ラフィの特製弁当②
頭にふかふかとした柔らかい感触を感じた。
それは温かく心地いい。
その心地よさに、ずっと身を任せてしまいたいくらいだった。
朦朧とする意識が引っ張られて、吸い込まれてしまいそうだ。
俺、今何をしてたんだっけ?
ふと、そんなことを思った。
目を開けば、それがわかるはずなのに、俺の本能がそれを拒む。
このままこの温もりに身を任せていればいい。
そんな風に訴えてくる。
だけど――カーン、カーン。
鐘の音が聞こえた。
それは俺に、目を覚ませ。と言っているみたいな気がして。
「ああ、もう休み時間が終わってしまいましたか」
そんな声が聞こえた。
「名残惜しいですが、流石に起こさないとダメですよね」
ゆさゆさ――と、身体が揺らされた。
優しい手つきだ。
「マルスさん、起きてください」
そんな声と共に、今度は頭の辺りを撫でられて、
「んん……」
俺の意識は徐々に覚醒していき、ゆっくりと目を開いた。
するとそこには――
「お目覚めですか?」
視線の先にはラフィがいた。
俺を見つめ、微笑みを浮かべている。
(……あれ?)
周囲を確認する首を左に捻る。
手入れされた花壇や芝が見える。
それを確認し、再び正面を向いた。
「ラフィの膝枕の眠り心地は、いかがでしたか?」
そんなことを聞かれ、俺はようやく気付いた。
頭部の柔らかい感触と、背中に感じる硬い感触。
どうやら俺は眠っていたらしい。
ラフィの膝を枕代わりにして。
「またお願いしたいくらいだ」
「マルスさんになら、いつでもお貸しします」
実際、本当に寝心地は良かった。
だが、なぜ俺はここで眠ってたんだ?
確かラフィと一緒に中庭へ向かっ――!?
「ら、ラフィ!! あれはどうした?」
思い出し、俺は飛び起きた。
俺はあの殺人サンドを食って、そのあまりにも凄惨……いや、鮮烈と表現するべきだろうか?
のみこ あの不可思議な味の衝撃に意識を奪われた。
完全に敗北を喫した形となったのだ。
「あれって、ラフィ特製人参サンドのことですか?」
「そうだ!」
あれはこの世に残しちゃいけないものだ。
下手したらこの学院――いや、この大陸の住民を殺しかねない。
そんな俺の焦りとは裏腹に、
「す、すみません。お腹が空いていてたので、ラフィがほとんど食べてしまって」
「……」
耳を疑った。
俺は今、恐ろしく間抜けな顔を晒しているかもしれない。
「マルスさんに気に入って頂けたのは嬉しいのですが、あれはラフィも大好物でして……あの、決してラフィが食いしん坊というわけではないのですよ」
羞恥心だろうか?
ラフィは膝をもじもじとさせている。
だが、俺が驚愕したのはそのことではい。
あれを、喰ったというのか?
この小柄なら兎人の少女が、あの恐ろしい産物を全てその身の中に取りいれたというのか?
それとも、あの料理は人間にのみ効果を発揮する毒物なのか?
だから兎人のラフィは平然と喰えた。
そういうことだろうか?
きっとそうだ。
そうに違いない!
そうじゃなければおかしい!!
「ちなみに、マルスさんが起きた時に食べて頂きたかったので、一切れだけですが残してあります」
……は?
「最後の一切れは、マルスさんに食べて頂きたかったので」
ちょっと待ってくれ。
あれがもう一口でも体内に入れば、もう二度と目を覚ませない。
そんな予感がする。
椅子の隅に置かれていた弁当箱を手に取り、ラフィが蓋を開こうとした。
「待てラフィ!」
俺は慌ててラフィを止めた。
それを開封させるわけにはいかない。
「どうしたんですか?」
小首を傾げ不思議そうに見るラフィ。
俺は、なんとしてでもこの危機を乗り越えなくては。
「ラフィの気持ちは非常にありがたいが、次の授業がもう始まるんじゃないか?」
「ああ。そういえばそうですね」
「なら、急いで戻ろうぜ」
俺は椅子から立ち上がった。
「わかりました」
ラフィは首肯した。
どうやら納得してくれたようだ。
なのになぜだろう。
彼女は弁当の蓋を開いていた。
「でも戻る前に、マルスさんあ~んです」
ラフィはキラキラと目を輝かせ、期待に満ち溢れた瞳で俺を見ている。
「……」
どうやら、逃げることは許されていないようだ。
もう……観念するしかない。
ラフィが俺の為に作ってくれたものだ。
ならば、俺が片をつけるのは当然だろう。
俺は覚悟を決め、口を開いた。
ゆっくり、ゆっくりと、ドロドロとしたソースを垂らした物体が俺の口に近付いて、口の中に入ろうとしたその瞬間――
シュ――と素早い身のこなしで、何かが俺の目の前を横切った。




