子鬼との戦い②
子鬼の知能は高くない。
決して計算高い戦いができるわけではないのだ。
しかし、どう戦えば相手を倒せるかという本能は身に染み付いているのだろう。
三体全てが真正面からではなく、三方向から襲い掛かっていた。
同時にくる攻撃に、エリーはどう対処するか。
「はああああっ!」
エリーの判断は早かった。
勇ましい声を上げ、右方向の敵に突貫した。
待ち構えていては囲まれるだけと考えたのだろう。
「ぐがあああああっ!!」
子鬼も持っている棍棒を振りかぶり、迫り来る騎士に応戦しようとした。
しかし、その一撃には技術などはまるでなかった。
大振りしようと腕を振り上げた瞬間を狙い、蒼の騎士は片手剣を振り上げた。
「ぎゃああああああああっ!」
子鬼の右腕から鮮血が飛び、切られた腕が宙を舞った。
続けざまに、首を狙った斬撃に、為すすべなく子鬼は崩れ落ちた。
残り二体の子鬼が臆したように動きを止めた。
魔物とはいえ、感情はあるのだろう。
一瞬で仲間を殺した相手に、恐怖しているのかもしれない。
しかし、その隙がこの子鬼達にとって命取りとなった。
エリ-はその隙を見逃すことなく疾走する。
「はっ!」
そのまま上から下に片手剣を振り下ろす。
抵抗すらできず切り裂かれた子鬼は、
「がああああああああっ」
悲鳴をあげ、力なく倒れ伏した。
そして、残りは一体。
最後の一体は、立て続けに仲間をやられたことで正気に戻ったようだ。
無策に攻めることはせず、敵の様子を窺っている。
先に攻めたのはエリーの方だった。
「ふっ――」
子鬼に接近し剣を振るう。
相手の様子を窺うような小振り。
子鬼はその攻撃に反応し、棍棒で一撃防いだ。
エリーはさらに数回、斬撃を見舞った。
決して相手を攻撃の間合いに近付けさせない。
腕や身体を切り裂かれ、地面は子鬼の血が流れ落ちていく。
しかし、子鬼の目は死んでいない。
すると――このままでは勝ち目はないと踏んだのだろうか?
子鬼が攻撃を受けることを覚悟で突撃してきた。
片腕を切り裂かれ、腕は落ちた。
しかし、子鬼は止まらない。
残っていた腕を振り上げ、その爪でエリシアの喉元を狙う。
が――その一撃は届くことはなく。
エリーが突き出した片手剣が、子鬼の心臓を貫いた。
「はぁ……」
戦いが終わり一息吐いたエリー。
召喚で呼び出された三体の子鬼は、既にこの場から消えていた。
「うん。まあまあね。デビュー戦としては上々じゃないかしら?」
そう言って、ラーニアは微笑した。
つまらなそうにその攻撃を見ていた生徒もいれば、口をポカンと開き、驚きを露にしている生徒もいた。
俺は、悪い戦いではなかったと思う。
「ありがとうごいます」
呼吸を整えたエリーが、戦闘教練室の中央から、壁際に立つ俺の傍まで戻ってきた。
「マルス、どうだったかな?」
「ああ。敵の数も多かったし、子鬼は小柄な見た目とは裏腹に力もあるからな。
ただ力押しするんじゃなくて、技術や速度で撹乱するような戦い方は効果的だったと思うぞ。判断に迷いがなかったのも良かった」
魔物とあまり戦った経験がなくあれだけ動けたなら、大したものだろう。
ただ、魔物は突拍子もない行動を取ることもあるので、どんな相手だとしても油断はできないが。
しかし、エリーのことだから相手の命を奪うことに躊躇いを感じるかと思っていたけど、
「魔物となら、普通に戦えるんだな」
「……そうでも、ないみたい」
よく見ると、エリーは身体は震わせていた。
「魔物は殺さないと止まらない。やらなくちゃこっちがやられる。
それはわかってるんだけど……殺さずに済むならその方がいいと思っちゃって……」
エリーのこの甘さは、相手が人間の時、絶対に命取りになる。
慣れようと思って慣れられるものではないが……。
「エリシア、もし命の取り合いになった時、絶対に迷うな。
それがたとえ、親しい人物だったとしても」
「……わかってる」
今俺が言えることは、これくらいだ。
「次、やりたい者、前に出なさい」
エリーの戦いを見て奮い立った者達が、次々と戦いに向かっていた。
流石Aクラスといったところか、ほとんどの生徒は子鬼を相手に勝利を収めていた。
苦戦する生徒も多かったが、殺されかけるようなことはなかった。
そして、ほとんどの生徒たちが訓練を終えた頃、
「マルス、あんたはどうする?」
ラーニアに問われた。
正直、やってもやらなくてもよかったのだが、
「戦ってみせてくれ」
真っ先にセイルに言われ、
「私も見たいな」
追撃するようにエリーも言われた。
クラスの生徒全てが俺に注目している。
口には出していなが、期待はされているようだ。
どうやら、やらないという選択肢を選べる雰囲気ではなさそうだ。
「じゃあ、やっとくかな」
俺は前に出た。
「子鬼十体くらいにしておきましょうか?」
「もっといてもいいんだぜ?」
「我慢しときなさい」
魔石を使った初めての実戦。
俺の装備はどんな物になるのだろうか?
