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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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生徒会にて③

 ファルト・ハルディオン。

 見たところ、人間ヒューマンの男だ。

 灰色の髪を立て、軽く後ろに流している。

 身長は高く、百八十センチメートルは優に超えているだろう。

 制服の上からだからわかりにくいが、がっちりした体型をしている。

 かなり筋肉質なのだろう。

 その割に重量感のようなものは感じなかった。

 どこか飄々とした印象があるせいだろうか?


「お久しぶりです。ファルト先輩」


 声をかけたのはエリーだった。

 元生徒会メンバーとして、ファルトとは面識があるようだ。

 言われて、ファルトは視線をエリーに向けた。


「……ん……? もしかして、エリシアか?

 女子用の制服を着ているから誰かと思ったが……」


 ファルトがエリーを思い出すのに少しばかり間があった。

 しかし、それも仕方ないかもしれない。

 中身はともかく、今のエリーは見た目が変わったからな。

 エリーのことを変わらずエリシアと呼んでいるのも、エリシアという生徒がもうこの学院にいないことを、ファルトは知らなかったのだろう。

 二年を除けば、まだ一部の生徒にしか知られていないのかもしれない。


「エリシアという生徒はもうこの学院にはいません。

 改めて自己紹介をさせていただきます。

 エリシャ・ハイランドです」


 だからこそ、エリーは名乗った。

 自分の名前を。

 それを聞いたファルトは、


「そうか。事情はわからないが覚えておく」


 深く聞こうとはせず、それだけ言って、


「そっちのヤツを早く紹介してくれよ? 噂の編入生なんだろ?」


 再び俺に目を向けた。

 力強く、自信に満ち溢れた目をしている。

 だがそこに慢心はない。

 俺が後輩だからと、油断した様子など一切ない。

 たったそれだけのことだったが、この男が十分に他の生徒と一線を画していると感じられた。


「二年のマルス・ルイーナだ」


 この男は強い。

 少なくとも、この学院の生徒の中では間違いなく。

 学院の当代最強というのは伊達ではなさそうだ。


「マルスか。さっきも名乗ったが、おれはファルト・ハルディオンだ。

 ファルトでも先輩でも、好きに呼んでくれていいぞ!」


 学年は上だが、さばさばした感じで付き合いやすそうな男だった。


「じゃあ、ファルト先輩でいいか?」

「おう! マルス、これから宜しくな!」


 ニッと野生的な笑みをファルトは浮かべた。

 俺とファルトがお互いに紹介を済ませたところで、


「――さて、そろそろ話を戻しますが」


 アリシアは言った。


「マルス君、生徒会に入りなさい」


 厳しい視線と共に、再びの命令。


「なんだ? まだ入ったわけじゃなかったのか?」


 ファルトも意外そうだった。

 俺がすでに生徒会に入ることを了承していると思っていたのかもしれない。 


「メリットは十分にあるはずです」


 アリシアは言った。

 メリットが全くないわけではない。

 他の学院に交流に行けるってのは面白そうだと思った。

 もしかしたら、他の学院の生徒とも友達になれるかもしれない。

 それは確かに悪い話ではなのだが、


「選びなさい。誘いを断り我々と事を構えるか。

 生徒会の一員として我々と共に歩むか」


 二者択一を迫られた。

 断った場合は、生徒会の連中と戦うことになるのか。

 それはそれで面白そうだ。


「おいおいアリシア、実力行使に出るってことか?」


 だが、ファルトは乗り気ではないらしい。


「ええ、今までいくらでもやってきたことでしょう?

 今更それに文句があるとでも?」 

「いや、そのことに問題はないぞ。

 ここは実力主義の冒険者育成機関だ。力があれば大抵のことは許される」


 飄々と言ったファルト。

 しかし、ファルトの言ったことは要領を得ない。

 アリシアもそう感じたようで、


「何が言いたいのです?」


 丁寧な口調ではあるが、声音はトゲトゲしい。

 明らかに苛立っていた。


「勝てるつもりでいるのか?」

「……は?」


 唖然とした表情と共に、空気の抜けるような声が、アリシアの口から漏れた。


「は? じゃなくてさ。

 仮に戦ったとして、マルスに勝てると思ってるのか?」


 聞き間違えではないことを証明するように、ファルトがもう一度はっきりと言った。


「意味がわかりませんね。

 ラーニア教官が推薦した編入生ということは知っています。

 ラスティーに勝ったことも大したものです。

 二年が三年に勝つことなど、簡単にできることではないでしょう。

 ですが、我々が負けると?」


 負けるはずがない。

 口振りからするに、アリシアはそう確信しているようだったが、


「ああ。確実に負ける。だから戦わないほうがいいぞ?

