放課後⑥ 噂
生徒会。
トップクラスの生徒で構成された委員会であるというのは、さっきラフィから聞いていたけど。
「へぇ、アリシアが生徒会のトップだったのか」
なるほど。
だから俺が学院にきた時に声を掛けてきたのか。
生徒会は学院内の治安維持も活動の一つと聞いた。
だとしたら、不審な生徒がいたら警戒するのは当然だな。
「……マルス君、あなたは敬語も使えないの?」
学院長と話していた時、ラーニアにも似たようなことを言われたっけ。
アリシア先輩、規律とか上下関係にうるさそうだもんなあ。
直さないとその度に注意されそうだ。
「すいません。アリシア先輩」
ここは素直に謝罪しておくことにした。
「……宜しい。それにしてもあなた、大したものですね。
あれだけの相手と戦って、汗一つかいてないなんて」
戦ったのはエリシアだけどな。
俺は攻撃を避けていただけだ。
一人も倒してない。
「……流石はラーニア教官のお気に入り、ということかしら」
お気に入り?
なんだか違和感のある表現だ。
まあ、ここに俺を呼んでくれたのはラーニアだし、そう思われるのは仕方ないかもしれないけど。
「見た目は不真面目そうだけど、相当な実力者みたいね」
(いやいや、あんたからしたらほとんどの生徒がそう見えるだろうよ……)
勿論声には出さない。
言ったらまた指導が入るだろうから。
「先輩は生徒会の会長なんだよな?、
なら、この学院で一番強い生徒は先輩なのか――なんですか?」
注意される前に敬語で話した。
今後の為に、少し敬語で話す練習をしておいた方がいいかもしれないな。
真面目にそんなことを考えてしまうくらい、アリシアの眼力は鋭い。
「あなたの質問が戦闘力でという意味なら、私は一番ではありませんね」
アリシアの回答は意外だった。
トップクラスの生徒を集めた、生徒会の会長。
では当然、その戦闘力もかなりのものに違いない。
俺はそう考えていたのだが。
「私は最優なだけで最強ではありません」
それがアリシアの自分の評価らしい。
そこまではっきりと言うってことは、
「先輩よりも強い生徒がいるってことだよな?」
「冒険者育成機関の定義する優秀な成績の生徒という意味では私が一番ですね」
ああ、なるほど。
だからこそ、自分を最優と評価したのか。
成績は自分より下でも強さだけなら自分より強い者がいる。
会長はそう考えているのだろう。
「ですが、戦闘力だけであれば、間違いなく一人は私より上です」
最優が認める最強。
生徒会の会長が迷わず自分よりも強いという生徒。
どんな生徒なのだろうか。
もし会った時には、是非手合わせしてみたいものだ。
「その生徒は――」
生徒会にいるのか? と聞こうとして、
「マルス君、今度暇な時に委員会部屋にきなさい」
アリシアの言葉に遮られた。
「へ……?」
「生徒会に興味があるのでしょ? もっと詳しく話を聞かせてあげる」
いや、別に生徒会に興味があるわけじゃないんだが……。
色々聞いていたら勘違いされてしまったようだ。
「とりあえず、私はこの愚かな狼共の片付けを済ませます。
エリシアさんも、それで宜しいですか?
それとも、あなた自身が何か制裁を与えますか?」
制裁。
具体的には何をするだろうか?
俺はエリシアの方を見た。
問われたエリシア自身はそれほど考えた様子もなく、
「いえ、そんな……。ボクは、大丈夫ですから」
苦笑してそう言ったのだった。
「そうですか。
一応、私が厳重注意はしておきます。
ただ、我々にある権限は最低限の治安維持の為の行動なので、
些細なトラブルであれば、またご自身の力で解決して頂くことになるかもしれません」
また襲われた時は自分でなんとかしろ。
アリシアはそう言っているのだろう。
実力主義の学院。
問題は自分の力で解決するもの。
気に入らなければ、実力行使で黙らせるしない。
昨日、ラーニアがそんなこと言ってたな。
俺は再びエリシアを見た。
エリシアも俺の方を見て、
「その時は、返り討ちにしてやります!」
エリシアの返事に、先輩は満足そうに微笑んだ。
「エリシアさんも、自信を取り戻したなら是非生徒会に戻ってきて下さい。
私は待ってますよ」
去り際、そんなことをエリシアが言われていた。
そういえば、エリシアは元生徒会メンバーって言ってたっけ。
先輩と、結構仲が良かったのかもしれない。
そして俺達は帰路に着いた。
ラフィは女子用の宿舎の為、途中で別れた。
「夜這いに行っていいですか?」
別れ際にこんなことを聞いてきた。
「エリシアもいるんだぞ?」
「ご安心ください!」
「いや、安心って――」
そのまま何も言わず、ラフィは宿舎に帰って行った。
多分、冗談だろう。
……冗談だよな?
冗談だと思っておこう。
* アリシア視点 *
陽が落ちて、夜の帳が下りてきた。
すでに鐘は鳴ったので、今頃宿舎で夕食が始まっている。
マルス君たちは、もう宿舎に着いている頃だろうか?
