コゼットとの出会い
「あっ!?」
戸惑いの声を上げたのはラフィだった。
なんと、ラフィの手の中から人参サンドが消えていたのだ。
俺は横切って行ったものの方に目を向けた。
「……ネズミ?」
芝生の上で、ネズミのような生き物があの危険物を頬張っていた。
しかも、美味そうに食べている。
「こ、こら! それはマルスさんの為に作ったんですよ!」
ネズミにご立腹のラフィだが、正直俺は心底安心していた。
俺はこいつのお陰で生き長らえた。
このネズミは救世主に違いない。
「あ、あの、すみませ~ん!」
背後から女の声が聞こえた。
俺とラフィはその声に振り向くと、
「あ、あの、ご、ごめんなさい。その子、わたしのペットで……」
謝罪をしながら駆け寄ってきたのは、森人の少女だった。
小柄なラフィよりも少し小柄で、いかにも気が弱そうにオドオドしている。
「ぺ、ペット? 使い魔とかじゃなくてですか?」
ラフィが少女に聞いた。
その声は怒りより戸惑いが強い。
「は、はい」
「……ペット飼ってはダメなどというルールはありませんが……まさかネズミを飼っている方がいるなんて」
「ね、ネズミじゃありません! ハムスターです!」
驚くほどにはっきりとした物言いだった。
さっきまで小動物のようにおどおどしていたのが嘘のようだ。
「似たようなものでしょう。
そんなことより、あなたのペットがラフィの私物を食べてしまったんですよ!
どう責任を取るつもりですか!」
人参サンドが食べられた怒りは、まだおさまっていないようだ。
「そ、それは、本当に申し訳ありません」
少女が頭を下げた。
その拍子に、緑のツインテールがフサフサと揺れた。
「ほら、プルもちゃんと謝りなさい」
少女が言うと、プルと呼ばれたハムスターもペコッと頭を下げた。
人の言葉がわかるのだろうか?
もしかしたら、かなり頭がいいのかもしれない。
一人と一匹に頭を下げられ、ラフィの怒りが静まっていくのがわかった。
「ラフィ、俺からも頼む。許してやってくれないか?」
ラフィの怒りはもっともだ。
一生懸命作ったものを略奪されたわけだからな。
だが、そのお陰で俺が命を救われたのも事実だ。
このハムスターに恩を返すなら今しかないだろう。
「むぅ……。マルスさんがそうおっしゃるのであれば、仕方ないですね。
いいですか、寛大なラフィと偉大なマルスさんに感謝するのですよ」
言葉が通じているわけではないだろうに、ハムスターがビシッと敬礼をした。ように見えた。
おいハムスター、俺は別に偉大じゃないからな。
「あなたも、ペットを飼われるなら、きちんと躾をしなくてはダメです」
諭すように言ったラフィに、森人の少女は素直に頷いた。
「本当にごめんなさい。普段は人の食べ物を取るような子じゃないんです。
今日はどうしてか、物凄い勢いで走って行って、止める間もなくて」
しおらしい少女だ。
ラフィの言葉を受け、深く反省しているのが見えた。
「わかってくれたのならいいのです」
その様子を見て、ラフィの怒りも完全に収まったようだ。
「もしかして、ラフィのサンドイッチが半端じゃないくらい美味そうに見えたのかもな」
俺の言葉に、ハムスターはうんうんと頷き返した。ように見えた。
「そうなのですか?」
今度はラフィに問われ、再びハムスターは頷いた。ように見えた。
さらに、ペコペコと頭を垂れ、感謝の意を表しているみたいだった。
「プル、そんなに美味しかったの?」
森人の少女がしゃがみ込むと、ハムスターは彼女の方に飛び乗り、耳打ちするみたいにちゅうちゅう鳴いた。
「そんなに!?」
少女は驚嘆し、
「この世の全ての至福を集めたとしても、あのサンドイッチには敵わないと言ってます」
ハムスターの言葉を通訳してくれた。
「ふむ。味のわかるハムスターのようですね」
褒められたことが当然のような態度をとるラフィ。
ハムスターまで味を認める料理なのかあれは。
「ですが、あれはラフィの家に代々伝わる特別なソースを使用しています。
本来、ラフィと番いになる方しか食べられないものです。
それを食べてしまったのですから、深く反省と感謝をするのですよ」
そんな特別な料理だったのか。
もしかして、兎人たちはあの料理で相手を脅して無理矢理結婚を迫っているのでは?
いや、それは考えすぎだか。
流石にラフィにもしつれーー
「番いになってからは、なぜか二度と食べられないらしいので、マルスさんも今のうちに楽しんでくださいね」
天使のようなその笑顔が、今は小悪魔めいて見えた。
「そんな大切なものだなんて。わたしに弁償できるでしょうか?」
真剣に思い悩んでいる森人の少女に、
「いえ、もう十分反省してもらったので大丈夫ですよ」
優しく微笑みを向けて、
「まだ自己紹介が済んでいませんでしたね。
ラフィは、ラフィ・ラヴィと言います。学年は二年です」
ラフィは名前を名乗った。
「こちらの方はラフィの番いの――」
「番いではないが、同じく二年のマルス・ルイーナだ」
俺はラフィの言葉を遮り、自分で名乗った。
すると、少女はあわあわと右往左往し始めて、
「あ、あの……せ、先輩とは知らず、本当に無礼なことばかり。
え、え~と、一年のコゼット・サルアです。
先程は、本当にごめんなさい」
どうやら後輩だったらしい。
そのことで畏まっているようだ。
「コゼットさんですね。
学院内だけではなく宿舎でもお会いするかもしれませんから、その時は宜しくお願いします」
「は、はい! ありがとうございます。
ラフィ先輩、これから宜しくお願いします」
ペコペコと、コゼットは何度も頭を下げた。
その度に、ツインテールがふさふさ揺れる。
気弱そうな子だけど、礼儀正しく真面目な子のようだ。
だが、だとしたら疑問が残る。
「なぁ、コゼット。聞いてもいいか?」
「……はい。なんですか?」
怪訝な表情で、コゼットが俺を見た。
もしかしたら、気付いていないのかもしれない。
「授業、出なくて大丈夫なのか?」
「……へ?」
ポカン――と、コゼットの小さく口が開いた。
「いや、もう鐘は鳴ったから、午後の授業は始まってるぞ」
「え? う、嘘? だって、先輩たちも……」
「ラフィたちは遅刻覚悟でラブラブしていたので」
いや、ラブラブはしてない。
少なくとも俺の認識では気絶していた俺をラフィが介護していた。
それぐらいの認識だ。
「え、じゃ、じゃあ――」
「授業を受ける気なら、急いで戻った方がいいぞ。
遅刻は確定だろうけどな」
「わ、わわわわわ――」
大慌てでコゼットは中庭を去って行った。
去り際、俺達にお辞儀をしたのが、何とも律儀だ。
「俺達も行くか」
「ええ~……このまま二人でお話ししませんか?」
甘えるように上目遣いでそんなことを言ったラフィに、
「午後の授業くらい出ておけよ。
成績が伴わず退学なんてなったら、一緒に居られなくなるんだぞ。
それでもいいのかよ?
俺はもっと、ラフィと一緒にいたいけどな」
素直に思っていることを伝えた。
「……も、もう、マルスさんてば……」
するとなぜか、ラフィは口元をゆるめ、
「なら、サボるわけにはいきませんね」
柔らかい笑顔を浮かべるのだった。




