エリシアの秘密① 部屋に戻ったらそこには
* マルス視点 *
部屋に戻って直ぐ、夕食を知らせる鐘がなった。
「エリシア、先に食事にするか?」
「あぁ……ごめん。ボクはちょっと後にするよ」
「なら、俺は先に風呂に行くから、戻ってきたら一緒にどうだ?」
「わかった。じゃあ、それまでにボクも準備しておくから」
俺は部屋を出て風呂に向かった。
階段を下りて……
(あ、しまった……)
石鹸を持ってくるのを忘れていた。
既に浴場に着いていたら取りに戻るのも面倒だが、まだ階段も下りてない。
俺は踵を返した。
部屋前まで戻り扉を開く。
「――え?」
「は……?」
振り向いたエリシア。
上半身は裸だ。
いや、それはいい。
別に何の問題もない。
自分の部屋で服を脱いで何が問題ある。
何もない。
本来は何もないんだ。
何もないはずなのだが――
「……ぁ……ぁ……」
胸があった。
男なら平たく何も付いてないはずの胸部。
そこに、ふっくらとして柔らかそうな双丘があったのだ。
これは明らかにあれだ。
母性の象徴的なものだ。
これは、つまり、エリシアは……。
「エリシア、おまえ――」
「いっ――いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
悲鳴。
甲高い女性の悲鳴だ。
エリシアの悲鳴。
待て待て、これじゃ俺が何かよからぬことをしたみたいじゃないか。
……いや、してるのか?
俺は今、女性の裸を覗いた変態になるのか?
『やはり、変質者!?』
昨日アリシアに言われた言葉が頭の中で反芻された。
これじゃ、本当に変態の汚名を着せられてしまう。
まず冷静に状況を確認して、エリシアに話を聞こう。
「え、エリシ――」
「で、出ていってっ!!!!!!」
――おわっ。
魔石を投げつけられた。
反射的によけてしまった。
すると、次々と何かが飛んできた。
その辺にあるものをなんでもかんでも投げつけてくる。
今は話をしている余裕はなさそうだ。
そう判断して部屋を飛び出した。
直ぐに扉を閉め、周囲を確認する。
誰もいない。
どうやら騒ぎを聞きつけてやってきた者はいないようだ。
(助かった……)
九死に一生を得た気分だ。
おそらく皆、食堂に行っているのだろう。
もしエリシアの悲鳴を聞かれていたら、今頃どうなっていたことか。
「はぁ……」
しかし、まだ安心はできない。
なにせ、今の俺は行き場を失った。
(これから、どうしたらいいんだ……)
宿舎入居二日目にして、住む場所を失った。
* エリシア視点 *
(み、見られちゃった……)
裸を見られた。
マルスの目は、ぼ、ボクの胸を凝視してた。
どうしよう。
迂闊だった。
狼人たちにやられた傷を確認しようと、服を脱いだのが失敗だった。 腹部に痣ができていて、そのまま治癒魔術をかけようとした。
その時――扉が開いた。
振り返ったら、そこにマルスがいた。
まさかマルスが戻ってくるなんて思ってなかった。
時間は止まったみたいに感じた。
マルスは目を丸くしていた。
その視線の先は明らかに、ボクの、ボクの胸を見てた。
凝視してた。
マジマジと見てた。
バレた。
マルスにバレた。
絶対、確実にバレた。
ボクの秘密――ボクが女の子だってことがバレた。
どうしよう。
どうしよう。
これから、どうしたいいの?
誤魔化せる?
だとしてもどうすれば?
あれはマルスの見た幻覚だよ!
そう言えば信じてくれ――そんなの絶対通じるわけない!
何を考えてるんだボクは!
幻覚の魔術でも使えるならともかく、ボクはそんなものは使えない。
そもそも昨日まで、ボクは魔術が全く使えなくなってたじゃないか。
じゃあどうすればいい?
マルスはこのことを誰かに話す?
だとしたら、ボクはこの学院を出て行かなくちゃいけなくなる?
(ダメ……!)
それだけは絶対にダメ。
ボクはまだ強くなってない。
もっと強くならなくちゃいけない。
その為に冒険者育成機関に入った。
強くなって、誰にもバカにされないくらい強くなって、認めさせなくちゃいけない。
だから、ここを出て行くわけにはいかない。
ここを出て行く。
その選択だけは絶対にダメだ。
じゃあどうしたら?
落ち着け。
冷静に考えるんだ。
まだマルスに知られただけ。
マルスなら、みんなに黙っていてくれるんじゃないか?
事情を説明すれば、納得してくれるんじゃないか?
さっきは無理に追い出しちゃったけど、あれはボクも気が動転していたからで。
マルスに色々と投げつけてしまった。
もしかしたら、マルスは怒ってるかもしれない。
謝らなくちゃ。
まず会って。
謝って。
事情を説明して。
ボクのことは秘密にしてってお願いしよう。
そうと決めたら、まずはマルスに会わなくちゃ。
今、マルスはどこにいるんだろう?
まだ宿舎の中にいるだろうか?
いや、もしかしたら――
(もう、学院に報告に行っちゃったかも……!?)
考えが悪い方悪い方へと向いてしまって。
ボクは慌てて部屋を飛び出した。




