エリシアの秘密⑥ エリシアの過去 前編
* エリシア視点 *
物心付く前から、ボクにはなりたいものがあった。
騎士になること。
誰よりも強い騎士になること。
今でも変わらない、それだけがボクの唯一の目標だった。
女の子なのにどうして?
そんなことを言われたこともあった。
その度にボクは、
「おとうさまみたいに、みんなをまもりたいの!」
こう答えていた。
ボクの家は騎士の家系だ。
代々多くの騎士を輩出し、その中でも突出して優秀だったボクの父様は、王都の第一騎士団団長を務めたのち、多くの功績が評価され、王直属の近衛騎士にまでなった人だった。
父様はボクの自慢だった。
だからだろう。
ボクも、気付けば剣を取っていた。
子供のボクに、父さんは言ってくれた。
「エリーは剣の才能があるな」
頭をポンポンと撫でて、微笑んでくれた。
才能があると言われたこと。
父様が喜んでくれたこと。
ボクはそれがたまらなくて嬉しくて、毎日休まず剣を振った。
七歳の頃、王都の剣術大会に出場してみた。
大会といっても、同年代の子供だけが参加できる小さい大会だ。
ボク以外の出場者はみんな男の子だった。
ボクは、父様に無理を言って参加させてもらったのだ。
そして、ボクはその大会で優勝した。
剣を振り続けていた成果だ。
「みんな見たか、俺の娘が優勝したぞ!」
父様は周囲にそう言い回った。
「エリーは天才だな! 将来は凄い騎士になるぞ!」
ボクもそのつもりだった。
そうなれると信じていた。
「おとうさまのような、きしになります!」
ボクが言うと、父様はいつもするみたいに、ポンポンと頭を撫でてくれた。
その大きな手は優しくて、温かくて、安心する。
ボクは父様が大好きだった。
尊敬していた。
目標としていた。
理想だった。
それからもボクは、時間が許す限り剣の稽古を行った。
父様が時間がある日は、稽古を付けてもらうこともあった。
稽古といっても、ただ父様に剣を受けてもらうだけ。
今思えば児戯のようなものだった。
それでも、ボクは満足だった。
少しでも、尊敬する父様に近づけている気がしたから。
「エリーは女の子なんだから、剣よりもピアノや踊りなんてどうかしら?」
母様は時折そんなことを言ってきた。
ボクが剣術の稽古に励むのを、あまり好ましく思っていなかったのかもしれない。
「おかあさま、エリーは剣のほうがいいです」
ボクがそんなことを言うと、母様は困った顔をした。
でも母様も、無理矢理やめさせようとしたことなんて、一度もなかった。
父様も母様も、ボクの気持ちを尊重してくれたのだと思う。
だからボクは剣を振った。
八歳、九歳、十歳。
剣術の大会で優勝したトロフィーが家には並んでいた。
たまに足を止めては、父様はそれを見て微笑んでいた。
ボクは嬉しくなった。
さらに剣の稽古に励んだ。
父様が近衛騎士になったのはそのくらいの頃だった。
自慢の父様が、もっと自慢の父様になった。
そしてボクは、騎士になるという気持ちがさらに強くなっていった。
あの時のボクは、信じて疑わなかった。
将来、誰にも負けない立派な騎士に――父様みたいな騎士になれると信じていた。
でも、
「っ――」
木剣が弾かれた。
十一歳の剣術の大会でのことだ。
決勝戦で負けた。
初めて負けたのだ。
父様が見ている前で。
「お前、女なんだよな? なんで剣術の大会なんて出てるんだ?」
相手の子供にそんなことを言われた。
そのことは、今も覚えている。
女だから?
それがどうしたというのだろうか?
この時のボクには、彼の言葉の意図がわからなかった。
でも、その時はただ、負けたことが悔しくて。
涙が出そうになった。
でも、堪えた。
負けた上に泣いているところなんて、父様に見られたくなかったから。
「エリー、残念だったな」
「え……?」
いつもみたいに、父様はポンポンと頭を撫でてくれた。
でも、それだけしか言われなかった。
稽古が足りないぞ!
切り込みが甘い!
もっと速く動け!
何か厳しい言葉を言われると思っていたのに。
でも、怒られなかったことに安心していた。
それから毎日、今までよりも厳しい稽古をした。
もう悔しい思いはしたくない。
次の大会では絶対に優勝する。
そんな気持ちで剣を振り続けた。
そして十二歳の剣術大会。
「お父様、見ていてください! 私は必ず優勝します!」
父様に誓った。
「そうか。楽しみにしてるぞ」
父は微笑んでくれた。
今度こそ、絶対に優勝する!
父様に喜んでもらう!
そんな気持ちで望んだ大会。
一回戦、二回戦と勝ち上がった。
でも、違和感があった。
以前ほど楽に勝てなくなっていたのだ。
あれだけ毎日稽古をして、剣術を磨いてきたはずなのに。
自分は間違いなく強くはなっているはずなのだ。
その自覚もあった。
でも、それ以上に周りが強くなっている気がしてならなかった。
そして三回戦。
ボクの相手は以前勝ったことのある相手だ。
今まで一度も負けたことはない。
必ず勝てるはず。
そう思い、ボクは剣を握った。
始まって直ぐに、相手は切りかかってきた。
剣と剣がぶつかる。
押し返そうして――でも、相手の剣を押し返せなかった。
そのまま強く押し倒され、ボクは倒れ込み、握っていたはずの木剣を落としてしまった。
頭上には剣が見えた。
当たる。
しかしその剣は振られることはなかった。
審判が止め、ボクは負けた。
ただの三回戦だ。
優勝する為に稽古を積んだはずなのに、全く結果は奮わなかった。
父様に優勝するって約束したのに。
何がダメだったのだろう?
稽古が足りなかったのだろうか?
でも、これ以上に剣の時間は取れない。
学校で、学問も学ばなくてはいけない。
騎士となるなら、文字を読んだり、書いたり、それくらいはできなくてはダメだと父様は言っていた。
宮廷作法も習っている。
貴族の方々にご挨拶をする際に必要らしい。
これも父様に必要だと言われている。
どうしたらいい?
剣の稽古をする時間は限られている。
呆然としていたボクの頭を、父様はポンポンと撫でた。
いつもみたいに、父様の手は優しかった。
「優勝するって約束したのに……ごめんなさい」
負けても泣かない。
そう決めていた。
でも、涙が溢れて止まらなくなっていた。
「エリー……もし辛かったら、剣はやめてもいいんだぞ?」
泣いているボクを見て、父様はそんなことを言った。
ボクは首を横に振った。
父様は、ボクが剣術がイヤになったと思ったのかな?
この時のボクは、父様の言葉をそんなふうに捉えていた。
でもそれが、直ぐに勘違いだと知ることになった。