 実力の差がわからないのか?」


 だが、ファルトの口調も迷いはない。

 自分の判断が間違いないと確信しているようだった。


「――にゃは、にゃははははははっ!」


 堪えきれないというように腹を抱えて笑い出したのは猫人族ウェアカッツェのネネアだった。


「さっきから聞いてれば、にゃに言ってんだよファルト?」


 堪えきれなくなったように、猫人族ウェアカッツェのネネアが口を開いた。


「うちらが負けるって、ほんと面白いこと言うにゃ」

「お前こそ慢心が過ぎるぞ?」

「慢心? にゃはははははっ! ――だったら」


 おかしそうな笑い声の直後。

 ネネアの声が低いものに変わった。


「今――試してみるかにゃ」


 殺気を隠そうともせず、体制を低くした。


「ネネア、待ちなさ――」


 アリシアの静止すら聞かず、猫人族ウェアカッツェの女は動いた。

 椅子に座る俺の背後に瞬時に移動し、


「にゃぁっ!」


 俺の後頭部に一撃。

 バキッ――と叩き割れるような音が聞こえたが、


「にゃ!?」


 ネネアが叩き割ったのは、俺が座っていた席の机だ。


「あのさ先輩」

「――っ!?」


 俺が声を掛けると慌てて振り向くネネア。


「一応最初だけは大目に見るけどさ、続けるっていうなら次はこっちも攻撃するから、そのつもりでいてくれよ?」

「……にゃるほどにゃ。でけー口叩くだけのことはあるんだにゃ。

 でも――」


 言った直後、ネネアの姿が消えた。

 動いたのではない。

 完全にその場から消えたのだ。


(魔術……いや、技能スキルだな)


 面白い能力だ。

 視界からは完全に消えている。

 使い方次第では諜報活動などの役にも立ちそうだ。

 だが、折角の力も使い手のせいで非常にお粗末な能力になっている。

 なにせ、殺気がまるで消えていない。

 これではいくら姿が見えていなくても、どこにいるかバレバレだった。


 俺は姿勢を下げた。

 瞬間、頭部に風が切るのを感じた。

 そのまま床に右手を突き、左足で相手の足を払った。


「んにゃっ!?」


 バタッ――と倒れる音が聞こえた直後、ネネアは姿を現した。

 自分で割った机に倒れ伏したネネアの首を、俺は右手で掴んだ。


「続けるかい?」


 ポカンと口を開きマヌケな顔をしているネネア。

 だが、直ぐに自分の状況を理解したのだろう。

 歯を噛み締め、俺を睨みつけた。


「――っ、にゃめてんじ――」


 反抗的な猫の首を絞め付けた。


「ゃ……」


 絞められた喉から声が漏れた。


「まだ、続けるかい?」


 再び問いただした。

 だが表情は苦しみに歪むも、その目はまだ死んでいない。

 まだ戦うつもりのようだ。

 これなら気絶させたほうが早いな。

 そう思い俺は左手を振り上げ、


「マルス、この馬鹿の自業自得だが、その辺りで許してやっちゃくれないか?」


 拳を振り下ろそうとした時、声をかけてきたのはファルトだった。


「俺はやめてもいいんだが、この先輩がな」

「ネネアにはもう手は出させない。

 もし手を出そうとするなら、俺が全力で阻止してやる」


 言って、ファルトは俺に近付いてきて、


「こんなのでも、おれのダチなんだわ。

 だから許してやってくれ。

 ネネア、お前も少し頭を冷やせ」


 ファルトがネネアに触れた。

 すると、ネネアの首を絞めていたはずの俺の指が突如空を切った。

 ネネアの全身がこの場から消えたのだ。

 姿が消えたのではなく完全に消失していた。

 その原因は、ネネアの技能スキルではない。

 恐らくファルトの力だ。


「悪かったな、戦いの邪魔をして。

 消化不良だったか?」


 消化不良も何も、あの程度では戦いにすらなっていない。


「消化不良でどうしてもってんなら、おれと続きをやるか?

 流石にネネアよりはマシだと思うが……」


 ファルトとであれば、少しは面白い戦いができるかもしれない。

 一目で実力が高いこともわかった。

 他の生徒よりは確実に上だ。

 だが、それでも教官連中よりは下だ。

 当然、学院長よりも。


 だが、ファルトの能力は気になる。

 さっき猫人族ウェアカッツェをどこかに飛ばしたあの力は一体なんなのか?

 それを確かめる為に、戦ってみてもいいかもしれない。

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