冒険者育成機関――王立ユーピテル学院への入学③
学院長が召喚したモンスターに勝つ。
単純明快な入学試験だったが、一つ予想外なことがあった。
「はぁ……こうなっちゃったら、あたしはもう止められないわよ」
溜息を吐くラーニアを余所に、
「……驚いたな」
俺は素直に感嘆していた。
当然、学院長室で戦いを始めるわけにはいかない。
そのくらいの常識は俺にもあった。
だが、
「空間変異を見たのは初めてかね?」
「ああ、こんな魔法もあるのか」
学院長が立ち上がり、何かの呪文を唱えた瞬間――景色が歪み、俺達が立っている場所はだだっ広い荒野に変化していたのだ。
「こんなものは魔法のうちに入らんぞ? 魔術の領域だな」
(魔術の領域……?
ああ……そういえば、師匠が言ってたっけな……。
魔術と魔法は全く違うものだって……)
魔術は世界にある万物の力を利用し生み出すもので、魔法は自身の持つ魔力のみで生み出すものだ。
例えば火、水、風、地など世界に溢れる元素を利用することで、炎や竜巻を起こす現象は魔術だ。
この世に存在するものを別の形に作り変え奇跡を起こす。
つまり変化させる物がなければ魔術を行使することはできない。
そして魔術の行使には過程が必要になる。
その過程は行使する者や行使する魔術により様々だ。
しかし魔法は違う。
魔法は個人の持つ魔力で生み出すことができる奇跡だ。
この世界の住人ならば、誰しもが魔力を持っているが、魔力のみで奇跡を起こせる程の膨大な魔力量を持っている者は少ない。
個人の持つ魔力量は生まれながらに決まっている。
どんな努力をしようと生涯増減はない。
つまり、魔法を使える素質があるのは膨大な魔力量を持つ者のみ。
努力ではどうにもならない才能の領域だ。
極端な話だが、圧倒的な魔力量さえあれば何もない状態――完全な無の状態から、俺達が住むこの大陸を形成することさえ出来るのが魔法だ。
そして魔法には行使するまでの過程が不要だ。
それがどんな大規模なものだとしても、思えばその時に魔法は行使される。
魔術では不可能なことさえ可能にする奇跡を起こせる万能の力。
しかし、それを行使する為の魔力量を持つ者がいないから、結果として多くの者にとって無能な力。
それが魔法だ。
学院長の使った空間変異は、この世界にあるものを変異させただけなので、使ったのは『魔法』ではなく『魔術』ということなのだろう。
しかも、本来掛かるはずの魔術の過程を飛ばし、ほぼノータイムで行使した。
それは十分、学院長の実力が窺えるものだった。
「学院長は、魔法を使えるってことかい?」
「ああ、わしは魔法使いだからな」
学院長は不敵に笑った。まるで、若いものには負けんぞ? と言われている気がした。
……そういや、ラーニアが学院長室に入る前に、
『学院長は、魔王を倒した偉大なギルドの魔法使い』
そんなことを言ってたっけか。
本物の魔法使いだったってわけだ。
「……英雄なんて言われてるだけはあるんだな」
「怖じ気付いたかな?」
「まさか。移動する手間が省けて楽なくらいだ」
驚きはしたが、怖じ気付いてなどはいない。
寧ろ、少し楽しくなってきたくらいだった。
「それに魔法使いに会うのは初めてじゃない」
「ほう……では、見せてもらおう――君の実力を」
学院長は膝を折り、荒野の地に手をついた。
「我が呼び声に応えよ――」
聞こえた言葉はそれだけ。
召喚魔術にしては随分と短い呪文のようだったが、
――ゴゴゴゴゴゴゴ。
学院長の魔術だろうか? 立っているのも辛いほど大地が震え始め――
(やばいっ!)
――直後――ガガッガガッガガガッガッガガガ!
轟音と共に大地が裂けた。
地割れに飲み込まれる前に跳躍し、学院長から距離をとる。
「おいおい、あんたの直接攻撃はなしなんだろ?」
「ああ、勿論だ」
地に突いた手を離し、立ち上がった学院長は堂々と言ってのけた。
おいおい、だったらこの地割れはなんなんだ――そんな言葉が出かけていたのだが、
「******************************************************************************」
明らかに人のものではない咆哮が、地の底から響いた。
(まさか……)
ゴゴゴゴゴゴ、ガガガガガガガ――。
激しい揺れが続く。
おかしなことに、その音は段々と大きく近付いてきた。
それはまるで地の底を何か駆け上がってくるような、いや、何かが近付いていた。
ドガン! ドガン!
その音と共に、割れた地から巨大な岩のような爪が飛び出し地を掻いた。
地を割った者の正体――それは、
「**********************************************************************************************************************」
二度目の咆哮と共に、龍が地の底から貌を出した。
まだ全身が這い出たわけではないが、その龍の貌はゴツゴツとした岩のような突起の鱗に包まれている。
(でかいな……)
前足だけで俺の全身よりも遥かにでかい。
咆哮をあげるその口も鋭い刃のような歯が生えており、噛まれでもしたら即死に違いない。
ドガン、ドガン!
そしてついに、全身が這い出てきた。
全長は三十メートルはあるだろうか?
(龍を召喚するなんてな……)
この大陸の歴史上、最強と言われる種族。
万物の王とまで言われた存在。
今この世界に生き残っている龍はほとんどいないらしいが、まさかこんな所で戦うことになるなんてな……。
「が、学院長――いくらなんでも地龍を召喚するなんて!」
焦っているのか、ラーニアの声は裏返った甲高いものになっていた。
「安心しろ。しっかり制御はしているぞ」
「そ、そういう問題では!」
「何が問題なんだ? 本人はやるつもりのようだが?」
その言葉に、ラーニアはブンッ! という音が聞こえそうなくらい凄い勢いで俺に顔を向け、侮蔑とも取れるような目で睨んでくる。
「なんだよ?」
「あ、アンタね! 死ぬ気なの! いくら学院長が制御してるからって――」
「ま、見てろって」
「見てろってあんた装備もなしに――」
ラーニアが何かを言う前に、俺は動いた。