生徒会からの帰路
* マルス視点 *
委員会室を出て、八階の階段を下りているときだった。
「マルスさん、ラフィは安心しました」
ラフィはそんなことを言って胸を撫で下ろしていた。
「あの場で俺が、ファルト先輩とやり合わなくてか?」
安心したと言われて、思い当たるのはそれくらいだったのだが、
「そうじゃありません!
寧ろ、ラフィとしてはマルスさんの戦う姿を見たかったくらいです!」
即否定された。
だが、そうなると心当たりがない。
答えに窮している俺に、
「ラフィが安心したのは、マルスさんが生徒会に入るのを断ってくれたことです」
兎人の少女は言った。
確かにあの場では断った。
だが、
「入らないと決めたわけでもないぞ?」
答えを出すのはもう少し考えてからにしよう。
そう思った。
だから、断ったのではなく答えは保留中だ。
「え……? なんだかんだで断るつもりだとばかり……。
あ――もしかしてマルスさん、エリシャさんが生徒会に戻るから。
だから、生徒会への所属を考えているんですか?」
兎耳をペタンと倒し、ラフィはしょんぼりとした。
その口調は、どこか拗ねたようにも感じる。
「マルス、私のことなら心配しなくても大丈夫だよ。
一人でも、出来るだけ頑張ってみせるから」
ラフィの言葉を聞いて、エリーまでそんなことを言ってきた。
二人とも、何か勘違いをしているようだ。
七階に下りたところで、俺は一度足を止めた。
するとエリーとラフィも立ち止まり、窺うように俺を見た。
そんな二人に、俺は自分の考えを伝えることにした。
「そうじゃなくてさ、いい機会だと思ったんだよ。
生徒会に限らず、委員会に入るかどうかを考えるな」
各委員会の活動には単純に興味があるし、多くの生徒と知り合う機会にもなる。
「エリーが生徒会に入ったとしてさ。
活動を続けていく上で問題が起こったなら、その時は力になるつもりだ。
でも、だから俺が生徒会に入るかといえばそうじゃない」
この言葉はエリーに向けて。
「俺自身が考えてみて、生徒会の活動をやってみたいと思ったらやる。
他の委員会のことも調べて、面白そうだったら所属するかもしれない。
その時は、当然生徒会には入らないと思う。
どれもつまらなそうなら、委員会に入らなければいい」
この言葉はラフィに向けて。
「だから生徒会のことも一旦保留にしたんだが、ダメだったか?」
最後に、二人に向かってそれだけ言った。
すると二人は、
「ううん、ダメなんてことない。
マルスらしいって思う」
そう言ってエリーは微笑して、
「これでは、勘違いで嫉妬していたラフィがバカみたいです」
そう言ってラフィは苦笑した。
「嫉妬?」
ラフィは、何に嫉妬したのだろうか?
「いいんです! マルスさんにはわからないことですから!」
そう言って右腕に抱きついてきた。
「さあ、行きましょうマルスさん!
ラフィを嫉妬させた罰として、今日は女子宿舎まで送ってもらいますよ!」
なぜ罰を与えられたかはわからないが、
「それくらいお安い御用だ」
俺たちは再び階段を下りて行った。
その時、ドタバタドタバタと階段を駆け上がってくる足音が聞こえ、
「ファルトオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」
まるで学院中に響き渡るような怒声が階下から聞こえたかと思うと、
とんでもなく猛烈な勢いで、猫人族の女が階段を駆け上がって行く。
「おっと――」
俺は慌ててエリーとラフィの身体を抱き寄せ、爆走していく女の突撃をかわした。
女が横切った瞬間、ピシャッと冷たい何かが頬を濡らし。
見ると、女の通った道には水が滴っていた。
「……今の、ネネア先輩だったよね」
エリーが言った。
そうだ。
あれは間違いなくネネアだった。
だが、なんであんなずぶ濡れになっていたんだ?
「……ラフィたちに気付きもしませんでしたね」
ただ真っ直ぐに前だけを見つめ目標に突撃していたようだ。
ファルトの名を叫んでいたことから推測するに、目標はファルト先輩なのだろうけど。
「まぁ、あの方は面倒臭そうですから、絡まれなかったのは幸運ですね」
丁寧な口調ながら失礼なことを言ったラフィだが、
「あはは……」
それを聞いて、エリーは苦笑していた。
「エリシャさんもそう思いますか?」
「良くも悪くもかなり直情的な人だからね」
ほとんど話したことがない俺でも、エリーの言っていることはなんとなくわかる。
そうでなければ、いきなり殴りかかってはこないだろうしな。
「……ところでさ、マルス」
唐突に、伏せ目がちに、頬を染めたエリーが呟くように俺の名を呼んだ。
「どうしたんだ?」
「いつまで、こうしてるつもり?」
「……うん? あ――」
言われて気付いた。
俺はエリーとラフィを抱き寄せたままだった。
腕の力を弱めると、エリーはゆっくりと俺から離れた。
「ラフィは暫くこのままでも構いませんよ?」
自分から身体を寄せ、ピタリとくっ付いてくるラフィ。
「ら、ラフィさん!
ここは学院の中なんだから、少しは節度を持った方がいいと思うよ?」
そんなラフィをエリーは軽く注意した。
「エリシャさんも、少しは積極的になったほうがいいのでは?
ラフィと競い合う気がないのであれば、それも結構ですが」
柔和な笑みを浮かべる兎人の少女だったが、その目はどこか挑発的だった。
「な、なにを言っての? べ、別に私は競い合うつもりなんて……」
頬を紅潮させ、ちらちらと俺に目を向けるエリー。
なぜそんな動揺しているのだろうか?
「とぼけるのは勝手ですけどね。
さ、マルスさん行きましょう!」
再びラフィは俺の右腕に引っ付いて、俺を引っ張るように歩き出した。
「私は……」
エリーが付いて来る足音が聞こえたのは、少ししてからだった。
階段で一人佇み、エリーは何か逡巡していたようだったけど。
何を考えていたのかは、俺にはわからなかった。




