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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
42/201

早朝の睦言

 * マルス視点 *




 ――カーン、カーン、カーン。


 鐘の音が聞こえた。

 どうやらもう朝のようだ。

 目を瞑っていても、差し込む光のせいか周囲が明るくなっているのがわかる。


(うん……?)


 腕の中に、何か柔らかいものがあった。

 抱き締めると、非常に心地よい感触がする。


(なんだ……?)


 まだまどろみに包まれていたいという欲望はあったが、俺はその感触が気になり目を開いた。


(あれ……?)


 幸せそうにむにゃむにゃと眠っているラフィがいた。


 どうしてラフィがここで寝てるんだ?

 しかも俺の腕に抱かれている。

 服は、ちゃんと着ているようだけど。


「むにゅ……まるすさぁん……」


 ……え~と……。

 まだ覚醒しきらない思考を回転させる。

 ……そういえば、昨日ラフィが部屋に押しかけてきたんだっけ?


 その後、迫ってくるラフィを無視して無理矢理寝て……。


(ラフィのヤツ、あの後帰らずここに泊まったのか……?)


 俺が寝てしまえば、諦めて帰ると思っていたんだが。

 まさかこの狭いベッドに入り込んでくるとはな。


 気持ち良さそうに眠っているラフィ。

 そろそろ起こした方がいいと思うのだが、起こすのを躊躇ちゅうちょするくらい幸福そうに眠っている。

 鐘の音は既になっているから、あまりモタモタしている暇はない。


 そもそも、この状況はマズい。

 冷静に考えたら、下にはエリシアが寝ているはずだ。


 エリシアにバレず、なんとかラフィを連れ出さねば。


 俺はラフィの肩に手を置き、


 ――ゆさゆさ、ゆさゆさ。


 できる限り優しく彼女を起こした。


「……うぅん?」


 寝惚けた声を上げて、兎耳をピクピク震わせている。

 なんだか可愛らしい。


 その白い耳を撫でてみた。


「……あぁん」


 蕩けるような甘い声が上がって、


「……うぅ~ん、あれ? まるすさん?」


 ラフィがゆっくりと目を開いた。

 まだ寝惚けているのだろう。

 ルビーのような赤い瞳をとろんとさせていた。


「起きたか?」

「……あぁ……」


 途端に、ラフィは俺の胸に顔を埋めてきた。

 そして、くんくん、と匂いを嗅いできた。


「まるすさんのにおい……」

「おいラフィ、まだ寝惚けてるのか?」


 言って、ラフィの額をちょんと突いた。


「あぅ……」

「ラフィ、そろそろ起きろ」


 そして、ラフィは次第に目の焦点をはっきりさせて、


「あぁ……おはようございます。マルスさん」


 朝の挨拶と共に、俺に艶っぽい微笑みを向けた。


「ああ、おはよう」

「昨晩は激しかったです。ラフィ、壊れちゃうかと思いました」


 上目遣いで頬を紅潮させ、そんなことを言ってくる。


「何もしてないだろう」

「えへへ、覚えてました」


 ラフィは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 全く懲りた様子はない。


「もう朝食の時間だから、お前は一旦女子宿舎に戻れ」

「いえ、その必要はありません。朝食もこちらで済ませますので、一緒に行きましょう」


 そう言って、ラフィは身体を起こベッドから下りていった。


「お、おい。下にはエリシアが……」

「いないみたいですよ?」


 ラフィがそんなことを言った。

 もう朝食に行ったのだろうか?


