エリシャの誓い
宿舎に戻る頃には、夕食の時間になっていた。
このまま食堂に向かってもいいが、その前に一度部屋に戻る。
もうエリーは帰ってきているだろうか?
三階まで上がり部屋に入ると、
「お帰り、マルス」
エリーが出迎えてくれた。
まだ着替えていないのか、制服の姿のままだった。
「おう、ただいま」
「……うん」
それだけ言うと、エリーは俺から顔を逸らした。
机に置かれた革の鞄に何かを詰めているようだ。
「どこかに行くのか?」
俺が聞くと、エリーは作業する手を一度止めて立ち上がった。
そして真っ直ぐに、真摯に俺を見つめて、
「……あのねマルス。
今日から女子宿舎で暮らすことになったから」
女子宿舎に?
……そうか。エリーはもう、男子宿舎にいる必要ないんだ。
「男子宿舎を出て行く準備をしてたんだな」
エリシア・ハイネストという男子生徒はもういない。
今のエリシアは、エリシャ・ハイランドという女子生徒なんだから。
「うん。でも、だいたい準備は終わったよ。
荷物もそれほど多いわけじゃないしね」
鞄はかなり膨れているが、人一人分の荷物と考えればかなり少ない量だろう。
「……夕食ぐらいは、最後に食べていくのか?」
「そうしたいんだけど、今日はもう行くよ。
向こうの同居人にも挨拶しなきゃいけないし、あまり遅くなりたくないから」
「そっか。なら準備ができたら教えてくれ。見送りくらいはするぞ」
「見送りなんて大袈裟だよ。明日になればまた会えるんだから」
エリーはそう言って苦笑した。
でも、その顔は直ぐに引き締められて、
「マルス、ありがとう」
何故か、エリーは俺に感謝の言葉を述べた。
「私は、マルスのお陰で一歩進めるようになった。
強くなる機会を得られた」
切っ掛けは与えられた。
でも、実際に決めて行動したのはエリーだ。
だから感謝するほどのことじゃない。
それに、
「感謝の言葉はまだ早いぜ?
本当に頑張らなくちゃいけないのはこれからだろ?」
騎士になってみんな守る。
そんな立派な目標があるのだから、
「……そうだね」
力強い輝きが銀の瞳に宿った。
決意を新たにした。
そんな顔をエリーはしている。
「マルス、私の誓いを聞いてもらってもいいかな?」
「……いいぜ」
なんの誓いだ? とは聞かなかった。
それはなんだか無粋な気がしたのだ。
だって、俺の目を真っ直ぐに見つめるエリ-の目はあまりにも真剣で、
「父様と母様、お爺様にも誓ったことなんだ。
でも、それでも挫けそうになる時がある。
私は弱いから、いつも想いばかりが強くなって理想に届かなくて、自分に負けてしまいそうになる」
そういうこともあるのかもしれない。
大きな夢や目標があって、でも自分の力が足りなくて結果が伴わない。
夢や目標を持っている者全てが、その願いを叶えられるわけじゃない。
そのくらいは、俺にだってわかる。
もう暫く――師匠が死んでからは感じることもなくなった気持ちだけど、そういう気持ちに覚えはあった。
「だからこれは、挫けそうな時、情けない私が奮い立つ為の誓い」
エリーは一呼吸置き、口を開いた。
「私は騎士になる。みんなを守れる騎士に。
そして――マルスの友達として、隣に立っても恥ずかしくないくらい強くなってみせる。いつかあなたを守れるくらい、強くなってみせる」
目を逸らすことはない。
俺はその一言一言をしっかりと受け止めた。
「これが私――エリシャ・ハイランドの新しい誓い。
私自身とマルスに誓う」
誓いの言葉と共に、俺を見つめるエリーの目は純粋だ。
「その誓い、確かに聞いたぜ」
それは心の底からの誓いだった。
「俺に誓ったんだ。
ちょっとやそっとのことじゃ、挫けてられないぜ?」
「うん、勿論だよ」
そう言って、
「だから、これからも私の友達でいてね。マルス」
エリーは俺に穏やかな微笑みを向けて。
「ああ、勿論だ」
俺の返答に、その微笑みは満面の笑みに変わったのだった。
*
こうして、エリーは男子宿舎を去って行った。
これからも、エリーは壁にぶつかることはあるだろう。
その度に、エリーはきっと色々と悩むんだろうな。
でも、そういう時にこそ、友達として支えてやれたらって思う。
同居人でなくなっても、エリーは俺の友達だ。
これからも、それは変わらない。
エリーの姿が見えなくなるまで見送り。
それから俺は宿舎の中に戻った。
「お、おう、マルス。これから飯なら一緒にどうだ?」
「ああ、そうだな」
それから、階段の前にいたセイルに誘われ一緒に食事をした。
ネルファが作ってくれた夕食は、今日もめちゃくちゃ美味かったけど、なんだか物足りない。
どうしてかそんな感じがした。




