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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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エリシアの秘密⑧ エリシアの過去 後編

2015/09/06 修正

 それから、父様の稽古は厳しさを増した。

 ボクが怪我をする事を承知の上で木剣を打ち込んできた。

 当然、本気ではなかったけど、以前のように剣を受けてくれただけの頃よりはずっと勉強になった。

 何より、父さんが本気で剣術を教えてくれること。

 ボクはそれが嬉しかった。

 

 母様はそんな稽古を心配そうに見ていたが、やめさせようとはしなかった。

 ボクの思いを汲んでくれていたのがわかった。


 激しい稽古が終わって家に戻ると母様はいつも笑顔で迎えてくれた。


「汗びっしょり。エリー、お風呂に入ってきなさい」


 だから、稽古の折を見て、火でお湯を沸かしてくれているのだ。


 お風呂は傷にしみた。

 でも、身体だけじゃなくて、心まで温かくなっていくみたいだった。


 お風呂から出ると、母様は髪を梳いてくれた。


「折角綺麗な髪なんだから、ちゃんとお手入れしないと」


 そう言って丁寧に撫でてくれる。

 ボク自身、そんなに綺麗な髪だと思った事はなかった。


 だって、母様の白銀の髪はもっと綺麗だったから。


「私も、母様の髪が好きです」

「そう? ありがとう。でもエリーの方が綺麗よ?」


 母様、それは多分、親馬鹿というヤツです。

 でも、素直に嬉しかった。 



 

 炎節が終わり、白秋が訪れ、少しずつ寒さも強くなってきた頃。


「エリー、魔術の勉強をしてみる気はないか?」


 父様にそんなことを言われた。


「魔術ですか?」

「そうだ。剣だけでは、お前は早い段階で壁にぶつかることになる」


 心の中がざわめいた。


「強くなれないと言ってるんじゃない。

 壁はいつか乗り越えられるかもしれない。

 だがそれでも、お前は魔術は覚えた方がいい」


 剣術だけで強くなること。

 それがボクの理想だった。

 実際、父様はあまり魔術は得意ではなかったらしいが、剣術だけで相当な強さだった。


 師匠がよかったなんて父様は謙遜していたが、父様には単純に才能があったのだと思う。


 そんな父様がボクは魔術を覚えた方がいいと言った。

 つまり、剣術に関してはボクは父様よりも才能がないと宣言されたようなものだった。


「俺は剣術しかできない。お前に教えてやれるのはそれだけだ。だから、これからも剣術は教える」

「魔術は誰に教われば?」

「母さんがいるだろ?」

「母様に?」

「ああ、母さんの魔術は凄いぞ! 父さんは若い頃、何度も助けられた」


 母様が昔、冒険者だったという話を聞いたことはあった。

 部屋には何冊も魔術書が置いてあるのを見たことがある。

 でも、そんなに凄い魔術を母様が使えるのだろうか?

 あの柔和で優しい母様が?


「エリーは俺たちの子だから、魔術の才能もあると思うんだ。

 剣術と魔術、どちらも学んでいけば、きっと強力な武器になる」


 父様の言葉に、ボクの気持ちは揺れた。

 強力な武器。

 その言葉に引かれたのだ。


「……魔術を覚えれば、私は今より強くなれますか?」

「勿論。剣術だけで父さんを超えられないとしても、魔術も使えたならいつか父さんより強くなれる」


 強くなれる。

 父様ははっきりとそう言ってくれた。

 それがボクの背中を押した。


「わかりました。魔術の勉強をします」


 ボクは剣術と魔術を、並行して学んでいくことにした。


 父様は近衛騎士としての仕事もあったから、常にボクに剣術を教えられたわけではないけれど、時間が空いた時には必ず稽古に付き添ってくれた。


「エリーは魔術の才能があるわね。流石は母さんの娘ね!」


 魔術書を片手に授業を行う母様。

 ボクが一つ魔術を覚える度にそんなことを言っていた。

 ボクが覚えた魔術は、初級も初級の基本的なこと。

 教われば誰だってできる魔術だ。


「これなら初級は直ぐに卒業できるわよ」


 だとしたらそれは、母様のおかげだ。

 母様は時間が遅くなったとしても、ボクが納得するまで、丁寧に教えてくれた。

 ボク自身、魔術の勉強は嫌いではなかった。

 剣術の方が好きではあったけど、魔術を続けていくうちに、自分に合っているのは魔術だということがわかった。

 

