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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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エリシアの秘密⑤ 男でなくてはいけない理由

 セイルと別れ、俺とエリシアは部屋に戻ってきていた。

 床には俺に投げつけた魔石や魔術書、読書用の本が散らばっていた。

 入居二日目にして、惨状という言葉が相応しい部屋になっている。


「す、少し片付けるね」


 あまりにも酷いと思ったのか、部屋に戻ってきたエリシアの第一声はそれだった。

 それから無言で散らばった物を片付けて行った。


 俺も手伝った方がいいかと思ったが、散らばっていた物は全てエリシアの私物だったので、手を出さないでおいた。


 見てはいけないものを見てしまって、問題が発生すると面倒だからな。


 また悲鳴など上げられたら、今度こそ変質者という不名誉な二つ名を授かることになってしまう。


「とりあえず、これで平気かな」


 片付け終わったエリシアが一息吐く。

 そして俺に顔を向けた。


「……」

「……」


 目が合った。

 しかしお互い言葉はない。

 話したいこと、聞きたいことは色々あるはずなのに、言葉が出てこない。 


「と、取りあえず、座ろうか」


 お互い立ったままだった。

 これでは落ち着いて話などできない。


「そうだな」


 机から椅子を引き、俺達は腰をかけた。


 さて、何から話したものか?

 エリシアは俯いている。

 あの様子からして、何から話すべきか悩んでいるのだろう。


 やはり俺から話を振るべきだろうか?

 まず何から話す?

 性別を確認するか?

 エリシア、女だったのか?

 そう聞いてみるか?


 だが、あの様子だとエリシアにとってそれは隠したいことのはずだ。

 ならば、そこに触れない方がいいだろうか?

 それとも、何も見ていないと伝えるか?

 

 真面目にそう伝えようと考えてもみたが……。


(……無理だな)

 

 俺の目にはエリシアの裸が焼きついている。

 無駄の脂肪がない引き締まった身体。

 しかし、胸部の乳房だけは女らしくふっくらとしていた。

 そして、中心にある淡い桃色の突起。

 

 ……はっきり言って丸見えだった。


 そのことに気付いていたから、エリシアも悲鳴を上げたのだ。


「――ま、マルス!」


 不意に、強い語調で名前を呼ばれた。

 当然、名前を呼んだのはエリシアだ。


「あ、ああ」


 逡巡していたので、生返事になってしまった。


「あ、あのね」


 緊張しているのだろうか、続く言葉が中々出てこない。

 エリシアは唇を震わし、憂色を浮かべている。


「ああ」


 今度ははっきりと答えた。

 そして言葉を待つ。

 正直、俺からはなんて声を掛ければいいかわからなかったんだ。

 静謐せいひつな室内。

 どれくらい時間が経っただろう?

 逡巡を重ねたであろうエリシアの瞳が決意の色を灯し、


「――お願いします。ボクが女の子だってことは、誰にも言わないでください」


 頭を下げられた。

 やはり、知られてはいけないことだったようだ。

 エリシアはずっと頭を下げ続けて、顔を上げようとしない。

 俺の返事を聞くまで、そうしているつもりなのだろうか?

 それだけ必死ということか?

 友達に、こんな風に頼みごとをしなくてはならないくらい。


 まだ疑問は残っている。

 でも、エリシアが俺にどうしてほしいのかはわかった。


 だから、


「わかった。だから顔をあげてくれ」


 理由はまだ聞けていない。

 でも、そう答えた。


「……い、いいの?」


 顔を上げ俺を見るエリシア。

 その瞳は淡く潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだった。


「エリシアの頼みだしな」

「よ……良かったぁ。……知られたら、この学院を出て行かなくちゃいけなくなるかもしれないから」


 心底安心したみたいに、エリシアは顔を綻ばせた。

 本気で退学を心配していたのかもしれない。


 でも、


「女だったって理由くらいじゃ、流石に退学はないんじゃないか?」


 ここは実力主義の冒険者育成機関だ。

 実力さえあれば、性別なんて些細なことではないだろうか?

 もし何かあったとしても、ペナルティがあるくらいじゃないか?


「もしならなかったとしも、ボクは男として見られなくちゃダメなんだ。

 女としてじゃ、ここにいる意味がないんだ」


 何か信念があるのだろうか?


「女だからって、周りに手加減されたくないんだ!」


 エリシアは強くなることにこだわっている。

 それは、この学院にいる生徒ならそれは当然だ。

 だが、エリシアが強さを求める理由は、冒険者になる為とは違う。


『……ある人に、ボクが強くなったことを認めさせる必要がある』


 と、エリシアは言っていた。

 そのことが、エリシアが男であろうとしていることと関係しているのだろうか?


「ボクは強くなりたいんだよ」


 その言葉には、確かな決意を感じる。

 強くなりたいという思いは本気なのだろう。

 でもなエリシア、


「女だから強くなれないわけじゃないだろ?」

「……なれないんだよ」

「なれるさ」

「なれなかったんだ。女の子のままじゃダメだったんだよ」

「俺の師匠は女だったけど、誰よりも強かったぜ?」

「ボクはそんな特別じゃないんだ!

 ボクは……あの時のままじゃ、強くなんかなれなかった!」


 エリシアは感情をむき出しにしていた。

 その発露する感情の中には、様々な思いがない交ぜになっているように感じる。


「どうしてそう思った? 理由があるんだろ?」

「……話したってしょうがないことだよ」

「嫌なら無理には聞かない。でも、話してもいいと思えるなら、聞かせてくれ」

「……つまらない話だよ」

「それでもいい」

「マルスは物好きだよ。聞いてもしょうがないことなのに」


 しょうがなくなんてない。

 だって、


「俺は友達のことが、エリシアのことが知りたい」


 正直な気持ちを伝える。

 男であるという事が強さだと考えるその理由。

 彼女が今のエリシアに至った理由を、俺は知りたかった。


 真っ直ぐに俺はエリシアを見つめる。

 そんな俺を見て、エリシアは暫く逡巡し、


「……かっこ悪くて、情けなくて、悲しいくらい弱い女の子の話だよ」


 そう言って、一人の少女の話が始まった。

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