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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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冒険者育成機関――王立ユーピテル学院への入学②

 そして、丁度十階に到達した時、


「ここが学院長室」


 ラーニアが告げた。階段はこの階で途切れていた。

 他の階ではいくつもの扉や部屋があったが、ここには目の前に扉が一つあるだけだった。

 ここまで来るのにどれくらい経っただろうか?


「田舎暮らしのあんたもわかってると思うけど、

 学院長っていうのはこの学院で一番偉い人なの。

 元冒険者で、魔王を倒した偉大なギルドの魔法使いだった人。

 そのギルドは魔王討伐と共に解散しちゃったんだけどね」

「へぇ……魔王、ね……」


 話には聞いたことがある。

 偉大なる冒険者――英雄と言われる者たちに、魔王は倒された。

 魔王を倒したことで魔物モンスターの活動も鳴りを潜め、以前に比べれば随分と平和な生活が送れるようになったなんて話を聞いたことがある。

 といっても、まだ魔物モンスターが全て消え去ったわけではなく、未開の地や未踏破のダンジョンも多く存在している為、未だ優秀な冒険者が必要になっているというわけだ。


 そして、ギルドというのは冒険者の集まる組織のようなものだ。

 冒険者育成機関を卒業したものは、そのギルドに入り、様々な依頼クエストをこなしていく。

 魔物の討伐であったり、未開地域の開拓であったり、素材集めだったり。

 ギルドがこなす数々のクエストは、世界の発展を担っていると言ってもいい。

 これは俺の育ての親で師匠でもあるアイネからの受け売りだ。


「だから、無礼のないように頼むわよ。

 あんたが少し生意気言ったくらいで、怒るような人ではないけどね」


 言って、ラーニアが扉をノックし、


「失礼致します。私が推薦させて頂きました、冒険者候補生をお連れしました」


 ラーニアが伝え終えると……ゆっくりと扉が開き始めた。

 それは、誰かが扉に手を掛けたわけではなく勝手に開いたのだ。


(へぇ……わざわざ扉を開く為に魔術を使うなんてな……)


 どうやらここの学院長ってのは、趣向を凝らすのが好きらしい。

 そんな遊び心のある演出を俺は気に入った。


「失礼致します」


 そしてラーニアが学院長室に入ると、俺もそれに続いた。

 目の前には机に肘を付き手を組んでいる、見るからに偉そうな老人の姿があった。


(へぇ……この爺さんが学院長か……)


 魔法使いなんて聞いていたから、長い髭を生やしてローブを着ている姿を想像していたけど、老人というにはあまりにも壮健過ぎる爺さんだった。


 黒い礼服のようなもので身を包み、背筋は曲がることなくピンと伸びている。不敵に微笑み、自信に溢れた表情からは一切衰えなど感じさせない。

 歳を窺わせるのは白い髪と髭くらいだろうか?

 しかし髪はふさふさだし、髭は綺麗に切り揃えてあるので、所謂魔法使いのイメージとはほど遠いくらい清潔だった。

 実年齢が一体何歳くらいなのか、全くわからない。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません。この者が――」