 だからといって、剣術をおろそかにするわけじゃない。

 剣術も魔術もどちらも努力する。

 必要なことは取り入れていく。

 そのくらいのことをしなくては。

 父様や母様を守れるくらい、強くなると決めたのだから。


 それから時間は過ぎ、十三歳。

 一年振りに王都で開かれた剣術大会に出場した。

 一回戦目から厳しい戦いだった。

 やはり腕力の差がある。

 でも、父様の剣を受けていたお陰で、以前よりは重みを感じなかった。

 力が足りないのであれば攻撃を受け流す。

 受け止めては力で負けてしまうから。

 自分よりも力が強い相手との戦いはわかっていた。


 でも、それでも結果は三回戦で負けた。

 奇しくもその相手は去年負けた男の子だった。


「お前、まだやってたんだ?」


 そんなことを言われた。

 でも、気にしない。 

 かなり、悔しかったけれど。


「惜しかったな」


 試合の後、父様は声を掛けてくれた。


「……ごめんなさい、勝てませんでした」

「魔術を使ってれば、エリーが勝ってたと思うぞ?」


 それはボク自身思ったことだ。

 距離を離して攻撃魔術を放ってもいいし、補助魔術で身体能力を強化してもいい。

 でも、これは剣術の試合なのだ。


「相手に勝つ為の手段はあるんだ。

 剣術の試合で負けはしたけど、焦る必要はないさ」


 そう言って、父様はボクの頭を撫でようとして、


「……か、帰ろうか」

 

 思い出したみたいに、慌てて手を離した。

 そんな父様が、ちょっとだけおかしかった。


 それからさらに時間は経ち、雪の降る季節になっていた。


「エリー凄いわ! もう初級の基本魔術はだいたいマスターしちゃったわね!」


 魔術の勉強を始めてだいたい一年くらいだろうか?

 母様は、そろそろ中級の魔術を教えられると張り切っていた。


「エリーは火と光系統の魔術の適性が高いみたい。

 だから中級はその二つを中心に教えていこうと思うの」


 新しい魔術が覚えられると思うと、少しだけわくわくしていた。

 母様も凄くはりきってくれていた。


 剣術の方も少しずつ進歩はしていた。

 でも、まだまだだった。

 父様の使う流派は剣涯流と言うらしいのだが、ボクはそれを教えられる段階でないらしい。

 父様自身、師匠の下を途中で去っているから半分は自己流らしい。

 それでも、父様が使う剣の流派を早く教えてもらいたかった。


 それを伝えると、


「焦るな。エリーはちゃんと強くなってるよ」


 はぐらかされてる気がした。

 でも、確実に自分は強くなっている。

 順調だと思っていた。

 でも、全てがうまくいくことなんてないと知った。

 平穏は、一瞬で消え去るのだ。



 冬が終わり草木が芽吹き始める頃。

 この日は遅くまで剣を振っていたので、陽は既に落ちきっていた。


 いつもなら出迎えてくれるはずの母様がいなかった。

 部屋の灯りもついていない。


「母様?」


 呼んでも返事はなかった。

 ボクは母様の部屋に向かった。


 ――バタン。

 

 物音が聞こえた。

 母様の部屋からだ。

 扉を開くと、


「……え」


 母様が倒れていた。

 それを見下ろす男がいた。

 部屋が暗く、顔は見えない。

 でも、物語に出てくるような暗殺者アサシンを想像させられる姿をしていた。


「か、母様……!」


 男の目がボクに向けられた。


「……子供か」


 男がボクに近付いてきた。

 それだけで、恐怖で身体が竦んだ。

 この男と戦ってはダメだ。

 戦えば確実に殺される。

 直感で理解できた。


 母様を助けなくちゃいけないのに。

 でも……。

 逃げろ。

 逃げろ!

 逃げろ!!

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!

 全身が訴えてくる感覚。

 

 でも――


 それでも――


 ――守ると誓ったんだ!


