子鬼との戦い①
我先にと、基礎訓練を始める生徒たち。
俺もそれに続こうとすると、
「ちょ、ちょっと待ってよ、マルス。その格好で訓練するつもり?」
エリーはそんなことを言ってきた。
「ああ。問題あるのか?」
「問題というか、そのまま訓練してたら制服が汚れちゃうじゃない。
昨日は魔石がなかったからしょうがないけど、今日は魔石があるんだから」
「どういうことだ?」
魔石は魔力を込めることで、使用者に合った装備に変化する。
それは昨日聞いていた。
だが、基礎訓練も装備をつけたままやれというのだろうか?
「マルス、みんなの姿を見てみてよ」
「みんなの?」
周囲の生徒達の姿を見る。
既に制服を着ているものはいない。
かといって、重厚な装備をしているものもいなかった。
「いつの間に着替えたんだ?」
「着替えたというより、服を魔石で形成してるんだよ」
「魔石で? 装備以外にも形成できるのか?」
「何もイメージすることなく、魔力を通せば全身の装備に変化するよ。
でも、魔石に込める魔力を制御して、一部の装備のみ形成することだって出来るんだ。昨日、ボクが狼人たちと戦った時、片手剣だけを形成したのを覚えてる?」
言われて俺は、昨日の戦いを思い出していた。
……そういえば、ラスティーと戦った時、エリーは片手剣を持っていたっけ。
確かに武器は持ってたけど、服は制服のままだったな。
「でも、それと基礎訓練と何が関係あるんだ?」
「わからない? 魔石で基礎訓練用の服を形成すればいいんだよ。こんな風にね」
言って直ぐ、エリーの全身が光に包まれた。
すると、
「ほらね」
一瞬で制服から軽装になっていた。
動きやすそうな白いショートスリーブと紺のショートパンツだ。
「そんな使い方もできるのか」
「うん。魔石の使い方は入学して直ぐに習うんだよ。
だから、マルスが知らないのも当然だけど、運動する時とかに便利だからさ」
「なるほどな。それじゃ、早速やってみるかな」
「私やみんなが着ている服装をイメージしてみてね。
そして、魔力を魔石に通すんだ」
俺が魔術を行使する際の工程と同じだ。
行使する魔術のイメージを浮かべる。
正確なイメージを固められるほど、自分が行使したい魔術に近付く。
イメージを固め、俺は魔石に魔力を流した。
すると、全身が光に包まれて、
「こんな感じか?」
「うん」
俺は全身を確認した。
だいたいイメージ通りの格好になっていた。
他の生徒たちと同じ、白いショートスリーブと紺のショートパンツだ。
「これなら、かなり動きやすいでしょ」
「そうだな」
「制服に戻りたい時は、魔力の供給を止めればいいから」
「魔石で装備を形成している間は、魔力が供給された状態が続いてるのか?」
「うん。でも、微々たるものだから、この学院に通っている生徒であれば、全く問題ないレベルだと思うよ。一日で回復する魔力の方が、使う魔力より多いくらい」
魔力は使わなければ勝手に回復する。
回復の速度は個人の資質による部分もあるが、余程魔力量の大きい者でなければ一日魔力を使わなければ最大まで回復しているだろう。
緊急の際には薬で回復することもできるが、学院の訓練だけでそこまですることはなさそうだ。
「そっか。ありがとなエリー。助かったぜ」
「ううん。それじゃ、訓練を始めようか」
こうしては俺は、魔石の使い方を覚えたのだった。
*
基礎訓練の授業が終わり、次は戦闘訓練の授業が始まった。
担当教官は引き続きラーニアが務めている。
今回の戦闘訓練の授業は、魔術は一切に使わずに行なうらしい。
こういった訓練は、迷宮で魔力切れを起こした際のことを想定しているらしい。
魔術が使えなくなれば、最後に頼れるのは鍛え抜かれた身体と、洗練された戦闘技術ということだろう。
「今回は魔物と戦ってもらうわよ」
その言葉に生徒たちは活気付いた。
「やっと魔物との実戦か!」
「どんな魔物ですか? ミノタウロス? それともサイクロプスとか!?」
などと言っている。
この反応だと、今まで魔物と戦うような訓練はなかったということだろうか?
「いきなりそんな高いランクの魔物と戦わせられるわけないでしょうが」
呆れたようにラーニアは言って、
「あなた達の中で魔物との戦闘経験がある子は少ないでしょうから、
今回戦ってもらうのは下級の魔物よ。
実際の討伐依頼でも、下から二番目のEランクの魔物――子鬼よ」
続けてラーニアが発した言葉。
それは生徒たちの反感を買ったようだった。
「ご、ゴブリンですか?」
「訓練の相手にならないんじゃ?」
たかが子鬼だしな。と俺も思った。
しかし、数が集まれば子鬼も強敵だ。
子鬼は基本的に群れをなしている。
個体としては弱い子鬼でも、集団であれば強敵となりうる。
「そういうことは、勝ってからいいなさい。
あたしが召喚する子鬼は三体。
危険だと判断した場合は直ぐに止めるから」
子鬼程度に負けるはずがない。
生徒達の自信に満ちた表情がそう訴えていた。
「それじゃあ、召喚するわよ」
ラーニアが地に手を伏せた。
「我が盟約に応え――地獄の子鬼は舞い踊る」
その詠唱と共に、地が赤く焼きつくような六芒星が浮かんだ。
すると、その六芒星から次々と子鬼が召喚されていった。
計三体。
人間の子供くらいの身長だが、歯並びは悪く醜悪な容姿。
全身緑色で筋肉質。鼻と眼が尖っている。
目は赤く吊り上っていて、悪魔を連想させるような凶暴さを秘めていた。
手には小さな身体には不釣合いの木の棍棒を持っている。
木製とはいえ、加減を知らない魔物に攻撃されれば命取りになるかもしれない。
この魔物を最初に見た者は、小さな鬼のようだと感じただろう。
だからこそ、子鬼などという名前が付いたのかもしれない。
実際に子鬼を見た瞬間、生徒たちは息を呑んでいた。
ここにいるヤツらがどう思ったのかは俺にはわからないが、油断していい相手ではないということだけはわかったのかもしれない。
「順番は適当でいいわよ。やりたい子からきなさい」
誰から挑戦するのか?
様子を窺っているようだった。
俺が最初にやってもいいのだが……。
「では私が」
最初に声をあげたのはエリーだった。
エリーの手に持つ魔石が光を放ち、身を包んでいく。
すると、
「ん?」
昨日見たものとは、違った装備に変化していた。
武器が片手剣なのは変わらない。
しかし防具が少し変化している。
白銀の鎧の重厚感が薄まり、軽鎧に変化していた。
胸部の鎧と篭手、ブーツ。
プレートでガードされている部分はそれくらいだ。
以前よりも速度重視の防具に変化している。
さらに目を引かれたのはその蒼い衣装だ。
まるでドレスのような衣装の上に鎧を纏っている。
その格好は貴族の姫君かはたまた蒼穹の騎士か。
そんな不思議な印象を与える装備だった。
周囲の者はそんなエリーの格好に目を見張っていた。
それは、彼女の美麗な姿に驚愕しているのか、はたまた生徒達が知るエリシアという存在の変わり様に驚いているのか。
「それじゃ、いくわよ」
「……はい」
蒼穹の騎士が片手剣を構えて直ぐ、三体の子鬼が一斉に襲い掛かった。




