あっという間に過ぎる一日
各授業の間に入る小休憩の度に、ラフィは俺の身を守るようにベッタリ寄り添ってきた。
そして周囲を警戒するように見回す。
主に女子生徒に目を光らせているようだ。
ラフィは、
「放っておくと、次から次に別の雌が寄ってきますから」
なんて言っていた。
そんな警戒をする必要はないと思うのだが、
「マルスは女性に節操がないと思うよ」
エリーにまで言われてしまったので、黙っておくことにした。
「強い雄に雌が惹かれるのは当然です。
ラフィもそれが悪いことだとは思いません。
ですが、他の雌を囲うのであればラフィと番いになってからにしてください」
自分を正妻にしろということらしい。
だが、俺自身は女を囲うつもりなど一切ない。
どうしたらこの誤解を解けるものか。
こうなった原因の双子は、時折俺を見ては微笑を浮かべた。
それほど表情を崩すわけではないが、ニコッよりはニヤッに近い。
明らかにラフィをからかっていると思うのだが、
「またマルスさんに媚を売ろうとしています!」
などと言って頬をプクッと膨らませていた。
休憩はこんな感じで慌ただしく過ぎていたが、授業自体は特に滞りなく進んだ。
魔術教練の授業では、エリーは問題なく魔術を行使できていた。
周囲の生徒はそのことに驚きを隠せずにいた。
「あれって、あの落ちこぼれのエリシアなんだよな?」
「でも、エリシャさんって言ってたよね?」
「親戚なんじゃないか?」
憶測が飛び交っていたが、エリー自身は全く気にした様子もなく自分の力を確かめるように訓練を行っていた。
そんなエリーの様子を見守っていたのは俺だけではなく、
「セイル、何ニヤついてんだよ?」
俺が声をかけるとセイルはビクッと耳と尻尾を跳ねさせた。
「ば、バカ野郎! 誰もニヤついてなんかいねえっての」
「そうか? でも楽しそうだったぞ?」
「別に楽しくなんてねえよ! ただ、あの落ちこぼれがようやくらしくなってきたと思ってただけだ」
それだけ言って、この話は終わりだとばかりにセイルは俺から背を向けた。
(らしくなってきたか……)
一年時のエリーの姿を俺は実際に見たわけではないが、
首席から落ちこぼれと言われ蔑まれていたエリーに、セイル自身何か思うところがあったのかもしれない。
「……マルス、選択授業の時は、またオレの訓練に付き合ってくれねえか?」
セイルがこんなことを言ったのは、エリーに触発されたからで間違いなさそうだった。
それ以外の授業は特に印象に残るような面白いこともなく。
あっという間に時間は過ぎて。
*
本日最後の授業――調合の時間になっていた。
調合の授業は三階、調合専用の実験室で行なわれる。
エリーやラフィはここを調合部屋と呼んでいた。
特殊な部屋なのかと思いきや、生徒が使う為の机と椅子が置いてあるだけの普通の部屋だった。
違う点があるとすれば、
薬草五枚。
ライフハーブのエキス。
ガラス瓶。
水。
机の上には調合の為の器具や材料が一式置かれていることだ。
席は適当に座っていいらしく、俺の正面にエリー、隣にラフィが座った。
六人掛けの机なので残り三席空いていたのだが、エリーの隣には双子が。
ラフィの隣にはセイルが座ることになった。
どうしてこうなったかと言えば、他の席が全てうまってしまい、後から来たセイルと双子の席が空いていなかったからだ。
ラフィは複雑そうな顔で「むぅ」と口をへの字に曲げ、
「狼男、ラフィにエッチなことをしたら許しませんからね」
「するかっ!」
こんな感じで言い合い、耳を逆立てお互いを威嚇し合っていた。
「ここはうるさい席」
「はずれを引いた」
闇森人の双子はマイペース。
「マルスは、薬の調合ってやったことあるの?」
「いや、初めてだな」
俺とエリーはちょっとした雑談をしていた。
といっても、それは本当に僅かな間だ。
直ぐに調合部屋には教官がやってきた。
「では、上級回復薬の調合を始めますよ」
調合の授業を担当する教官は、薬学と同じ小人族のスミナだ。
