ラフィの特製弁当
魔術学の授業が終わり、午前中の授業が全て終了した。
座学の時間は眠くて仕方ないが、俺が寝落ちする度にエリーに脇腹を抓られた。
激しい睡魔との戦いに軽く憔悴気味だ。
「マルス、よかったら一緒に学食でもどう?」
エリーに昼食に誘われたのだが、
「今日はラフィと中庭で食べることになっててさ」
といっても、肝心のラフィがまだ教室に来ていないのだけど。
「え……そ、そうなんだ。……ラフィさんと」
俺が言うと、浮かない表情に変わったエリー。
そういえば、昨日も昼食は一緒に食べられなかったんだよな。
だったら、
「良かったらエリーも一緒にどうだ?」
「でも、ラフィさんはマルスと二人きりで食べたいんじゃないかな?」
誘ってみたが遠慮されてしまった。
どうやらラフィに気を使ったようだ。
「ラフィだってイヤとは言わないと思うぜ?」
「そうだとしても、本音は二人きりで食べたいと思ってるはずだよ」
確信しているように言い切って、
「私は学食に行くから、マルスはラフィさんと二人で食べてきて」
「俺は、本当に構わないんだが……」
「約束してるんでしょ?」
「……約束、か」
確かにそうだ。
一方的に言われたことでも、俺はイヤとは言わなかった。
ラフィは授業を休んでまで、俺にうまい弁当を作ってくれようとしているのだから、その気持ちには応えるべきだろう。
「そうだな」
俺は、エリーの言葉に首肯した。
「じゃあ、私は食堂に行くから」
「ああ。また午後の授業でな」
その言葉に答えるように手を振って、エリーは教室を出て行った。
(さて、ラフィが来るまでどうするかな……)
昼休みの教室は意外と静かだ。
多くの生徒が食堂に向かうので、当然といえば当然か。
窓から入るポカポカとした日差しが心地いい。
魔術学の授業で眠りかけた俺を再び誘惑しているようだった。
このままここにいては眠ってしまうかもしれない。
そう思った時だった。
「ま、マルスさん。お待たせしてすみません!」
全身で飛び込むみたいに、大慌てでラフィが教室に入ってきた。
はぁはぁ。と息が上がっている。
よほど急いで来たのだろう。
「大丈夫か?」
「は、はい。最高のお弁当を食べてもらおうと張り切ったのは良かったのですが、時間を忘れてのめり込んでしまいました」
ラフィ照れくさそうに苦笑した。
俺の為にラフィが頑張ってくれたのかと思うと素直に嬉しい。
「ありがとな、ラフィ」
「マルスさん、そのお言葉はこのラフィの特製弁当を食べてからにしてください」
持っていた弁当を、ラフィは両手で掲げた。
黄色い布に包まれたそれは、なぜか神々しく見えてくる。
まるで後光がさしているようだ。
中身を見てすらいないのに、俺の勘が囁いていた。
この弁当は――半端じゃないと。
その証拠に、ラフィ自身、自信に満たされた表情をしている。
この弁当は最高傑作だと態度で示しているようだった。
「さあ、マルスさん。中庭へ行きましょう!
恋人同士は、中庭で仲睦まじく食事をする。
そう決まっているのですから」
俺はラフィに手を引かれ、中庭に向かうのだった。
✳
中庭の周りには、いくつか木製の椅子が置かれている。
それほど多くはないが、そこで食事をする生徒達もいた。
ラフィが言った通り、男女のカップルだ。
横並びに座って、ベタベタとくっつきながら食事を楽しんでいる。
他のカップルとは距離をとり、俺達は空いている席に座った。
「さぁ、マルスさん見てください! 今朝女子宿舎まで戻り食堂を借りてまで作った、このラフィの特製弁当を!」
ラフィの膝の上に置かれた弁当の包みを外すと、出てきたのは銀の四角い弁当箱だった。
高さは四センチメートル、四方が十五センチメートル程はあるだろうか?
思っていたよりもサイズは大きかった。
一体、どんな料理が入っているのだろうか?
ラフィが蓋を開くと、
「……うん?」
弁当箱の中は橙色一色だった。
「ふふふっ、マルスさん。これがなんだかわかりますか?」
「……パン……か?」
不敵に笑うラフィ。
なんだかイヤな予感しかしない。
「惜しいですね! これは全て――人参です!」
「人参……?」
だが、形は明らかにパンだ。
サンドイッチのように三角形になっていて、パンとパンとの間に何か赤い……ジャムだろうか?
それは真っ赤な血のような、おどろおどろしい色をしている。
見ただけでは判断はつかないが、とにかく、何かが塗られているのだ。
「人参をすり潰してパンの形に固めました。
つまりこれはパンの形をした人参ですね。
ただし、加工の際にいくつか調味料も混ぜています。
まあ、どんな工程を辿って作られたのかはご想像にお任せします」
人参以外の材料はなんなんだ?
調味料って、一体何を混ぜた?
見た目だけならただのオレンジ色のパンだが、
「隠し味にラフィ特製のソースが塗ってあります!」
……か、隠し味?
ラフィは何を言っているんだ?
全く隠れてないぞ?
隠し味というなら、隠れていてくれなくては困る。
だが、この隠し味は思いっきり溢れ漏れてるじゃないか。
「さぁ、マルスさん。ラフィが食べさせてあげますね!」
「い、いや……」
マズい。
命の危機を感じた。
俺の全神経が訴えてくる。
この料理はヤバいと。
この人参は――半端じゃないと……。
「もしかして、人参はお嫌いでしたか?」
ラフィは目尻を下げ、不安そうに俺を見た。
なんだか食べないと申し訳ない気がしてしまう。
食べられるものであれば、俺に好き嫌いはない。
栄養が取れるものであれば、それこそ俺はモンスターの肉でも食うだろう。
しかし、これはどうだ?
ソースと言っていたが、なんだか沸騰していないか?
俺はこれを食べて、生きていられるのか?
パンの間からはポタポタとソースが垂れている。
「っ――!?」
幻覚だろうか?
中庭にこぼれ落ちたソースが芝にかかり、一瞬にしてその芝を枯らせた。
ように見えた。
「……ほら、マルスさん。あ~ん」
逃げられない。
これほどの恐怖と遭遇したのはいつ以来だろう。
正直、食べたくない。
だが、この人参はラフィが授業を休んでまで俺に作ってくれた料理だ。
だったら、ここで食べないわけにはいかない。
俺に手料理を食べて欲しいというラフィの気持ちを、無下にするわけにはいかない。
俺は、覚悟を決めた。
パク――。
もぐもぐ。
「どうですか? 美味しいですか?」
嫣然と微笑むラフィは、本当に幸せそうだった。
その顔を見れただけでも、俺は――。
ゴクン――。
飲み込んだ瞬間、空が真っ二つに切り裂かれたような幻覚が見えた。
それから、海の底に落ちていくような感覚が迫ってくる。
這い上がろうともがいても、俺の身体は沈んでいく。
どこまでも落ちていき、俺の視界は真っ暗に染まって――。
「え、ま、マルスさんっ!?」
そこで、俺の意識は完全に途絶えた。




