ユーピテル学院の宿舎② ラーニアの印象
15 8/24 サブタイトルを変更しました。
「結構片付いてるじゃない」
このままではラーニアが部屋の主――エリシアの荷物を漁りかねない。
俺はラーニアを止める為に、急ぎ部屋の中に入った。
部屋は二人で住むには少し狭く感じる程度の広さだったが、机やベッドがあり、日常生活を送る程度であれば快適そうだ。
「ラーニア、人の荷物を漁るな」
「漁ってないわよ! あのね、あたしはこれでも、ここの教官よ! そんなことするわけないじゃない!」
「お前ならやりかねんだろ!」
「あなた、あたしをどういう目で見ているのかしら?」
「どういう目って……」
言われて俺は、マジマジとラーニアを観察した。
今、彼女は部屋にある二段ベッドに腰を下ろし足を組んでいた。
(考えてみれば、今まで彼女の姿を気にしたことはなかったな……)
まず印象的なのはその赤髪だ。
腰まで届く美しい長髪は、彼女が動くたびにさらさらと揺れていた。
その赤髪だけでもかなり目立ちそうだが、さらに人目を引くのは彼女の瞳。
まるでルビーのような深紅の瞳は、見ているだけで吸い込まれてしまいそうなくらい深い色をしていた。
自身の生まれ持った容姿だけで目立つ素質の塊のような彼女だが、それをさらに引き立てているのがその格好だ。
フードを羽織ってはいるが、その下は服というにはおざなり過ぎる。
胸元が隠れるだけの白い布の服。
その隠れた部分は大きく盛り上がっている。
腹部は完全に丸見えだ。
これでは教官というよりは男を誘う娼婦のようだ。
下は動き易さを重視してかショートパンツなのだが、これも肌を露出しすぎている。
アクティブな彼女の性格をよく表しているかもしれないが、これで生徒を持つ教官ですというには無理があるだろう。
そんな彼女を一言で例えるのなら、
「……露出狂?」
ブチッ――と、ラーニアの血管が切れるような音がした。
「死ぬ?」
真正面から睨むように俺に視線を向けた。
「残念ながら、殺されてやるつもりはないぞ?」
「はぁ……全く。とんでもない生徒をこの学院に入れちゃったかしら?」
一度溜息を吐いた後、再び俺に視線を向けて、
「あなたがあたしをどういう目で見ているかはさておき、今は話を進めます。
この学院では定期的に教会の鐘が鳴るの。
その鐘の音で時間を判断して、その鐘の音に合わせて、学院の授業や宿舎での生活も行われています」
「へぇ……団体で生活するわけだから、ある程度時間の間隔を統一しているわけだ」
「その通りよ。そうでもしないと、授業に誰も来ないなんてことになりかねないでしょ?」
自嘲気味にラーニアが笑った。
過去にそういった経験でもあるのだろうか?
「話を続けるわね。この宿舎では毎日食堂で食事が食べられるの。
で、そのタイミングだけど、まず早朝に一回鐘の音が鳴るわ。
その鐘の音と同時に食堂が開放される。それからもう一度鐘の音が鳴るまでが朝食の時間。
それを過ぎると食堂は閉まって朝食は抜きになるから注意しなさい。
三度目の鐘が鳴り終わる前に学院に着いていること。
その鐘が授業の開始の合図。各授業の開始と終わりにも鐘の音が鳴るようになってるから。
最後の授業の鐘が鳴る頃には、この時期だと、だいたい日が落ちてるわね」
つまり、一日の三分の一くらいが授業で終わるってわけか。
今まで時間に縛られた生活を送ってなかったからな……。
時間に縛られるというのはなんだか窮屈そうだ。
「日が完全に落ちた頃に、もう一度鐘の音が鳴るわ。
それからが宿舎の夕食の時間。
朝食と同じように、もう一度鐘が鳴るまでが夕食の時間よ。
それと浴場、基本的には一日中開放はされているのだけど、お湯が張られているのは夜だけ。
夕食と同じ時間帯なら、好きな時間に入れるから」
「了解した」
首肯し、言われたことを反芻していく。
「後、あんたは二年に編入ってことになってるから。
本当は一年生からでもよかったんだけど、あんた年齢もわからないし。
実力的にはどのクラスに入っても浮くけど、流石に一年はないと思ったのよね。
三年に編入じゃ一年間しか学院生活を楽しめないから、あたしの独断で二年にしたわ」
意外と適当に決められたらしい。
「そこの机に、授業の日程表や教材は全部置いてあるから、後でチェックしておきなさい。それと、一応明日は迎えにくるから」
ラーニアが、壁の右隅に並んで配置された机を指差した。
どうやら手前が俺の机になるらしい。
「それと、覚えておいてほしいのは、各校の冒険者候補生同士で力を競い合う学院対抗戦についてね。
年に一度、他校と試合があるの。時期は八月。
今が五月の初めくらいだから、だいたい三ヶ月後。その選抜メンバーの一人に、あなたは確実に選ばれるから」
「選抜メンバー? 俺が?」
「ええ。あんたをこの学院に誘った時、話さなかったっけ?」
あれ? と首を傾げているラーニアだったが、傾げたいのは俺の方だ。
