冒険者育成機関――王立ユーピテル学院への入学④
「**********************************************************************************************************」
突進する俺を迎え撃つように、地龍は咆哮する。
「向こうさんも、やる気じゃねえか!」
龍の咆哮は、相手の戦意を喪失させると聞いたことがあった。
でも、それは嘘なのかもしれない。
だって今俺は、
(昂ぶって仕方ない……!)
距離を詰めながら、
(まずは小手調べといくか……)
掌に魔力を集中。
利用するのは火の元素――イメージするのは炎の魔弾。
刹那の時に魔術は完成し、俺は龍に向かいその魔弾を撃ち込んだ。
――一発。――二発。――三発。
全て直撃。そもそも避けるつもりなど一切ないというくらいに、巨体は微動だにしなかった。
身体全体を覆っている岩のような鱗がアーマー代わりになっているのだろう。
地面の中から這い出てきたので、なんとなく硬いイメージはあったのだが、どうやら全く効果的なダメージはないようだ。
(予想通りとはいえ、普通にやってちゃダメージは与えられないか……)
俺はさらに速度を上げ、一気に距離を詰める。
「地龍の防御力を知った上で、さらに突っ込んでくるとはな」
地龍の後ろに隠れて見えないが、学院長の声だけが俺に届いた。
勿論、考えなしに突っ込んだわけじゃない。
地龍の身体を覆った岩石のような鱗は、普通に攻撃したところでダメージが通りそうにない。
――だからこそ距離を詰めた。
「ほぉ……凄まじい魔力量だ」
走り出したのと同時に、掌に魔力を集中させていた。
利用するのは再び火の元素。
莫大な魔力を掌に集め、炎の塊を形成する。
これは、俺が最も得意な魔術の一つ。
ただ、巨大な炎の塊をぶつけるだけの単純な一撃。
だが、そんな単純な魔術でも、行使する者の魔力量次第では圧倒的な破壊を生む暴力の塊へと変化する。
地龍が俺を薙ぎ払うように前足を振るう。
が、流石の巨体のせいか動きは遅い――その破壊の一撃は掠りさえせず、俺はその間に鈍間な地龍の懐に飛び込んでいた。
(おっ――こいつは!)
僥倖だ。
地龍の懐。
丁度腹の辺りだろうか?
絶対防御の鱗に覆われた地龍の身体の中にも、どうやら弱点はあったようで、
「――喰らいなっ!!!!!!」
鱗に覆われていない剥き出しになった土色の地肌に、俺は凝縮された爆炎の鉄槌を打ち付けた。
――ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
激しい爆発音と強烈な爆風が巻き起こる。
「**********************************************************************************************************」
地龍の巨体が浮き上がる程の一撃に、爆発音に混ざって地龍の悲鳴のような咆哮が重なった。
(っ――)
が、ダメージを受けるのはドラゴンだけではなかった。
このままでは、熱風で俺の全身は焼き焦げてしまう。
でも、ここまでの行動は、決して防御無視の特攻というわけではない。
防御魔術を行使――利用するのは水の元素。
イメージするのは全身を覆う水の鎧。
全身を熱から守る為の水の鎧が完成し――俺の身を守った。
しかし――熱は防げても巻き起こる暴風まではどうにもできない。
俺の身体は浮きあがり、かなりの距離を吹き飛ばされてしまった。
無事着地したものの、龍との距離は再び開いた。
だが、それがまた功を奏することになった。
俺の一撃が効いたのか、ドゴオオオオオオオオオオオ――という激しい地響きを上げ、地龍の巨体が崩れ落ちたのだ。
(あそこにいたら、今頃は腹の下だったな……)
地龍を見ながら、そんな暢気なことを考えてしまう。
しかし、リスクは承知の上だったし、成果もあったのだからよしとしておこう。
「……地龍を、一撃で……」
「ほう……」
ラーニアの感嘆と学院長の関心。
反応は違えど悪い印象ではなさそうだ。
(それにしても、拍子抜けだ……。龍ってのはこの程度なのか?)
