ラフィとセイル
食堂に入ると、カウンター前には列ができていた。
「うわぁ……かなり並んでますね」
ラフィは列を見て、目をクリクリとさせている。
意外な反応だ。
女子宿舎でも朝は似たような光景だと思ってたけど。
「女子宿舎はそうでもないのか?」
「はい。席はそれなりに埋まりますが、人の入りはまばらですね。
女の子は朝の準備も色々とありますので」
準備が忙しくても、ネルファの料理だったら毎日食べたくなると思うんだが。
女子宿舎の料理はそれほど美味くないのかもしれない。
「ラフィはしっかり食べる方なので、噂の男子宿舎の料理が楽しみです」
どうやらネルファの料理は、女子生徒の間でも有名なようだ。
ウキウキと瞳を輝かせるラフィと共に、俺とセイルは列に並んだ。
すると直ぐに、周囲の視線が集まってきて、
「マルスたちだぞ……」
「セイルも一緒にいるぜ」
「あれ? ラフィちゃんじゃね? なんでここにいんの?」
ざわめきたつ食堂。
ラフィがいるので目立ってしまうのは仕方ない。
しかし、なぜラフィがここにいるのか。
誰もその理由を問いただしてくるものはいない。
「ま、マルス先輩……!? ど、どうぞお先に」
目の前の生徒が、いきなり横にどいた。
「え? いや、別にいいぞ」
「い、いえ! 是非先に!」
どうやらどうしても前に通したいらしい。
もしかして、俺に遠慮しているのだろうか?
「先につってんだから、いいんじゃねえか?」
「ラフィもそう思います」
先程言い合いをしていたラフィとセイルは見事に同意見のようだ。
実はこの二人、意外と気が合うんじゃなだろうか?
「そうか? じゃあ、ありがとな」
「はい!」
俺達は一つ前に並んだ。
するとそれを皮切りに、なぜか次から次に前へ前へと通されて、結局待ち時間なしで俺達はカウンターの一番前まできてしまった。
確か、昨日の夕飯もこんな感じだったっけ。
まぁ、さっさと朝食にありつけるのはありがたい。
「よう、ネルファ」
「皆さん、おはようございま――……あら? 今日はどうして女子生徒が?」
流石のネルファも、ラフィがいることには驚いたようだ。
いつも眩しい微笑みを向けてくれる彼女が、ラフィを見て目をぱちぱちさせていた。
「初めまして。ラフィ・ラビィといいます。マルスさんの番いです」
「いや、嘘を吐くな嘘を」
さらっと嘘を吐くラフィに注意して、
「ネルファ、ラフィの分も大丈夫か?」
念のため、ネルファに確認を取った。
「はい。性別に関係なく、学院の生徒であれば問題はありません」
「では、ラフィはこのエッグベネディクトという料理をお願いします」
すかさず料理を注文するラフィ。
「かしこまりました。お二人はいかがいたしますか?」
「野菜とハムのサンドイッチ」
これを頼んだのはセイルで。
「チーズスフレってのを貰おうかな」
俺は見た目がパンのようなスフレという食べ物をトレイに載せた。
「ところでマルスさん、エリシアさんはまだお部屋に?」
「いや、部屋にはいないぞ」
「そうですか。まだ食堂にいらしてなかったので、どうしたのかと思ったのですが……」
食堂に来ていないとなると、どうやらエリシアは昨日帰ってこなかったようだ。
どこかに泊まったのだろうか?
それとも、俺と一緒に寝るのがイヤになって野宿を……?
