生徒会にて②
突然の誘いだった。
俺自身、生徒会に誘われるなんて考えていなかったので、
「返事は直ぐのほうがいいかい?」
さて、どう返事をしたらいいものか。
正直、今のところ生徒会に所属する理由はないと思っている。
「断るメリットはないでしょう?」
平然とアリシアは言った。
だが、そもそも俺は、
「生徒会に入るメリットがわからないんだが?」
言葉を返すようでなんだが正直に伝えた。
するとアリシアは眼鏡の奥の目をキツく細めた。
まるで「そんなこともわからないのか」と言われている気がする。
「アリシア会長、一つお聞きしたいのですが、生徒会は他の委員会と違い所属する為には教官方の推薦が必要なのでは?」
俺と会長の会話に、ラフィが口を挟んだ。
そういえば、一年生のセリカは成績優秀者として教官に推薦されたとか言ってたよな?
だとしたら、所属の可否はここで俺達が勝手に決めていいことではないはずだ。
「……確かあなたは二年のラフィ・ラビィさんでしたね?
あなたの言う通り、教官方の推薦は必要です」
「マルスさんが生徒会に所属する為の許可は得られているのですか?」
「いえ、その許可はこれから得るつもりです。
ですが、ほぼ間違いなく許可は得られると確信しています」
アリシアは言い切った。
その口振りは自信に満ち溢れている。
根拠を聞きたいところだが、
「もし教官が許可を出した場合でも、俺がイヤだと言えば生徒会に入る必要はないんだよな?」
そもそも入るかどうか怪しいので、それだけ確認しておこう。
「……マルス君、勘違いしないで欲しいですね」
右手で中指で眼鏡をクイッと押し上げたアリシア。
眼鏡の奥の瞳が鈍く光り、
「これはお願いでなく命令です。
生徒会に入ってくださいと私は言いましたか?
生徒会に入りなさいと命令したのですよ?」
なるほど。
俺に拒否権はないと。
「か、会長……そんな言い方は……」
有無を言わせないアリシアの発言に苦言を呈したのはエリーだった。
しかし、
「あのにゃ~わかってんのかお前?」
ここまで気だるそうにしていた、猫人族の女が口を開いた。
あきれ果てたみたいに、ぼさぼさと頭を掻き、つまらなそうな視線をエリーに向けた。
「……ネネア先輩」
ネネアと呼ばれた猫人族の女は、
「そもそもお前が生徒会を辞めたから、二年の生徒会メンバーがいにゃくにゃってんだろ?」
明らかに責めるような口調だ。
「……それは……」
エリーは何も言い返せず、ネネアから目を逸らした。
その表情は暗く沈む。
元々、エリーが生徒会に所属していたって話は聞いている。
既に解任されているらしいが、それは魔術が使えなくなってしまったことで、成績が落ちたことが原因らしいが、
「二年に生徒会メンバーがいないのはエリーのせいじゃないだろ?」
成績優秀者であればエリー以外にもいたはずだ。
だが、そいつらが生徒会に所属していないのだとすると、
「他に二年の生徒で教官から推薦を受けられるほど優秀な生徒がいなかったってことだろ? だとしたら、それはエリーのせいじゃない。違うか?」
俺はネネアに言った。
気だるそうな目が、ギラギラとした威嚇するような鋭いものに変わった。
怒りを表しているのか、焦げ茶色の耳が逆立っている。
「お前、敬語も使えにゃいのか? 後輩の癖ににゃまいきだにゃ」
生意気だな。と、言われたのだろう。
猫人族の特徴なのだろうが、『な』が『にゃ』に変わっているせいか、その怒りの形相の割に可愛らしい感じがしてしまう。
「ここは冒険者の育成機関だろ?