「うむ、君がマルス君か。わしがこの学院の長、カドゥス・ライナーだ」

「マルス・ルイーナだ」

「マルス、あんた学院長に対してなんて言葉遣いを……!」


 ラーニアは頭を抱えていた。しかし、生まれてからこのかた、そんな教育を受けたことがないので敬語の話し方がわからなかった。


「構わん。マルス君は、この学院の話は聞いているかね?」

「冒険者を育成する機関なんだろ?」

「そう、我が王立ユーピテル学院はこの大陸に十校しかない冒険者を育成する為の機関となっている。

 つまり、ここに入学する者の多くは冒険者を目指しているというわけだ」


 出会った時に、そんな話をラーニアに聞かされた。

 でも、


「俺は、本気で冒険者になりたいわけじゃないんだよな。

 ラーニアに誘われたから、ここに来ることを了承しただけで」


 実際、毎日を無駄に過ごし、金がなくなればモンスターを狩り日銭を稼ぐ。

 そんな生活を繰り返すだけのくだらない日々を過ごしていた。

 それに不満があったわけじゃない。

 ただ、生きることに飽きている自分がいて、そんな時にたまたま冒険者にならないかと誘ってくれたのがラーニアだった。


 本当に、それだけの話で――。


「経緯はラーニア教官から聞いている。

 君の場合は、こちらが頼んで入学してもらった特別枠だ。

 当然、我々が君に、冒険者になることを強制することはない。

 だが、君がこの学院に入ろうと決断した理由はないのかね?」

「理由か……」


 怠惰に毎日を生きてきた俺だけど、そんな俺にも一つだけ欲しいものがあった。

 それは、あのまま山奥で一人ぼっちで暮らしていたら手に入らないものだ。

 だから、ラーニアに冒険者を目指さないかと言われた時、俺の願いが叶えられるんじゃないかという期待もあって、


「一つだけ、目標がある」

「ほう……それは何かね?」


 興味深そうな物言いで尋ねる学院長に、


「……友達を、作りたいと思ってる」


 俺は答えた。

 これが俺がこの学院に入って叶えたい唯一の願いであり目標だ。

 情けない話だが、俺はこれまでの人生で一度も友人がいたことがなかった。

 それは俺が育った環境のせいもあると思う。

 だから、多くの人が集まるこの場所で、俺は本気で友達を作りたいのだ。


「友達……? うむ、そうか。少し意外ではあるが、面白い」


 厳格な表情を微かに緩んだ。


「この学院には多く生徒がいるんだろ?

 俺は今まで、同じ年頃のヤツらと一緒に過ごすこともなかったし、

 友達って呼べる存在もいたことがない。

 だから、ここで一生涯の友達を作りたいと思ってる」

「なるほど。

 ここは冒険者を育成する為の機関とはいえ、学院であることは変わらない。

 ならば、友を作るということも、学生のうちにしておくべきことの一つだろう」


 学院長は満足するように微笑み、大きく頷いた。


「君がここに来た動機はわかった。が、もう一つ確認させてほしい」


 緩んでいた頬を引き締め、先ほどまでとは打って変わった真剣な表情で、学院長が俺を見据え、


「君の実力については、ラーニア教官から聞いている。

 その力をわしにも見せてはくれまいか?」

「力? どうしたらいいんだ?

 ここは学院の中で、モンスターがいるわけでもないだろ?

 それとも、あんたが俺と戦ってみるかい?」


 俺の言葉に、ラーニアはなぜか頭を抱えていた。

 そして学院長は、


「ふ、ふははははははははははっ! このわしに戦ってみるかとはな!

 そんなことを言われたのは数十年振りだぞ!」


 ただただ愉快そうに笑っていた。

 そんな学院長の様子を見て、ラーニアは呆気に取られ、口をぽかーんと開けている。

 正直なところ、本人に見せてやりたいくらいの間抜け顔だった。

 それに気付いたのか、ラーニアも慌てて口を閉じ、俺を睨んできた。


(な……なんで睨まれてるんだ……?)


 ただ見ていただけなのに理不尽だ。

 そんなことを思っていると、


「大笑いしてすまない。久しぶりに愉快だったものでな。

 本来であれば、実際に戦って君の力を見てみたいが、わしはここの責任者だ。

 生徒相手に戦うわけにはいかん。いや……だが……うむ……」


 学園長は顎の髭を撫でながら少し逡巡すると、


「わしが直接相手をするわけにはいかないが、

 わしが召喚した召喚獣と戦ってみるというのはどうかね?」

「なっ――が、学院長、それは、いくらなんでも……」


 驚愕――に近いだろうか? ラーニアは学院長の言葉に戸惑いを見せていた。


(何か問題でもあるのか……?)


 何を言われるのかと期待していたのだが、俺としては正直拍子抜けだ。


「そんなことでいいなら、今すぐにでもいいぜ」

「ちょ――あんた、わかってるの? あたしの話聞いてた?

 学院長はこの世界を救った英雄の一人なのよ?」


「だから?」

「だから? って――……あんたが強いのは知ってるけど、

 いくら強くたって英雄を相手に……」


「あんたこそ、話を聞いてたのか?

 学院長自身と戦うわけじゃない。そうだろ?」

「ああ、あくまで、わしの召喚獣と戦うだけだ。

 わし自身は手は出さんし、万一危なければ直ぐに戦いを止める」

「って、ことらしいぜ」

「……」


 そしてまた、頭を抱えてしまうラーニア。


(もしかしてラーニアって、頭痛持ちなのか? 苦労してそうだもんな。ラーニアって)


 だったら入学試験なんて面倒なものは、さっさと終わらせてしまった方がラーニアの為だろう。


「じゃあ、さっさとやろうか」


 こうして俺の入学試験が始まるのだった。

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