 父様を。

 母様を。


 本能を無視して、ボクは、その男に魔術を放とうとして――何かが煌いた。


 それは白銀の剣だった。

 気付くとそれが、ボクの首元につきつけられて――


 ボクは死を覚悟した。

 強くなる為に努力してきた。

 守れるように為に努力してきた。

 騎士になる為に努力してきた。

 なのに、ボクは何もできずに死ぬのか。


 後悔の念が渦巻く。

 しかし、死の瞬間は訪れなかった。 


「っ――」


 苦悶の声。

 男の持っていた武器は弾かれ、宙を舞っていたのだ。


 ボクの目の前には大きな背中があった。

 その背中は、


「と、父様……!?」

「……」


 父様だった。

 父様が剣を構え、相手の男と対峙している。


「……エリー、逃げろ」


 こちらに振り向かず、父様は言った。

 その低く鋭い声は、余裕は一切感じられない。

 

「逃げろといったっ!!!」

「っ――」


 命じられるままに、ボクは走った。

 振り向かず。

 ただ、走った。


 怖かった。

 殺されることがじゃない。

 父様と母様を失ってしまうんじゃないか。

 それが恐ろしくて仕方がなかった。


 あの男は強い。

 ボクより強い。

 もしかしたら、父様よりも。


 大丈夫だ。

 父様なら大丈夫だ。

 願った。

 一生の願いだ。

 これから死ぬまで、何の願いが聞き届けられなくても構わない。

 もしも父様と母様が助かるなら、ボクはもう何を失ったって構わない。

 だから、神様、お願いします。

 神に願うことしか、ボクにはできなかった。


 恐怖を振り払うように。

 ただ無我夢中で走り続けた。


 それでも――ボクは逃げきることはできなかった。

 気付けば、男はボクに迫っていた。

 父様はどうなったの?

 母様はどうなったの?


「……お前、ヤツらの娘か?」


 その声を聞いただけで、身体が動かなくなっていた。 


「そうか。娘か。どうだ? 俺が憎いか?

 父を殺され、母を殺され、俺を殺したいか?」


 死んだ? 父様が? 母様が?

 刹那――黒い感情が心を支配していく。


「そうだろうなぁ。だが、お前は俺を殺せない。

 残念だったなぁ。両親も殺されたあげく、何もできずにいる。

 だがしょうがねえよな。戦いの場じゃ、女なんてそんなもんだ。

 ただ犯され、蹂躙され、最後には殺される」


 男はボクの目の前に拳を突き出し、その手を広げた。

 すると白銀の髪が零れ落ちた。

 それは母様の髪だった。

 美しかった母様の髪を、こいつは切ったのか?

 許せない。許せない。なのに、声すら出せない。

 殺したい。この男を殺したい。

 ボクの心は怒りで悲鳴を上げていた。

 それなのに、こいつの言う通りだ。

 ボクは何もできない。

 怒りの感情は灯っているのに、恐怖で身体が竦んでいる。


「お前の母親もそうだったよ。何もできずに死んでいった。

 可哀想になぁ……。全部女に生まれたのが悪いんだ」


 女だから? 女だってことが悪いの?


「でも良かったな。お前は殺さないでおいてやる。

 お前はこれから死ぬまで、俺に恐怖して生き続けるんだ。

 俺が大人になったお前をいつか犯しにいくかもしれない。

 そしてお前の両親のように呆気なく殺されるかもしれない」


 男の言葉を聞くだけで、ボクの心は恐怖で支配されていく。


 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


 それはまるで刷り込みのように。


「また会おうぜ……」


 その一言を最後に、意識が途絶えた。


 気付くと、ボクは王都の騎士団に保護されていた。

 この時、ボクが伝えたことは支離滅裂だったかもしれない。

 それでも必死だった。

 父様と母様を助けてほしかった。

 まだ間に合うかもしれないと信じていた。

 だから、混乱する頭で必死に伝えた。

 ボクの尋常ではない様子を見て、父さんの部下だったという騎士が直ぐに家に駆けつけてくれた。


 でも……その時にはもう、全てが遅かった。

 その後にボクが見たのは、父様と母様の亡骸だった。




 ボクは一人になった。

 父様も母様もいなくなった。

 全てがどうでも良くなった。


 何が悪かったのだろう?

 ボクが弱かったからいけなかったの?

 あの時ボクがもっと強ければ、父様と母様は助けられたの?

 頭の中で終わらない自問自答を繰り返す。

 結局、答えはでなかった。


 葬儀が行なわれた。

 父の部下だった人。

 母の友人。

 王都の住民。

 多くの人が二人の死を悲しんだ。

 でも、その場に親族は誰一人として姿を見せなかった。


「まだ娘さんも小さいのにね」

「……嫁ぎ先は決まってるのかしら?」


 そんな会話が聞こえた。

 どうでもよかった。




 葬儀は終わった。

 墓石の前に、ボクは佇んでいた。

 この中に、父様と母様がいる。

 涙は出てこなかった。

 もし、ボクが死ねば、父様と母様に会えるのかな?