これでは最強の名折れではないだろうか?
見掛け倒しもいいところだった。
「地龍の防御力を考えた上で近接戦で強力な一撃を与える。リスクを考えた上で行動しているとしたら、大した度胸だ」
どうやら褒められているようだ。
この程度の相手を倒した程度でそんなことを言われても――
「……だが、この程度では龍は死なん」
「は? おいおい、だったらそこでぶっ倒れてるデカブツは――」
学院長の言葉を証明するように、
「********************************
*******************************************************************************」
龍はその巨体を起こし咆哮を上げた。
先程よりもプレッシャーが増している気がする。
「どうやら地龍は、君を倒すべき敵として認識したようだぞ」
(なるほど……)
さっきまで俺はこの龍にとって、敵とすら認識されていなかったわけだ。
「どうするかね? 君の実力はある程度わかった。
十分この学院に通う資格がある。
わしとしては、入学試験はこれで合格としても構わんが?」
「……合格?」
これで?
一度は龍は倒れ伏したものの致命傷には至っていない。
決着は付いていない。
なのに合格だと?
「待ってくれ。俺はまだ続けたって――」
「マルス、学院長は合格でいいと言ったのよ。今回はここまでにしておきなさい」
少し強い語気でラーニアに言われ、
「だが――」
「あんたは何の為にこの学院にきたの? 戦う為じゃないでしょ?
そして、この学院に入学する為の試験も終わった。
なら、今は納得しておきなさい」
確かにその通りだが、これではあまりにも消化不良だ。
「もしこのまま戦い続けるっていうなら、
あたしが受け持つ授業ではあんたのことを戦闘中毒君と呼ぶわよ?
それでもいいの? きっと恥ずかしいわよ?
この人、戦闘中毒なんだ。
そんな風に周囲の生徒に思われる自分の姿を想像してみなさい?
絶対に引かれるわよ! 誰も近付いてこないでしょうね。
それじゃあ学院の生徒になったとしても友達できないわね……」
「っ……」
(なんて教官だ……!)
「それに、学院長も学院長です!
生徒相手に地龍を召喚するなんて!
学院長のお力は存じ上げておりますが、流石におふざけ過ぎるのでは?」
「そう言うな。久しぶりに活きが良い若者に出会ったのだ。
この程度の悪ふざけは許せ」
「許しません!
これ以上続けるのであれば、各学院の院長に今回の事を伝えますよ?
そうなれば、きっと皆様マルスに興味を持つことでしょうね。
そうなれば、マルスが他の学院に転入なんてことも十分考えられますが?」
「むぅ……それはいかん。彼の存在はまだ秘密にしておきたい。
それに、わしは彼のことを気に入った」
そうして、学院長が両手の平をパンと打ち合わせると、召喚されていたはずの龍は消え、空間は元の学院長室に戻っていた。
「マルス君、これで終わりでは君も納得できんだろうな。
だから、この続きは卒業試験でやろう。
その時はわし自身が相手をさせてもらうぞ」
学院長がそんな提案をしてきた。
龍を倒すことができなかったのは悔しいが、それよりは学院長と戦う方が面白そうだ。
「……わかった」
だから、今はそれで納得しておこう。
「うむ。では改めて――マルス君、入学おめでとう。我々は君を歓迎する!」
学院長が差し出した手を、俺はしっかりと握り返した。
「ところで学院長、卒業試験ってのは明日でいいのか? 俺はいつでもいいんだが?」
真面目に言っているつもりだったのだけど、
「ふ――ふはっ、ふははははははははは!」
「……はぁ……。これから、色々な意味で手が掛かりそうだわ」
なぜ豪快に笑われているのか、思いっきり呆れられているのか、その理由が、俺は本気でわからなかった。