エリシアの秘密② 時間をあけてから
* マルス視点 *
部屋の前で呆けていてもしょうがない。
とりあえず今は、エリシアが冷静になるまで待とう。
そう思い俺は階段を下りていく。
(それにしても……)
さっき見たのは夢か幻だろうか?
あの胸部のあれは、どう考えても女にしかないものだ。
(……つまり、そういうことだよな?)
自問自答するが、何をどう考えても答えは一つだ。
エリシアの性別は……。
(女だったってことだよな……)
なんで男の振りなんてしているんだ?
何か理由があるんだろうか?
理由がなかったら、男の振りなんてしないよな?
じゃあ、その理由ってなんだ?
逡巡していると、
「おっと――」
「っ――テメー、どこ見て――」
一階まで下りてきたところで、誰かとぶつかりそうになった。
相手を確認すると、
「はっ――」
目を見開かれた。
どうしたのだろうか?
「おう、悪か――」
謝罪しておこうと口を開くと、
「余所見をしてしまい、す、すみませんでした」
物凄い勢いで頭を下げられた、
「以後気を付けますので許してください」
いや、そんなに何度も頭を下げる必要ないだろ。
「……いや、大丈夫だぞ。そんな気にすることじゃないだろ」
「許して頂けるのですか?」
「ああ……」
許しても何も、最初から罰するつもりもないし腹を立ててもいないんだが。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「……ああ」
「寛大なお心に感謝します。
本当に申し訳ありませんでした。失礼致します」
そうして何度か頭を下げて、その生徒は慌てて階段をかけ上がって行った。
「……?」
随分と変なヤツがいるんだな。
というか、物凄く気弱なのか?
この学院にいるからといって、全員が荒っぽいわけではないのだろう。
一階まで下りてきたのはいいが、これからどうするか?
特に予定はなかった。
風呂に入って、食事をして、寝る予定だった。
だが、あんなことがあって……。
時間をおいてからなら、エリシアと話ができると思うのだが……。
取りあえず、学食にでも行って時間を潰すか?
……だが、今日もエリシアと一緒に食べる約束をしていた。
もしかしたら、エリシアの機嫌も直って、一緒に食べようということになるかもしれない。
(……夕食が終わるギリギリまで待つか)
その頃にはエリシアも部屋から出てくるかもしれない。
とりあえず、どこかで時間を潰そ――……うん?
(なんだ……?)
視線に気付いた。
一人や二人じゃない。
一階にいる生徒たちの視線が、俺に向いているのだ。
「おい、あの人がマルスさんらしいぞ」
「ああ、昨日学食でセイル先輩をのしたっていう……」
コソコソとそんな話声が聞こえてきた。
「歓迎会と称したイベントでも、セイル先輩を一撃で倒したとか」
「一撃!? あのセイル先輩を?」
後輩だろうか?
今日の授業であったことを話しているみたいだ。
「ラスティー先輩に喧嘩を売ったらしいぜ?」
「ああ。狼人の生徒たちが犠牲になったとか」
「マジか? そういえば、まだ学食に先輩たちが来てないよな?」
おい、待て。
なんで俺が喧嘩を売ったことになってるんだ。
しかも、あの狼人を倒したのは俺じゃなくてエリシアだぞ。
「しかも、ラーニア教官のお気に入りなんだって」
「え……あの炎獄の紅の!?」
炎獄の紅?
ラーニアって、そんな風に呼ばれてるのか。
二つ名というヤツだろうか?
優れた冒険者は二つ名を有すると聞いたことがある。
誰が付けるという訳ではない。
ただ、噂が噂を呼び、名前が売れた冒険者はいつの間にか二つ名で呼ばれるようになるらしい。
そこまでいけば、一流の冒険者ということなのかもしれないが。
(炎獄の紅か……)
ラーニアの赤髪から付いた名前なんだろうなぁ。
それで火の魔術で魔物でも焼き殺したんだろう。
その姿が容易に想像できてしまう。
「あっ……」
そんな想像をしていると、話していた生徒達が俺が見ているのに気付いたようで、
「も、戻ろうぜ」
一人、また一人と俺に会釈し、階段を上がって行った。
「……」
もしかして俺、避けられてるのか?
なんだか脚色されて話が広まってるし。
「ま、いいか。とりあえず飯だな」
俺が食堂に向かおうとしたその時、
「なっ――」
食堂に向かうところなのか、狼人のセイルが階段を下りてきた。
「よう」
軽く挨拶し、そのまま通り過ぎようとすると、
「お、おい」
「?」
声を掛けられた。
何か話しでもあるのだろうか?
「……」
しかし何も言わない。
「用事がないなら、もう行くぞ?」
「ちっ――……は、話がある」
なんだ?
まさか決闘を挑まれたりするんじゃないだろうな?
「……ここじゃ話しにくい。オレの部屋に来てくれ」
「部屋に?」
「ああ。話は直ぐに終わる」
一体なんの用だろうか?
話しにくいこと?
まさか、こいつまで実は俺は女だ! とか言ってくるんじゃあるまいな?
……いや、流石にそれはないか。
どう見てもセイルは男だ。
エリシアはかなり中性的な顔立ちだったから、女だと言われても正直違和感はない。
というか、実際に女だったわけだしな。
はぁ……。
思い出して、気が重くなる。
どうしたらエリシアの機嫌を直してもらえるだろうか?
「ダメなら、ここでもいいが……?」
逡巡している俺に、セイルが言った。
どうやら行きたくないと思われたらしい。
(まあ、やることもないしな……)
悩んでいてもしょうがない。
今は時間をおこう。
多分、それが一番いい。
その後に部屋に戻ってみよう。
そう決めて、
「いいぜ」
こうして俺は、セイルの部屋に向かった。