いや、それはないか。
でも、流石にこのままエリシアと同室ってのはマズいよな。
どこかで部屋を変えてもらった方がいいかもしれない。
「エリシアにあったら、ネルファが心配してたって伝えておくよ」
「余計なお世話かもしれませんが、朝食はなるべくお取り下さいと」
「わかった」
流石はこの宿舎の世話係りだ。
ここで生活する生徒全ての健康管理を、しっかりと考えているのだろう。
やはり完璧家政婦の名前は伊達じゃないようだ。
……そんな風に呼んでいるのは俺だけだろうけど。
ネルファとの話を終え、料理を受け取った俺たちは空いている席に座った。
不思議なことに、机が丸々空いている席があったのだ。
食堂内は込んでいるにもかかわらず、そこには誰も座ろうとしない。
明らかに、俺達の為に空けた席のようだった。
「やっぱり、あんたといると楽に飯が食えるな」
俺の向かいに座ったセイルが言った。
「明らかに皆さんマルスさんに遠慮していましたね」
隣に座ったラフィが言った。
「やっぱそう思うか?」
「はい。ですが気にすることはありませんよ。強者に従属するのは自然の摂理ですから」
「はんっ。クソ兎、なんでお前が偉そうなんだ?」
「バカ狼こそ、随分誇らしそうでしたが?」
再び睨み合っている。
あまり仲がいいわけではなさそうだ。
「さっさと食おうぜ」
「……そうだな」
「はい」
俺達は三人で朝食を取った。
ネルファの料理を口に入れた瞬間、ラフィの顔が綻んだ。
ゆっくりと、味わうように料理を口に運ぶラフィ。
そんなラフィの幸福に満たされた顔を見て、幸せを噛み締めるというのは、こういうことなのかもしれない。
そんな風に思った。
*
食事を終えて制服に着替えた俺は、ラフィと学院に向かっていた。
「まさか、あの狼男と一緒に食事をすることになるなんて」
苦虫を噛み潰したように忌々しそうな表情をするラフィ。
「前に何かあったのか?」
「あったなんてものじゃありません!」
俺が聞くと、猛烈に激しい反応が帰ってきた。
「あの狼男は、一年の頃にラフィに迫ってきた発情狼なんです!」
「迫るって、襲われでもしたのか?」
「会うたびに口説いてきたのです」
セイルはラフィみたいな子が好みなのか?
なんだか意外だ。
「明らかに面白半分だったんだと思います。最初の方は適当にあしらっていたのですが……」
ラフィが苛立たしそう耳をピンと立て、
「あのバカ狼はある日、ラフィの耳を撫でてきたのです!」
忌々しそうに目を吊り上げていた。
余程、腹が立ったんだろう。
「耳を触られるってのは、そんなにイヤなもんなのか?」
「ラフィたち兎人にとって、耳と尻尾はとても大事で敏感な場所なのです。触れさせるとしたら、それは番いとなった相手くらいで……」
そこまで言って、はっ――としたラフィは、上目遣いで俺を見て、
「マルスさんなら、いつでも触ってくださって構いませんからね」
俺の服の裾を引っ張った。
直ぐにでも撫でてほしいと言うみたいに、耳をピクピクと震わせた。
実は朝撫でてしまったのだが……それは言わないでおこう。
「……それで、その後どうなったんだ?」
俺が聞くと、ピクピクと震わせていた再びピンと逆立てた。
「大事なところを触られて、流石に温厚なラフィも頭にきました。
だから、ラフィはあのバカ狼に誘惑の魔術を掛けて仕返しをしたんです」
直情的なセイルは精神系の魔術と相性が悪そうだ。
恐らく、対抗する間もなく誘惑の魔術に掛かったに違いない。
「ラフィは命じました。その場で服を脱いで授業を受けなさいと」
なんて恐ろしい命令をするんだ。
つまりセイルは裸体をクラス中の生徒の前で晒したのか?
「流石に下着までは可哀想だったので許してあげたんですよ」
どうやら、慈悲の心はあったらしい。
「ですが、誘惑が解けたあとの狼の慌てようと言ったら、今でも忘れられません」
小悪魔のようにニヤッとするラフィ。
セイルに一泡ふかせてやれたのが、余程爽快だったのかもしれない。
「ですが問題も起こりました。
バカ狼にしては勘が良く、ラフィが何かをしたのがわかったみたいです。
まぁ、ラフィと話していた直後にあんなことがあったのだから、ラフィを疑うのは当然かもしれませんね」
「それから折り合いが悪くなったと?」
「はい。それからは顔を合わせる度に因縁をつけられるのですが、
変にラフィに迫ってくることもなくなりました」
ラフィはセイルが嫌いで、セイルはラフィが苦手という感じなのだろうか?
どちらにしても、話を聞いた感じでは二人の関係修復は楽ではなさそうだ。
「ちなみに、仲良くする気は?」
「ありません」
口は笑っていたが、ラフィの目は本気だった。
今後俺を通して関わる機会が増えそうだが……。
まぁ、問題が起こったら、その時に対処を考えればいいか。