 そんな考えが頭を過ぎった。

 でも、死ぬことすらどうでもよくなっていた。




 一人ぼっちになった屋敷。

 誰も頼れる者などいない。

 そう思っていた。


 ある日、身寄りのないボクを引き取りたいという人が現れた。


「エリー」


 その人はボクの名前を呼んだ。

 聞き覚えのある声だ。

 一瞬、父様の声だと思って顔を上げた。


「わしがわかるか?」

「……おじい、さま?」


 お爺様だった。


「……何をしている?」

「……なにって?」


 お爺様はボクを見ていた。

 その瞳に厳しく見据えられた。


「騎士になるのではなかったのか?」

「……騎士?」


 騎士になりたかった。

 なりたいと思っていた。

 父様のような立派な騎士になりたかった。


「……誓ったのではなかったのか」


 騎士になる為に、母様に魔術を習った。

 ボクが魔術を覚える度に、母様が嬉しそうな顔をしてくれた。


「騎士になるのだろ」


 剣術の稽古をつけてくれた父様の顔が思い浮かんだ。

 ボクが剣術の大会で優勝する度に、自分のことのように喜んでくれた。

 棚にトロフィを並べて、それを見て微笑んでいた。


 ボクは――騎士になりたかった。

 父様と母様を守れる――みんなを守れる騎士になりたかった。


 約束した。

 立派な騎士になると誓った。

 父様も母様も、今はもういない。

 それでも――この誓いはまだ消えてない。


「……こんなに弱いままじゃ、騎士なんてなれません」


 強くなる。

 誰よりも強くなる。

 今度こそ、大切な者を守れるくらいに強くなる。


「……お爺様、私はどうしたら強くなれますか?」


 剣術を教えてくれた父様もいない。

 魔術を教えてくれた母様もいない。

 

 強くなる為にはどうしたらいい?

 最速最短で強くなるには、どうしたらいい?

 あの男から全てを守れるくらいに強くなるには、どうしたらいい?


『戦いの場じゃ女なんてそんなもんだ。ただ犯され、蹂躙され、最後には殺される』


 ふと、あの男の言葉が脳裏をかすめた。

 途端に、自分が女であることが許せなくなった。

 もしもボクが男だったら、少しは違った結果が生まれたのだろうか?

 逃げずに戦い、両親を守れたのだろうか?

 そう思うと後悔してもしきれない。


「ボクは強くならなくちゃいけない」


 何もできなかった女の子が、男になろうと決意したのはこの時だった。

 弱くて何もできない、あのままの自分でいたくなかった。

 女であることが弱い理由になるのなら、女である事を捨てればいい。

 そう思った。


 お爺様はボクを見据え、


「ユーピテルという、冒険者の育成機関がある」

「ユーピテル?」


 初めて聞く名前だった。


「冒険者を目指し、多くの優秀な人材が集まるらしい。

 その学院に入れば、今のお前よりは、いくらかマシになるかもしれん。

 が、今のお前では到底入ることはできんだろうな」


 強くなる方法がわからないボクはわらにも縋る思いで話を聞いた。

 魔王を倒した英雄が学院長を務め、大手ギルドで活躍する冒険者のエリートが教官を務める学院。

 入学試験も難しく、合格者も少ない。

 卒業できる者すら少ないらしい。

 ただし、卒業することができれば、大手ギルドや王都の騎士団へ入団することができるくらいの実力が身に付くとされている冒険者を育成する為の機関。


 そこを卒業できたら、ボクも強くなれるだろうか?

 

 いや――強くなるんだ。


「お爺様、父様と母様のところに行ってきます」


 久しぶりに外に出た。

 向かうのは父様と母様が眠る場所。


 ボクは、父様や母様に認められるくらい、強くなる。

 二人の眠るこの場所で誓った。


 強くなると誓ったばかりなのに、涙が溢れ出た。

 



 その後、ボクはユーピテル学院の入学することを決めた。

 お爺様の下で二年間、剣術と魔術の修行を重ねた。

 そして十六歳になる年に、ユーピテル学院の入学試験に合格した。

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