 俺もベッドから下りる。

 エリシアのベッドは既にもぬけの殻になっていた。


「それでは行きましょうか」

「本当にこっちで食べるのか?」

「はい。一応、学院の生徒であれば食事は出してもらえるはずですから」


 しかし、ラフィの姿はネグリジェのままだ。

 男子生徒たちの前で、この姿は流石にまずいだろう。


「ラフィ、着替えとか持ってきてないのか?」

「持って来てますよ。今日はこちらからマルスさんと一緒に登校しようと思っていましたので」


 ラフィが床に置いてあった赤い鞄を指差した。

 昨日は気付かなかったが、こんな物まで持ってきてたのか。

 その鞄の形はリュックのようで、背負えるように紐が二つ伸びていた。

 あまり大きくないので物は入らないそうだが、これなら小柄なラフィでも簡単に背負えそうだ。


「なら、先に着替えてから行こうぜ。俺は外で待ってるから」

「確かに……こんな姿を雄に見せては、狼共の発情期が始まってしまうかもしれませんもんね。でも、マルスさんであれば今すぐに発情して頂いてもいいのですが?」

「……じゃあ、外で待ってるからな」


 そんな誘惑のセリフを無視して、俺は部屋を出た。


 するとそこには、


「よ、よう!」

「……セイル? おう、お前も食堂に行くのか?」


 部屋を出て直ぐに、狼男ウェアウルフのセイルに声を掛けられた。

 セイルは既に制服に着替えていた。


「お、おう」

「なら、一緒に行くか?」

「た、頼まれちゃ仕方ねぇな」


 セイルの尻尾がぺしぺしと揺れた。

 人間に比べ、獣人の身体からだは特徴的だ。

 セイルのような狼人であれば、耳の位置が人間よりも高い。

 人間であれば目の横に耳があるが、狼人の場合は頭頂部に近い位置に耳があるのだ。

 耳には毛が生えていて、かなりもふもふしていた。

 耳以外では、腰の辺りに尻尾が生えているのも大きな特徴だろう。

 獣人用の制服はそういった身体の特徴に合わせて作られているようだった。

 人間用の制服では、尻尾が出せないから当然といえば当然だ。

 また、身体中から獣毛が生えているということはないので、寒さに強いというわけでもなさそうだ。

 狼人は、耳と尻尾を除けば見た目は人間と変わらない。

 ただ、その二つが非常に大きな違いなので、直ぐに人間ではないとわかるのだけど。


「行かないのか?」


 部屋の前から動こうとしない俺に、セイルはギロッと目を向けた。

 狼人の特徴とは関係ない話だが、セイル自身は、薄青色の髪と毛と青い瞳。

 目付きの悪さが特徴的だな。うん。


「もう一人くるから、待ってくれ」

「おち――エリシアか?」


 落ちこぼれと言おうとして、わざわざ言いなおしたようだ。

 俺の友達ということで気を使っているのだろうか?

 意外と繊細なヤツだ。


「いや、違う」

「は?」


 そんな話をしていると扉が開き、


「お待たせしましたぁ」


 のんびりとした声と共に、ラフィが部屋から出てきた。


「は?」

「むぅ」


 顔を合わせた途端、ラフィとセイルが睨み合った。

 いや、セイルは目を丸めているだけで、一方的に睨んでいるのはラフィだけのようだ。

「マルス、なんで兎女がここにいる?」


 セイルがそんな事を聞いてきた。

 当然の疑問だわな。


「狼男、兎女とは失礼です! ラフィにはラフィ・ラビィという立派な名前があるのです」

「お前こそ、その狼男ってのはやめろ。俺はセイル・ルハウルだ」 


 なんだ?

 こいつら仲が悪いのか?


「色々事情があって、ラフィは朝食をこっちで食うことになった」

「……マジかよ?」

「イヤなら一人で行ってください。ラフィはマルスさんと一緒に食べますから」

「はぁ? 兎女、お前こそ女子宿舎まで戻って食ってこい!」


 売り言葉に買い言葉。

 また睨み合いが始まっていた。


 これは、放っておいたらしばらく言いあってそうだ。


「取り合えず行こうぜ」


 俺は歩き出すと、


「あ、待ってくださいよマルスさん」


 ラフィは俺を追いかけて、腕を絡めてきた。


「ちっ――」


 セイルは舌打ちしたが、後ろから付いてくるのがわかった。


(はぁ……)


 どうやら今日も、騒がしい一日になりそうだ。

 そんなことを思いながら、俺は食堂に向かうのだった。

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