冒険者に年功序列の仕組みなんてあるのか?」
「……口答えにゃんてにゃ。
こんにゃ後輩がいたなんて、吃驚だにゃ。
明らかにうちらをにゃめてんにゃ?」
一触即発。
今にも戦闘に突入しそうな雰囲気だったが、
「待ちなさいネネア」
アリシアの一声。
「実力行使をするにはまだ早いです」
(……まだ早い……か)
それは、いざとなれば実力行使すら厭わない。
そう宣言されたようなもんだな。
「エリシャさんのことは残念でしたが、仕方ありません。
彼女が生徒会から解任されたのは、やむを得ない事情がありました」
アリシアは随分とエリーを買っている節がある。
以前も、自信を取り戻したら生徒会に戻って来いと言っていたしな。
「マルス君、あなたには絶対に生徒会に入ってもらいます。
ですが、なんの事情も話さないままでは、あなたも納得して生徒会に所属することができないでしょう」
事情か。
いきなり生徒会に入れと言われたから、詳しい話はまだ聞けていない。
どうするかは、その話を聞いてから判断するべきだな。
「さっき生徒会に二年生がいないって言ってたのが関係あるのか?」
「はい、その通りです」
アリシア曰く、今の二年生の代で当時生徒会に所属していたのはエリーだけだったそうだ。
だが、そのエリーすらも今は生徒会を解任されてしまい、二年の中には誰一人生徒会に所属している者がいない。
しかし、生徒会は学院内の最低限の治安維持を活動の一つとしているらしく、
「今はまだ私達三年がいるので問題はありませんが、私達の卒業後、二年生の中でこの学院を任せられる生徒がいないというのが現状です。
勿論、エリシャさんが復帰できることが望ましいのですが……」
要するに、この学院の治安を守れる生徒がいなくなる可能性を危惧している。
そういう話のようだ。
実力主義を謳うこの学院とはいえ、最低限の治安維持は必要なこと。
それは理解できる。
「二年生には戦闘力は高いのですが、性格的に難のある生徒も多く、生徒会に所属させるには不安が残る生徒が多いのです。問題のある生徒が多いということは、それだけトラブルの引き金になる可能性もあるわけです」
そういった生徒を取り締まらなければならない。
この前エリーが戦った狼人のラスティーなどは、トラブルを起こす生徒のいい例かもしれない。
教官は基本的に、生徒間でのトラブルはスルーするとラーニアは言っていた。
流石に殺しは容認していないようだったけど。
「二年ながら三年を倒した生徒。
しかもラーニア教官が推薦したとびっきりの人材。
そんなあなたが生徒会に所属したとなれば、学院の治安はさらに安定するとは思いませんか?」
アリシアに問われた。
最近、無駄に恐れられる機会は多いが、俺にそこまで影響力があるだろうか?
「それに、生徒会に入ることはあなたの箔にもなります。
在籍中に、大手冒険者ギルドや国王の直属の護衛に指名される可能性も高くなるでしょう」
それは個人的に大きなメリットにはならない。
この学院に通い冒険者を目指すことはなったが、俺がこの学院にいる間に一番やりたいことは、友達を作るということだ。
生徒会に入った場合、毎日生徒会の活動にも時間を取られることになるんだよな?
だとすると、俺が他の生徒と交流する時間も減っていくことになるわけで、
「生徒会のメンバーには、各学院の生徒との交流も活動も含まれています」
……他の学院?
「他の学院に行くのか?」
「はい。学院対抗戦後なのでまだ先の話ですが、生徒会の代表生徒が他の学院と交流を持つことになります。期間は一週間と短い間ですが、色々と勉強になると思いますよ」
より多くの生徒と知り合いになれるのは面白そうだ。
その言葉に俺は強く惹かれた。
「あと、これはおまけのようなものですが、生徒会に所属していればあなたが興味を持っていた、当代最強と名高い生徒とも知り合いになる機会ができますよ?」
考えてみれば、その先輩はどこにいるのだろうか?
「ネネア先輩がその生徒なのか?」
「いえ、ネネアは違います。私と同じ優秀生徒の一人です」
今部屋にいる生徒会のメンバーは三年が二人、一年が二人だ。
「今日は新しいメンバーを紹介するから来るように行ったのですが――」
――ドン! と突然、生徒会の扉が開かれた。
部屋にいた全員が一斉に開け放たれた扉を見た。
だが、そこには誰もいない。
「わりぃなアリシア、遅れちまった」
だが、男の声が聞こえた。
開け放たれた扉とは反対側に視線を向ける。
するとそこには、今までこの部屋にいなかった一人の男がいた。
「本当に遅いですよ。間に合ったから良かったものを」
その男にアリシアは文句を言って、
「紹介します。マルス君、彼が――」
アリシアの言葉と共に、男は振り向いた。
たまたまだろう。
だが、視線が合った。
その男の目を見た瞬間――俺は理解した。
この男が――
「現三年で当代最強の生徒――」
そこまでアリシアが言って、
「ファルト・ハルディオンだ! 宜しくな後輩!」
ファルトは、心底楽しそうな嫌味のない笑顔を俺に向けた。




