エリシャ・ハイランド
教室に着いた。
周囲を見回す。
どうやらエリシアはまだ来ていないようだ。
授業が始まるまで、まだ少し時間があると思うが、真面目なエリシアの性格からして、ギリギリに教室に来るとは考えにくい。
何かあったのだろうか?
考えながら、俺は自分の席に座った。
ちょこん。と、ラフィは俺の隣、エリシアの席に腰を落とした。
授業が始まるまで、俺と話をするつもりのようだ。
「マルスさん、今日のお昼は楽しみにしていて下さいね」
「昼? 何かあるのか?」
「ラフィお手製のお弁当を食べて頂きたいのです!」
弁当?
いつの間に用意したのだろうか?
朝食の後は、俺の着替えを待って直ぐに宿舎を出たので、料理なんてしている暇はなかったと思う。
……まさか、昨日のうちに用意しておいたのだろうか?
「授業を適当に抜け出して準備しておきますので」
……そういうことか。
「ラフィ、そこまでしなくていいぞ?」
「いえ、ラフィがマルスさんに食べて頂きたいのです。
それに、ラフィは冒険者になりたいわけではないので、成績とかどうでもいいですから」
冒険者になる為に必死に努力している者達に囲まれているにもかかわらず、ラフィはぶっちゃけた。
いや、他のヤツらからしたら、ライバルが一人いなくなるわけだからありがたいのか?
「そういうわけですので、お昼は食堂に行ったりしないでくださいね」
「……本当に大丈夫か?」
「はい! 授業よりもマルスさんの胃袋を掴む方が重要です」
「進級できずに退学になったら、ラフィとはお別れだな」
「――!?」
俺の言葉にラフィは、はっ――と衝撃を受けているようだった。
「だ、大丈夫です。進級できる程度には、ラフィは成績いいですから」
口ではそういうものの、心配になったのか動揺しているのか、ラフィは耳を上下にパタパタさせていた。
「……まぁ、ラフィが大丈夫って言うなら信じるぜ?」
「はい! 必ず美味しいお弁当をお届けしてみせますので!」
改めて気合を入れなおしたラフィ。
一体、どんな料理を作ってくれるのだろう?
俺は少しだけ、昼食の時間が楽しみになった。
時間も経ち、生徒たちが次々に教室に入ってくる。
その中にはセイルの姿もあった。
俺に気付いたセイルがこちらに近付いてこようとしたが、ラフィが傍にいるのに気付き方向転換。
そのまま自分の席に座った。
ラフィに脱がされた経験が、余程苦い思い出として響いているのかもしれない。
教室の席がだいたい埋まった頃、授業を知らせる鐘が鳴った。
ラフィは名残惜しむように俺から離れ、自分の席に戻った。
授業開始直前だというのに、未だエリシアは教室にきていない。
(……何かあったのか?)
もう暫く待ってこなかったら、ラーニアに何か知らないか聞いてみるか。
*
教室に、ラーニアが入ってきた。
「授業を始める前に、編入生を紹介するわ」
ザワザワと教室がざわめきたった。
俺が言えたことではないが、二日連続でか?
編入生はめったに入ってこないと聞いたんだが、実はそんなことないのだろうか?
「入ってきていいわよ」
ラーニアが言うと、
「失礼します」
一人の少女が教室に入ってきた。
背筋をピンと伸ばし、ラーニアが立つ教卓の傍に立つ。
一目で美しいとわかる佇まいに、周囲の生徒達が息を飲んだのがわかった。
「エリシャ・ハイランドです」
エリシャ・ハイランドと名乗った少女。
女性にしては高身長で、絹のように繊細で美しい銀髪を黒い紐で後ろに束ねていた。
凛々しく利発そうな銀の瞳と、非常に整った顔立ちは、全てが黄金比で設置された作り物のようだった。
正に容姿端麗という言葉の似合う少女だ。
俺はエリシャ・ハイランドという人物とは初対面だ。
恐らく、クラスの全員が初対面だろう。
しかし、この少女と同じ顔立ちをした人物を俺は知っていた。
「それじゃ、エリシャ。あんたはエリシアが使ってた席に座りなさい」
「はい」
言われるまま、エリシャはエリシアの席、俺の隣に座った。
「よう」
俺はエリシャに声を掛けた。
「初めまして。エリシャ・ハイランドです」
改めて自己紹介する少女が、その美貌で微笑みを向けた。
この顔立ち、やはり見間違えじゃない。
エリシャの顔を間近で見て、俺は確信した。
この少女は――
「これが、ボクの本当の名前――本当の姿だよ。マルス」
間違いなく俺の友人――エリシア・ハイネストだった。