「回復薬の調合で大きな事故は起こらないと思いますが、危険だと思ったら直ぐに言ってください」
スミナの柔らかく優しい声と共に、授業は始まりを告げた。
各々が調合を開始する。
俺もとりあえずやってみることにした。
まずガラス瓶に薬草を入れる。
ガラス瓶の上部は筒のように細いので、薬草は折り曲げて入れることにした。
下部はまん丸い形をしているが、その球体の部分がいっぱいになるくらい水を流し込んだ。
その後、ガラス瓶を器具で上部に固定し、下からランプの火を当てひたすら熱する。
沸騰し薬草が溶けるまで熱し続けるのだが、かなり強い火力でやらないと時間がかかりそうだ。
「スミナ教官、このガラス瓶はどのくらいの熱なら耐えられるんだ?」
「調合専用の特殊な瓶を使用しているので、余程の温度でない限りは問題ありません」
「魔術で急激に熱してみてもいいか?」
「そういうことを試してみるのも、調合の醍醐味だと思いますよ」
スミナはそれだけ言って微笑を浮かべた。
答えを教えてはくれない。
実験してみろと、そういうことだろう。
俺は魔術の行使にランプの火を利用することにした。
だいたい今の火力の五倍をイメージし魔力を送り込む。
すると、ランプから出ていた火の勢いが猛烈に増した。
ガラス瓶を包み込むような強烈な炎だった。
これなら直ぐに薬草も溶けるはず――と思ったのだが。
――パリン。
という音を立てて、ガラス瓶が割れてしまった。
「……あれ?」
そんな強い火を出したつもりはないのだが。
俺は慌ててランプの火を消した。
水がポタポタと漏れ出している。
「……あら、割れてしまいましたか?」
その様子を見ていたスミナからも、戸惑いが伝わってきた。
「マルス君、いったいどれだけ高温の火を当てたんですか?」
「……いや、だいたいさっきの火力の五倍くらいだが?」
「おかしいですね? それくらいでは割れたりしないと思うのですが……」
現状、原因は不明だ。
しかし、ガラス瓶は割れその拍子に水は漏れ、中には中途半端に溶けかけた薬草が残るのみになってしまった。
「本来はもう一度調合をやり直して欲しいのですが、まさかこのガラス瓶が割れてしまうとは思っていませんでした。
薬草の数は余分に用意してあるのですが、ガラス瓶は調合用の特殊な物なので人数分しかありません。
なので申し訳ないのですが、マルス君は他の人の実験を見学していてください」
しょんぼりした様子で謝るスミナだが、彼女が悪いわけではない。
壊したのは俺だし、余分な道具がないのも仕方ないことだ。
俺は残りの時間、同じ席にいるエリーたちの調合を眺めていた。
それぞれ水の量や火の温度が多少違うようだったが、基本的には全員が薬学書に忠実に行なっていた。
薬学書には具体的な水の量や、薬草を入れる際の状態などが記載されていない。
材料の質、その日の気温や湿度も関係するらしいが曖昧な点が多い。
その辺りは、調合を繰り返し覚えろということなのかもしれない。
薬草が溶けた後はランプの火を消し、ライフハーブのエキスを混ぜる。
ライフハーブは、薬草と共に混ぜると体力の回復を向上させる働きがあるらしい。
一枚の葉の大きな薬草と違い、ライフハーブは葉の一つ一つが小さい。
そのハーブのエキスだけを取り出した物が、机に置かれている。
抽出されているエキスの色は薄い緑。
そのエキスを混ぜ、ガラスの棒でグリグリと混ぜていく。
後は熱が冷めるのを待つのみだ。
「では、これで調合の授業は終了です。
暫く待てば熱も冷めて上級回復薬が完成しているはずです。
勿論、失敗している人の方が多いと思いますが、その辺りは仕方ありませんね。
失敗もせずに成功の連続なんて人はいませんから」
どうやら調合の成否は今度の授業までお預けらしい。
「次の薬学の授業は教室ではなく、この部屋まで来てください。
皆さんの調合結果を確認しましょう」
そうスミナが伝え、調合の授業が終わった。
これで本日の授業は全て終了。
さて――ようやく放課後だ。
アリシアとの約束もあるし、生徒会室に行くとしよう。




