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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
27/201

放課後③ 守る為の戦い

2015/0818 改変

 * エリシア視点 *




 一斉に襲い掛かってくる狼人ウェアウルフたち。

 全員武器は持っていない。


 しかし、身体能力の高い狼人の猛攻は、たとえ素手だとしても脅威だ。

 そもそも狼人の鋭利な刃物のような爪で攻撃されれば、急所に当たれば間違いなく致命傷だ。


 かわしきれなかったら、最悪急所だけでも防がないと。

 避けきれない攻撃は急所を狙われたもの以外は受ける。


 そう決めた。


 が、狼人たちは急所を狙おうとはしない。


 相手は本気でない。

 なら、そこから勝機を見出せそうだ。


 全員の攻撃を観察していく。

 チームワークなど全くない。

 一人一人の動きにも隙がある。


 ボクがこれだけの人数を相手になんとか立ち回れているのは、そういう理由があるからだ。

 でも、今のところ反撃している余裕がない。


 体力スタミナも徐々に落ちている。

 鼓動が激しくなっているのがわかる。

 呼吸が乱れている。


 長期戦になれば不利だ――。


 ボクがこれだけの人数をまとめて相手にするには、魔術を使うしかない。

 でも――できるのか?


 大きな怪我をさせない程度の威力で魔術を行使しなければならない。

 確実な魔術制御が必要だ。

 久しぶりの実戦で、いきなりそんなことが?


 頭の中に事故の記憶が蘇る。

 焼き爛れ、倒れ伏した生徒の姿。

 思い出すだけで戦慄する。

 自分のやってしまったことに絶望する。


 思考が停止したみたいに、何も考えられなくなって――


「ぼっ~としてんじゃねえよ!」


 そんな一瞬の油断。


「ぐっ――」


 狼人の拳が、ボクの腹部に突き刺さった。

 呼吸が止まる。

 身体を支えられず崩れそうになる膝。


「足が止まってるぞ?」


 必死で耐えて、なんとか攻撃をかわした。


(余計なことを考えるな……)


 自分に言い聞かせた。

 今は、マルスを守る為だけに戦うんだ。


 エリシアは襲い掛かってくる相手をしっかりと見据えた。




 * マルス視点 *




 正面玄関を出ると、既に人だかりができていた。


「聞いたか? あの落ちこぼれが三年連中に喧嘩を売ったらしいぜ」

「落ちこぼれって、二年のエリシアだろ? なんであいつが……?」


 喧噪の中で、そんな会話が耳に入った。


(エリシアが……?)


 何かの間違いじゃないか?

 俺の知るエリシアは、他人に喧嘩を売るようなヤツじゃない。

 噂が一人歩きして間違って広がったのだろうか?


 真相を確かめる為に、人混みに割って入ると、


「おら! どうしたよ!」


 目に入ったのは乱闘ではなかった。


 多勢に無勢。

 そんな言葉が思い浮かぶような光景の中心にいるのは、間違いなくエリシアだった。


「威勢が良かったのは最初だけか?」


 どうやらエリシアを襲っている相手は、大半が狼人のようだった。


 何人者の狼人を相手に、エリシアは苦戦していた。


「逃げてるだけじゃ意味ないぜっ!」


 四方八方からくる攻撃を上手くさばいている。

 が、攻撃する余裕がなく防戦一方。


 相手は数の優位も有り余裕があるのか、本気でエリシアに攻撃しているわけではないようだ。

 その証拠に、急所は一切攻撃しない。

 狼人達がやっているのは、痛めつけることを目的としたようなただの暴力だ。


 しかし、エリシアの瞳はその暴力に屈していない。

 輝きは失わず、勝つことを諦めていない。

 冷静に相手の行動を見ている。

 この状況を打破する術を探すように。


(手を貸そうと思ったんだが……)


 今はまだ、やめておいた方がよさそうだ。

 一人で戦い抜く決意をしているのなら、手を出すのは無粋だろう。


 俺はそう判断したのだが、


「あなた達、何をやっているの!」


 俺の傍――黒髪の眼鏡を掛けたエルフはそうは思わなかったようだ。


「あ、アリシア……会長」


 狼人達の動きが一斉に止まった。

 そういえば、さっきもアリシアは会長って呼ばれてたっけ?

 一体なんなんだ?