そんなことを考えながら、私は嘆息した。
「全く、面倒ばかりかけて」
今、医務室は狼人で埋まっていた。
アリシアが魔術で全員運んだのだ。
本当に無駄な時間を過ごした。
シスターが治癒魔術をかけようとしたが、私はそれを許さなかった。
自業自得で負った怪我だ。
治癒してやる必要はないだろう。
ここは冒険者育成機関なのだ。
本気で冒険者を目指しているのなら、他人に期待などしてはいけない。
どんな状況でも一人で生き抜く力を身につけてこそ、一人前の冒険者だ。
それに、この程度の怪我なら死ぬこともないですしね。
……それにしても。
流石にラスティーは問題行動が多すぎる。
一年の頃から同じAクラス。
三年まで生き残り、今日までこの学院で過ごしてきたが、この生徒の問題行動は一年の頃からだった。
自分よりも弱い生徒を従え気に入らない生徒がいれば暴力を加える。
そんなくだらないことばかりしてきたから、この狼人は三年の底辺なのだ。
戦いの才能はあるのだ。
それは私も認めている。
しかし、本人がやる気がなくてはどうしようもない。
どうにかして奮起すれば、今よりは多少マシになるはずなのだが……。
……今回、二年生に負けたことで彼がさらに腐るか。
それとも奮起するか。
見物だ。
でも、二年に負けるような三年には、少し気合を入れてもらう必要がある。
ラーニア教官が推薦したほどの生徒であるマルス君ならともかく、リハビリ中のエリシアさんにやられてしまったのだから。
しかも、三年が二年にやられては示しがつかない。
もしかしたら、あの二人にちょっかいを出す三年が出てくる可能性も……。
いや……。
(それはないわね……)
冷静に考えると、嫌われ者の一匹狼であるラスティーの仇を討とうなどと考える生徒はいない。
それよりも問題なのは、三年は大したことない。
そんな勘違いをする生徒が現れるかもしれないことか。
今回、エリシアは勝ったが、それはマルスがいたからだ。
あのままエリシアが一人で戦い続けていたら、高い確率でラスティーたちは勝っていた。
本来であれば、エリシアが勝てるはずのない戦いだったのだ。
よほどの天才でない限りは一年の差は大きい。
二年が三年に勝つのは難しい。
だから歯向かってはいけない。
そんな当たり前の判断ができない者はいないと思うが、何事にも例外はある。
社会とは優秀な者だけで構成されているわけではないのだ。
後顧の憂いを断ち、万全を期す。
その為に、
(……何かいい方法はないかしら?)
と、少し考えて、私は妙案が浮かんだ。
三年全体の不名誉を簡単に取り除く方法があった。
ラスティーはマルス君に負けた。
そうすればいい。
突然やってきた鳴り物入りの編入生。
しかもラーニア教官のお気に入りだ。
そんなマルス君に負けたのなら、いくら三年といえど仕方ない。
きっとこう考える生徒が増えるだろう。
今、二年で落ちこぼれとまで揶揄されていたエリシアさんに負けるよりも、遥かに傷は少ない。
そして三年も、教官のお気に入りであるマルス君に、余計な手出しはしないはずだ。
もし何かすれば、教官に報復を受けるかもしれない。
そう考えるはずだ。
うん。これは我ながらいい案だ。
嘘を吐くことになってしまうが、これは三年の名誉と学院の治安の為だ。
(ごめんなさい、二人とも……)
私は心の中で謝罪しながら、その噂を広めることを決めた。
(情報の委員会を使おうかしら……)
情報というのは、こういう時に役立つ特殊な委員会だ。
・情報
情報の発信、収集を目的とした委員会。
メンバーは少なく正式に認可されていない。
歴代の生徒会会長の直下で活動する。
つまり、生徒会会長の為の委員会だ。
歴代の会長以外、この委員会の存在を知るものはいない。
しかしその実力は確か。
前生徒会長に聞いた話だと、情報の委員会のメンバーはこことは違う別の大陸から海を渡ってきた一族らしい。
なんでも、その大陸では忍者と呼ばれる一族の家系だとか。
私は医務室を出ると、情報の委員長を呼び出した。
すると、影からどこからともなく姿を現した。
この委員会のメンバーは、闇に潜むという表現がぴったりの現れ方をするのだ。
「……相変わらず奇妙な魔術ね」
「……用件は?」
黒の布で顔を覆い隠しているので表情は見えない。
顔だけではなく、全体が黒い。
なぜそんな格好をしているのか一度聞いたことがあるのだが、それが忍者の正装らしい。
「噂を広めてほしいの」
「噂?」
「三年のラスティーが二年の編入生のマルスにそれはもう酷いやられ方をしたと。
マルスはラーニア教官のお気に入りだとも広めてもらえるかしら?」
「――御意」
それだけ言って忍者は再び闇の中に消えていった。
「さて、後はラスティーへの制裁だけど……」
今回は随分と手を焼かされたので、丸坊主にしてやろう。
耳の毛も剃ってやろうか?
いや、流石に可哀想だから、耳の毛だけは許してあげましょう。
頭はツルツル、耳モフモフだ。
目を覚ました時のラスティーの反応が楽しみですね。
そして私は医務室の中に引き返した。
ラスティーを、耳だけモフモフの丸坊主にする為に。




