコゼットと戸惑うラフィの声が聞こえた。
目を向けると、ハーブを摘んでいたはずの半森人の少女が、立ち上がり森の奥に走っていく。
「マルス!」
セイルは叫び、俺に目を向けた。
「俺が追いかけるから、セイルとラフィはここで待機していてくれ」
それだけ伝えると、俺はコゼットが走って行った方向に疾駆した。