武器は色々と使ったことはあるが、一番しっくりきたのは両手剣だった。
子供の頃から、師匠から剣術もならっていたから、それも関係しているのだろうけど。
俺は魔石に魔力を込めた。
すると――
「やっぱ――これか」
ずっしりとした重さが手になじんだ。
形成されたのは両手剣。
重厚な見た目の割りに、重さはほとんど感じない。
大剣ではあるが、片手で持てるほどだ。
その剣は、刃の部分が白銀であること以外、全てが黒に染まっていた。
剣を持つ柄の部分さえも黒い。
少し禍々しい雰囲気を放つ武器だった。
「へぇ……黒い大剣、か」
呟くように言ったのはラーニア。
防具は動きやすさを重視の紺の戦闘衣だった。
ただ、防具といっても見た目はただの衣服と変わらない。
鎧として機能するようなプレートなどが一切ないのだ。
身体を動かしてみたが、非常に柔らかい素材なのか引っ張られるような感じがなく、非常に動きやすかった。
防具らしい防具といえば、皮篭手の甲がプレートに守られているくらいだろう。
皮靴も普通の靴と変わらず、ただ重さはほとんど感じられず、素足でいると変わらないくらい軽い。
動きやすいが防御力ほぼ皆無の防具のようだ。
「じゃあ、準備はいいわね?」
「ああ」
だが、攻撃を受けなければ関係ない。
「じゃあ、始めるわよ!」
子鬼たちが召喚された。
俺は構えすら取らず、ただ待ち構えていたのだが、一向に近付いて来る気配はなかった。
「うん? おかしいわね? 戦いなさい、あなたたち」
ラーニアが命令を下した。
しかし、子鬼達はその場でガクガクと震えている。
「こないのか?」
「ぅ……」
戸惑うばかりで動こうとすらしない。
まるで戦いを拒否しているようだった。
本能で理解しているのだろうか?
自分達が俺に勝てるわけがないと。
「なら、もう終わらせるぜ」
俺はその場で大剣を左手で構え。
右から左、横に薙ぎ払うように剣を振った。
「……ぁ」
瞬間――音もなく、一斉に、子鬼たちの首が飛んだ。
滝が逆流するように切断された首から血が噴出し、十体の子鬼の身体がゆっくりと倒れていく。
「ま、こんなもんだな」
子鬼たちが消えるのを見届けて、俺は魔石への魔力供給を断ち装備を解除した。
周囲の生徒たちは何が起こったのか理解もできず、時間が止まったかのように唖然としたち呆けている。
「風の刃かしら?」
どうやら、ラーニアには見えていたようだ。
「ああ。言っておくけど、魔術じゃないからな。今のは剣技だ」
剣を振る。
ただそれだけのことでも、剣を極めた者の一振りは光の速さにも届くと言われ、その一振りが風の刃を発生させる。
師匠が得意だった剣技の一つだ。
技の名前は――風刃。
ちなみに、流派はなく我流らしい。
「あんた、あたしまで切るつもりだったの? 防御が間に合わなければ当たってたわよ?」
「いやいや、そこは教官殿ならどうにかするという信頼があってこそだ」
「ふん、言ってなさい」
生徒達が唖然とする中、ラーニアと軽口を交わした。
こうして、魔物との実戦訓練が終わった。