「今初めて聞いたぞ」
「え? そうだった? あたしがあんたを推薦した理由は、この学院対抗戦の戦力にしたいからって話をしたと思ったけど?」
「いや、されてないから」
何かメリットでもなければ、身元不明の無職を自分が教官を務める学院に迎えるわけはないのだろうけど、まさかそんな理由とはな。
「その学院対抗戦の試合ってのは具体的には?」
「色々ね。単純な戦いだったりとか、戦闘技術の競い合いだったりとか、
その辺りは実際にメンバーに選ばれた時に改めて話すわ。
ちなみに試合の目的は、ギルドを始め各機関が冒険者候補生の力を見定める為。つまり、この大会での成績上位者は将来を約束されたようなものなの。
当然、上位に名前を連ねる生徒が多いほど学院の名声も上がる。
ウチの学院の去年の成績は中の下、全十校中六位。
できることなら今年、上位三校には名を連ねたいところね」
「上位三校?」
「ええ、厳しいのはわかってるの。あくまでこれは目標であって――」
どうやらラーニアは、俺の言いたいことがわかっていないらしい。
「どうせなら、優勝すればいいだろ」
戦う以上、俺は負けるつもりはない。
俺は師匠に『戦う以上は勝つのは当然。勝った上で最高の結果を出すものだ』と教えられて育ってきた。
そう教えられて育ってきた以上、最高の結果を出すのは当然だろう。
そんな俺の返答に、ラーニアは苦笑して、
「そうね、あなたには期待してるわ」
「ああ、任せろ」
自信を持って俺は頷いた。
相手の戦力はまだ不明な以上、俺の発言は自信過剰にとられるかもしれないが、正直なところ相手がどんな化物でも負ける気はしなかった。
それに、ラーニアは俺の実力を信頼して誘ってくれたわけで、それを裏切るわけにはいかない。
三ヵ月後、必ず最高の結果を出す。そう決意した。
「これで一応、学院生活を送る為のルールは一通り教えたつもり。何か質問は?」
「質問は二つ――一つは服装のことなんだが、ここの生徒は全て同じ服装に身を包んでいるよな?」
正確には男女で違うようなのだが、学院内を歩いていた時、全ての生徒が同じ服装なのが目に入っていた。
「ああ、制服のことね。
悪いんだけど、あんたの制服は明日、私が直接持ってくるから。
制服っていうのは、この学院の生徒ですって証みたいなもんね。
宿舎の中では構わないけど、学院には必ず制服で来ること」
(なるほど……)
昼間にあったエルフが、俺を盗人と勘違いしたのは、俺が制服を着ていなかったせいでもあったのか。
言われて納得だ。
確かに不審者と見分けるには、服装を統一するというのが一番早い方法だろう。
「了解だ。それと――大事なことがもう一つ」
ずっとわからないことがあった。
それは今のうちに、どうしてもはっきりさせておきたいことだった。
「なにかしら?」
「あんた、何歳なんだ?」
出会った時――妙齢の女性という印象は受けたが、若く見えて意外とおばさん臭いところもあるんだよな。
見た目と実年齢が比例していない者も多くいる。
この学院で教官をやっているわけだし、ある程度、歳を喰っているのだろうか?
「俺の予想では、三十歳前後じゃないかと予想して――っと――!?」
瞬間――俺の頬に鋭い刃のようなものが掠めた。
(ナイフ……? いや魔法か?)
その一撃には、明らかな殺気が込められていた。
しかし、今の反応でわかったぞ。
「――その怒りようだと、二十代みたいだな」
「冷静に分析してんじゃないわよ! 私はまだ二十代前半よ! いいマルス! 一つ忠告してあげる! 二十歳を超えた女性の年齢は聞くもんじゃないわよ。寿命を縮めることになるから」
今までにないほど、ラーニアは優しく微笑んだ。が、同時に、今までにないくらいの威圧感を放っていた。
「じ、人生の教訓として、胸に刻んでおこう」
女性にとって、年齢は切実な話題ということか。
師匠は全くそんなことを気にしていなかったけど……いや、そもそも俺は、師匠に年齢を聞いたことなんてなかったのかもしれない。
「全く……。他に聞きたいことは?」
これ以上、地雷を踏みにくるなよ! と半端じゃない目力で睨んでいるラーニアに、
「大丈夫だ」
問題ないことを伝えた。
「そう。……一応、伝えておくけど、あたしはあなたが学院生活を送る上で、細かいことをとやかく言うつもりはないから。
あなたが思うままに学院生活を楽しみなさい。
友情に生きるも、恋に生きるも、あなたの自由よ」
ニヤッと微笑み。
そんな言葉を残してラーニアは俺の部屋から去って行った。
(学院生活を楽しむ……か……)
こういった共同生活の経験がない俺にとって、どうすれば楽しめるのかが純粋な疑問ではあるのだが、それでも今、俺はわくわくしている。
師匠が死んでから、何の目標もなく怠惰な毎日を過ごしていた俺だけど、今は久しぶりに高揚感に包まれていて。
これからこの学院生活でどんな事が起こるのか、楽しみで仕方がなかった。




