早朝のトラブル
早朝の教室に着いた。
予想していた通り、教室に来ている生徒はほとんどいない。
が、その中に意外な人物がいて、
「おう、早いんだな」
闇森人の双子の姉妹がいたので声をかけてみた。
二人とも、この前購買で購入した制服をちゃんと着てきた。
「うん……?」
「……うん?」
声に反応していたが、この前の息のあった双子とは思えないくらい動作が微妙にずれている。
二人の顔は早朝だというのにとても眠そうだ。
気を抜けば瞼が落ちてしまうんじゃないだろうか?
「お前ら、大丈夫か?」
俺が聞くと、双子はぱっちりと目を開いた。
意識が覚醒したのだろうか?
「あ、マルスだよ」
「あ、マルスだね」
お、どうやらちゃんと名前を覚えてくれたらしい。
「随分と眠そうだが、昨日寝てないのか?」
「どれだけ寝ても眠い」
「朝はどうしても苦手」
双子は目元をごしごしと擦った。
家にいたら寝てしまいそうだったから、教室まで来てしまったのかもしれない。
だが、
「それじゃ座学とか確実に寝るだろ?」
「座学は無理」
「絶対寝る」
完全に言い切る双子。
「いっそ医務室辺りで寝てきたらどうだ?」
俺が提案すると、
「移動するのがだるい」
「身体を動かしたくない」
双子はお互いの身体にもたれかかるように、ぐでんと身体を横に倒した。
また、うつらうつらと眠りかけている。
この調子だと、授業が始まるまで少しでも寝ていた方がいいかもしれない。
俺は自分の席に戻ろうとして、
「そうだ、マルスが連れて行く」
「それはいいアイディア」
背中を向けた時、双子が唐突にそんなことを言ってきた。
「医務室に連れて行けと?」
聞き返すと、
「そう。ルーフィはおんぶ」
「なら、ルーシィはだっこ」
色々と注文まで付けてきた。
二人を同時に連れて行けということだろうか?
そのくらいは別に構わないが……。
「「あ――」」
何かを思い出したみたいに双子は同時に声を出し、
「だっこなら、お姫様がいい」
「確かに、それならだっこもあり」
どうやら俺が運ぶことは、二人の間で確定しているようだ。
「でも今回はおんぶでいいの」
「なら、ルーシィはお姫様で」
協議を終えたようで、二人はこちらを見て自分の意思を伝えた。
「ほら、マルス早くする」
「そう、マルス早くする」
そう言って、二人は俺に両手を伸ばしてきた。
急かすように手をゆらゆらとさせている。
「二人同時はちょっと無理があるだろ?」
勿論それは、重さ的にということではない。
二人とも見るからに軽そうだしな。
ただ、人間には手が二つしかないのだ。
前と後ろ、両方を同時に支えることはできない。
「マルスなら余裕」
「絶対できる」
その根拠のない自信はなんだ?
「ルーフィとルーシィは二人で一つ」
「いつも一緒で一心同体」
だから二人まとめて連れていけと?
どうやら二人は引く気がないようだ。
(……仕方ない)
やるだけやってみるか。
無理そうなら別の方法を考えるとしよう。
俺は背中を向けて屈んだ。
「じゃあ、ルーフィから行く」
ルーフィは、両腕を俺の首元に絡めるように回した。
「ちゃんと掴んでろよ」
言って立ち上がると、ルーフィはしっかりと身体を密着させている。
見た目以上に軽いな。
これなら手で支えなくても大丈夫そうだ。
「じゃあ、次はルーシィを抱っこする」
言われるままに、俺はルーシィの身体を両手で抱きかかえた。
ルーシィもかなり軽い。
「初お姫様だっこ」
ルーシィが言った。
俺もこんな風に誰かを抱きかかえたのは初めてだ。
「このまま行く」
「目指すは医務室」
言われるままに俺は医務室に向かおうとした――のだが、
「ああ!! 何をしてるんですか!」
怒りと驚愕を含んだ声が聞こえた。
視線の先――教室の扉から、ドシドシと慌ただしく近寄ってくる兎人が一人。
「よう、ラフィ」
しかし俺の声にラフィは返事をせず、
「ルーシィ! ルーフィ! マルスさんから離れてください!」
プクッと頬を膨らませ、双子の姉妹の身体を引っ張った。
が、二人は俺からひっついて離れようとしない。
「むぅ! どうして抵抗するんですか!」
ラフィの耳が逆立った。
「今からマルスと医務室に行く」
「そう、このまま医務室に行く」
妨害行為をものともせず、双子は素知らぬ顔でそう言った。
「い、医務室!? ――どういうことですかマルスさん!?」
驚愕の形相で、ラフィは俺に言い寄ってくる。
「いや、この二人が眠いって言うから、だったら医務室で寝ろって話になって」
「そ、それはこの双子の誘惑行為です! と言いますかマルスさん、いつの間にこの双子と仲良くなってるんですか!」
仲良く?
まだそれほど仲良くなったわけじゃないと思うが、
「昨日の自主練の時からだな。話すようになったのは」
が~ん、と衝撃を受けたみたいにラフィの身体はよろめいた。
「ま、まさかラフィがいない間に、この二人がマルスさんを誘惑するなんて……」
「待てラフィ、誘惑なんてされてな――」
誤解を解こうとして口を開くと、
「ふふ、マルスはもうルーフィのもの」
「ふふ、マルスはもうルーシィのもの」
おい、この双子も何を言ってるんだ?
しかも、さらにぎゅっと密着された。
精緻な表情が微妙に変化し、意地悪そうな笑みに変わった気がした。
それを見たラフィはさらに、目を見開き、
「マルスさんはラフィの豊満な胸部より、この双子の貧しい胸部がお気に入りなんですか?
そういうご趣味だったのですか?」
かなり誤解が広がった。
しかも微妙に涙目になっている。
「いや、そんな趣味は――」
……というか、別に好き嫌いはないわけで。
「こうなれば、ラフィがマルスさんの性的嗜好を変化させるしかありません!」
変に気合が入ってしまったラフィが、突然俺に抱きついてきた。
やたらめったら身体をすり寄せてくる。
それに負けじと双子の姉妹まで、先程よりも強く抱きつき頬まで寄せてくる。
俺は完全にもみくちゃにされていた。
「マルスさんから離れなさい闇森人」
「先にマルスとくっ付いていたのはこっち」
「早い者勝ち。だからそっちが離れる」
どちらも一切引くつもりがないようだ。
この状況で俺はどうしたらいい?
どう乗り切る?
「な、何してるの、マルス」
そんな時だった。
エリーがやってきたのは。
「い、いい所に来てくれた! エリー、三人を俺から離れるように説得してくれ!」
訝しむエリーの表情が拗ねたみたい変わって。
「いいねマルス、朝からモテモテで」
それだけ言って、エリーは自分の席に行ってしまった。
なんか怒ってたよな?
「一番の強敵であるエリシャさんは自らライバル争いを降りてくれました!
後は貴方がたさえマルスさんから離れれば!」
「兎はちょっとヒステリー」
「そういう女は嫌われる」
さらに言い争いは加熱し、
「あんたたち、朝からお盛んね。でも、もう鐘は鳴ってんのよ。
さっさと席につきなさい」
ラーニアが朝礼に来るまで、この騒ぎは収まらなかった。
そしてこの騒ぎにより、俺がハーレムを築こうとしているなんて噂が広まっていくのだったが、
その話を俺が知るのはもう少し先の話である。