「……これは訓練ではありませんね?

 これ以上続けるのであれば、それなりの制裁をさせてもらいます」


 狼人達の顔に焦りが見えた。

 その表情からは、恐れのようなものを感じる。


 こいつらは、アリシアを恐れているのか?

 アリシアは制裁と言ったが、具体的には何をするのだろうか?


「戦闘の意思はなくなった。そう判断しても宜しいのですね?」


 再びの発言。

 静寂。

 異論を唱えるものはいなか――


「待てよアリシア。これは実戦訓練だ」


 一人の狼人が集団の中から前に出た。

 この狼人だけ、エリシアに手を加えていなかったのが気になっていたのだが。


「ラスティー……これを手引きしたのはあなたでしたか」


 面倒臭そうに、アリシアは溜息を吐いた。


「手引き? なんのことだ?

 今言っただろ? これは実戦を想定した訓練をしてただけだが?」


 頬に刃で切られたような跡が残る狼人は、悪びれる様子もなく二ヤッと微笑む。


「実戦であれば複数の敵を相手にするなんてよくあることだろ?

 何か問題があるのか?」

「私には一方的に暴力を加えているようにしか見えませんでしたが?」

「そりゃお前の気のせいだ」


 どうやらラスティーと呼ばれた男は言い逃れをするつもりのようだ。


「では聞き直しますが、あなたはまだ訓練を続けるつもりですか?」

「ああそうだ。こいつには、教えてもらいたいこともあるしな」


 ラスティーはエリシアを見た。

 こいつ、三年生か。

 一体何を聞き出そうとしているのだろうか?

 それがこの争いの原因なのか?


「教えてもらいたいこと?」

「ああ。マルス・ルイーナって編入生がいるんだろ?

 そいつに用事があったんだが……。

 こいつに聞いたら居場所を教えてくれなくてな」

「……」


 アリシアは口を閉じた。

 何も言わない。


 どう答えたものか悩んでいるのだろうか?

 なにせ俺はここにいるのだから。


 エリシアもまだ俺の存在に気付いていない。

 厳しい目でラスティを見ている。


 しかし、どうやらこの戦いの原因は俺のようだ。

 ならば、


「よう先輩、俺がマルスだ」

「……は?」


 名乗り出る。

 俺を見るラスティーはマヌケ顔だった。


「……お前が……マルス?」

「ああ」

「まさか、ずっと見てたのか?」

「ああ、少し前からな」

「ははっ、おいおい、ダチが攻撃されてるのを黙って見てたのか?」

「ああ。そうだな」

「ははははははっ、おいおい、落ちこぼれ、お前聞いたか?」


 何を笑ってるんだ?


「こいつは、お前がどうなってもいいみたいだぜ?」

「……」


 エリシアは何も答えない。

 ただ、真っ直ぐな目で俺を見ている。


「お前もとんだダチをもったな」


 狼人の取り巻き達も、可笑しそうに頬を歪ませていた。


「なあ、何か勘違いしてないか?」

「あん? 何が勘違いなんだ?」


 やはりわかっていなかったようだ。

 勘違いもいいところだ。


「エリシアはお前らを一人でぶっ倒そうとしてたんだぜ?

 だったら、俺が手を出す必要はないだろ?」

「あぁ? 何言ってんのお前? この状況を見てよくそんなこと言えるな」

「……この状況って、まだ勝負はついてないだろ? なあ、エリシア?」


 俺が呼びかけると、周囲の視線もエリシアに向く。

 そしてエリシアは、

「……うん。勿論だよ」


 その場にいる全員に聞こえるように、


「ボクは勝つつもりだ」


 エリシアははっきりと宣言した。


「エリシアもこう言ってるぜ?」

「……ははっ――おいおい、本気で言ってるのかよ?」


 ラスティは呆れたような苦笑を浮かべた。


「なぜ冗談だと思うんだ?」


 質問に質問を返した。

 そもそも、なんで俺の言うことをいちいち疑ってくるんだ。

 さっきから冗談なんて一切言ってないぞ俺は。


「……おいおい、随分と舐められたもんだな」

「はぁ? あんたさっきから何を言ってんだ?」

「もういい――」


 ラスティーの雰囲気が変わった。

 殺気を隠そうともしない。

 どうやら戦う気のようだが、殺気を向ける相手は俺じゃないだろ?


