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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
34/201

エリシアの秘密④ 三人目の友達

 それから、


「この後、飯でもどうだ?」


 意外なことに、セイルが俺たちを夕食に誘った。

 俺とエリシアは思わず顔を見合わせる。


 一瞬――あのことが頭に浮かんだ。

 エリシアは、一刻も早く俺と話がしたいだろうか?


 だが……俺達は今直ぐ二人きりになって大丈夫か?


 俺が想定していたよりも早く、エリシアは部屋から出てきてくれた。

 機嫌も悪くなさそうだ。


 でも、このまま二人きりになってしまって、俺たちは冷静に話を進めることが出来るだろうか?

 俺にあれを見られた時のエリシアの反応を思い返す。


 顔面狙いで飛んでくる物、物、物。

 きっと、部屋は物が散らばって酷い状態だろうな。

 あの時は全く話ができる雰囲気じゃなかった。


 そして、あれからそれほど時間は経っていないのだ。


 うん。

 まだ、時間を置いた方がいいかもしれない。


 それに、正直なところ空腹を感じている。

 これから話し合うという時に、お互い腹が減っていてはイライラするのではないだろうか?


 いや、絶対そうなる。

 よし、先に飯にしよう。


「エリシア、先に飯でもいいか?」


 あの話をするのは、後でいいか?

 そういう意味も含めて確認を取ると、


「……うん。一緒に食事する約束だったもんね」


 どうやらエリシアは、約束を覚えていたらしい。

 ならば、何も憂うことはない。


 こうして俺達は、セイルの申し出を受け入れ食堂に向かった。


 少し時間も経った為か、食堂の中は随分と人がはけていた。

 厨房からは、料理をカウンターに運ぶネルファの姿が見えている。


 カウンターに近付くと、ネルファも俺達の姿に気付いた。


「みなさん、お疲れ様です! 今日はセイルさんもご一緒なのですね!」


 昨日と変わらず、俺達に笑顔を向けてくれた。

 元気溌剌げんきはつらつ

 この宿舎の管理という激務をこなしているにもかかわらず、疲れた様子など微塵も見せない。

 正に完璧家政婦パーフェクトメイドだ。


「マルスさん、セイルさんともお友達になったんですね」

「……まあ、そんな感じだ」


 とりあえずそう答えておいた。

 セイルからは特に文句は飛んでこなかった。


 これは友達になったってことでいいのか?

 セイルの表情からはなんとも判断しがたい。

 

 ……後で本人に聞いてみるかな。


「では、今日も特別サービスをお付け致します!

 まずはお食事をお選び下さい」


・本日のメニュー


 鴨肉のロースト赤ワイン仕立て

 塩漬け牛ステーキの野菜添え

 鮭のムニエル(ハーブソルト)


 以上の三つ。


 多分、どれを食べても美味いのだろう。


「じゃあ、牛ステーキにするかな」


 料理をトレイに載せる。

 いい匂いだ。

 肉の生臭さを消す為に、何か香辛料がふってあるのかもしれない。

 非常に食欲が刺激された。


 ネルファの料理は今後も楽しみだ。

 明日は何が出てくるのだろう。


「……」


 エリシアは鮭のムニエル。

 セイルは俺と同じステーキをトレイに載せていた。


「では皆様には、ネルファ特製――スペシャルドリンクをお付け致します」


 そしてトレイにポンとビンに入った飲み物が置かれた。

 無色透明で水のような飲み物だった。


「ありがとな」

「ありがとうございます」


 俺とエリシアはネルファに感謝した。

 これは一体、どんな味がするのだろうか?

 色は水と変わらないので、味の想像がつかない。


「……オレもいいのか?」


 セイルが聞くと、


「はい!友情の記念に!」


 満面の笑みのネルファに、セイルは頬をピクピクと歪ませた。


 空いている席に適当に座ろうとすると、側に座っていた生徒たちが食堂を去って行った。

 その中には、明らかに食べかけだった生徒もいる。


(……なんだ?)


 違和感はあったが、周囲の席はガラ空きなので俺達は適当な席に座った。


 俺とエリシアが隣同士。

 セイルは俺の向かいだ。


「……随分、噂が広まってるみたいだな」


 セイルがそんなことを言った。


「噂?」

「噂?」


 ほぼ同時に疑問を口走ったのは、俺とエリシア。


「マルスがラスティー先輩をぶっ倒したって噂だよ」


 そういえば、ちょっと前にも宿舎の一階で色々と噂されてたな。


「かなり脚色されて広まってるんだよな」 


 何度も否定するが、倒したのはエリシアだし。


「ついさっきのことだよね? もうそんな広まってるの?」

「みたいだぜ? オレの耳にもいつの間にか入ってきてよ」


 冒険者育成機関ここのような、娯楽の少ない閉鎖された空間では、ちょっとした噂が直ぐに広まってしまうかもしれない。


 そして面白半分に脚色され、事実とは全く異なった情報が伝わっていくのだろう。


 実際、今がその状況がまんまそれだ。


「食堂がこんなにガラガラなの、ボク初めて見たかも」

「昨日は結構並んだからな」


 昨日はガヤガヤと騒がしかった食堂が、今日はポツポツと話し声が聞こえてくるだけだった。


「あんたと入れば、毎日直ぐに飯が食えそうだ」


 ふと、セイルが言った。


「なんだ? 明日も俺たちと食いたいのか?」

「……べ、別にそういうわけじゃねえよ」


 セイルが顔を背けた。

 こいつ、照れてるのか?


「ふふっ」


 そんなセイルの反応をエリシアは笑った。


「わ、笑うんじゃねえ!」

「だって、セイルが照れてるところなんて初めてみたから」

「て、照れてなんかねえっての!」


 こいつら、いつの間にか仲良くなったんだな。

 昨日はかなり仲悪そうだったのに。


「実は仲が良かったのか?」

「違うッ!」


 ガタッと椅子を揺らしセイルが立ち上がった。

 今にも机から身を乗り出してきそうなほど激しく否定された。


「だったら、仲良くやろうぜ」

「なんであんたに、そんなことを言われなきゃならねえんだ」

「そりゃ、俺たちが友達だからだろ?」

「……は?」

「違うのか? てっきり飯に誘ってくれたから、そのつもりでいたんだけど?」


 俺が言うと、セイルは唖然とした面持ちに変わった。

 何かを言おうとしているのか、口をパクパクさせている。

 でも、言葉が出ないようだ。


 だから代わりに、俺がもう一度聞いた。


「友達だろ?」


 するとセイルは表情を引き締めた。


「……あんたは俺を、ダチだと思ってくれんのか?」

「おう」

「……そうかよ。だったら……なってやんよ」


 セイルの表情は硬い。

 だが、内心はそうでないようだ。

 なにせある一部分が、激しく動いている。


「ふふっ――」


 それに気付いて、再びエリシアは笑った。


「な、なんで笑ってんだよ!」

「さあ、なんでだろうね」

「な、なんだってんだっ!」


 声を荒げるセイル。

 でもそれは、セイルなりの照れ隠しなのかもしれない。

 その証拠に、尻尾はパタパタと何度も何度も振られていた。


 こうしてセイルは、二人目の男友達――……いや、違った。

 俺にとって、セイルは最初の男友達になったのだった。


 そして、騒がしくも楽しい夕食の時間が過ぎていった。

 

 ちなみに付け加えておくと、食後のデザート代わりに飲んだネルファ特製ドリンクは、甘く酸味が利いていて喉越しが良く、爽やかな味わいだった。

 濃い味の料理を食べた後の口直しには最適の飲み物だろう。

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