「アリシア、これは訓練だ。二年に戦いを教えてやるだけだ」


 狼人は邪悪に微笑み、


「だから――手を出すなよっ!」


 両足で地を蹴った。

 それなりに速い。

 セイルより少し速い程度だろうか?


 ラスティーの指先は俺の首を狙っていた。

 素手のはずが、爪は刃物のように鋭い。

 

 当たれば喉が潰れるだろうな。

 だが、


「? ……? あいつは……?」


 俺がどこに行ったのかわからないようだ。

 狼人はキョロキョロと周囲を見回している。


「あのさ先輩」

「――っ!?」


 背後から声をかけた。

 攻撃をかわされたことに驚いているのか。

 それとも俺に後ろを取られたのに驚いたのか。

 その表情には動揺が見えた。


「俺と戦ってどうすんだよ? あんたの相手はエリシアだろ?」


 こんな攻撃が当たるわけがない。

 直線的な動き。

 セイルと同じだ。

 狼人は全員、直線的な動きしかできないのだろうか?


「……何をした?」

「は?」

「何をしたんだ!」


 いや、ただ攻撃をかわしただけなんだが……。


「魔術? だが、あの一瞬で?」

「は? あんた何言ってんだ? あの程度の攻撃をかわすのに、魔術なんて必要ないだろ?」

「ちっ……どうやら手品の種を教えるつもりはないらしいな」


 こいつ、さっきから全く俺の話を聞いてねえな。


「だったらぶっ倒して、無理矢理聞き出してやる」


 再び攻撃が再開された。


「大振りだな」


 顔面への一撃は首をそらすだけでかわした。

 二撃目も顔だが、反対に首をそらす。


「ちょこまかとっ!」

「だからさ、あんたが戦うのは俺じゃないだろ?」

「黙れっ! 落ちこぼれの相手は後だっ!」


 見舞われた蹴りをバックステップでかわした。


「……だったら、――風よ!」


 ラスティーを中心として強烈な風圧が生じた。

 

「……さあ、今度はかわせるかっ!」


 風を利用した速度上昇だろう。

 先程よりも遥かに攻撃速度が上昇している。


 かわすのが面倒だと思えるくらいには。


「……なんでだ!? なんで当たらない!」

「あのさ、俺の話を聞いてるか?」


 もう相手したくないんだが……?

 倒してしまおうか?

 だが、エリシアが倒すと宣言している手前、俺が倒してしまっていいのか悩む。


(どうしたものか……)


 攻撃をよけながら逡巡していると、エリシアの顔が目に入り――


(そうだ……!)

 

 思いついた。

 どうせなら、こいつらを利用してやればいい。


「エリシア、俺はこいつらには一切攻撃をしない」

「……は?」

「お前が魔術を使ってこいつらを倒してみせてくれ」

「え――えええええええええええっ!?」


 俺のアイディアは、エリシアを絶叫させるようなものだったらしい。


「って、テメェなめてんのかっ! 攻撃しない? ふざけるんじゃねえ!」

「攻撃はするよ。エリシアが」

「っち――テメー、マジで後悔させてやるっ! おい、お前らも見てないで手伝え!

 全員でこいつの動きを止めろっ!」


 ボス犬の命令に、狼たちは俺を捕らえようと動き出す。


「さてエリシア、俺に当てないようにしてくれよ。的は狼だけだ」

「……ど、どうなってるんだよぉ!」


 なんでそんな泣きそうな声を出すんだ。


「俺は本当に一切攻撃しないからな。助けてくれよエリシア」

「え……え?」

「助けてくれないと、俺はこいつらにボコボコに殴られるんだろうなぁ……」


 俺を守る為に魔術を使え。

 遠まわしにそう言った。


 友達を守る為に魔術を行使しなければならない。

 そういう名目をエリシアに与えたのだ。


 さて、どうなるか。

 これでエリシアが攻撃魔術を行使できたなら重畳ちょうじょうだ。

 できなかったら……エリシアには悪いが、俺が全員倒してしまおう。


 心配なのは体力スタミナがどこまで持つかだな。

 

 直ぐにへばるなよ、狼人。

 せめてエリシアが魔術を使おうと決心できるまでは持ってくれ。


 こうして俺は、しばらく攻撃をよけ続けることになった。

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