授業初日⑬ 本日最後の授業
俺達は宿舎から教室まで戻ってきていた。
「ボク、授業を欠席したのって初めてだったよ」
「あれは教官命令だから、欠席扱いにはなってないだろ?」
あのまま訓練を続けても良かったのだが、
「これ以上、ずる休みはしたくないから」
と、エリシアが言ったので、次の授業には出ることにしたのだ。
(取りあえず、恐がらずに光玉をぶつけることが出来るようになったしな……)
一歩でも確実に前進しているはずだ。
隣にいるエリシアも、心なしか柔らかな余裕ある表情を浮かべている。
やはり、魔術の行使が多少なりとも出来ることで余裕が生まれているのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「マルスさん、浮気はダメですよ?」
ラフィが俺の下に寄ってきた。
いきなり何を言うんだこの兎は。
「してないし、する相手もいないぞ?」
「本当ですか?」
ラフィは納得しなかった。
そもそも俺とラフィは恋人ではないのだが……いや、今それを言うのはよそう。
あまり機嫌を損ねたくないしな。
それから、ラフィはじ~っとエリシアを見た。
それが気まずいのか、エリシアは表情をひきつらせていた。
「な、何かな?」
「……ダメですよ。めっ! です」
「?」
子供を叱る親の如く、ラフィはエリシアに注意する。
ラフィは何が言いたいのだろうか?
まさか俺がエリシアと浮気するとか思ってるんじゃないだろうな?
「ラフィ、俺にはそういう性的嗜好はないぞ?」
「……その様子であれば、大丈夫そうですね」
大丈夫って当たり前だろ。
ほっと一息つくラフィを、今度はエリシアがじっと見ていた。
一体なんだと言うのだろうか?
まるで腹の探り合いをしているように感じる。
気のせいかもしれないが、あまり友好的ではなさそうだ。
二人とも俺の友達なので、できれば仲よくしてほしいのだが……。
――カーン、カーン。
鐘の音が響く。
「マルスさん。放課後、学院内の案内をさせて下さい」
ラフィはそれだけ言って、俺の返事も聞かずに慌てて席に戻った。
それから直ぐに、教室には教官――教会の修道女でもあるユミナが教卓に立って、
「では授業を始めましょうか」
聖母のような微笑みと共に、授業は始まった。
ユミナの担当する授業は治癒魔術。
治癒魔術はその名の通り、傷を癒したり、毒や麻痺を治すこともできる便利な魔術だ。
人間の治癒力――細胞の活動を促進させることが、基本的な治癒魔術の効果だ。
簡単な傷を治す程度であれば治癒魔術としては初級程度。
毒や麻痺などの状態異常の回復を行えるようになると中級。
上級治癒魔術は切断部の修復も可能だが、肉体が失われてしまった場合は治癒することはできない。
治癒する物がなければ、回復させることができないからだ。
それでも、治癒魔術を行使できるようになるのは冒険者にとって重要なことだ。
単独で依頼をこなすことも多く、何かと荒事の多い冒険者には必須といってもいいだろう。
教会の修道士や修道女は基本的に治癒魔術に長けている。
村や町の住人は怪我や病気をした際、教会を頼るからだ。
神を信仰する者には神の奇跡で癒しを与える。
実際は神の奇跡ではなくただの魔術なのだが、それを信じるかどうかは個人の自由だ。
まあ、多くの人々や多種多様な症状を治癒するのだから、治癒魔術に関しては下手な冒険者よりは教会の者の方が専門分野というわけだ。
実際、ユミナの授業は非常にわかりやすかった。
ただ魔術書に書かれている通りに教えるのではなく、火傷は治癒力を促進させるだけでなく、水を媒介にした上で治癒魔術を行使した方が効果的だったとか、自分の体験談まで話した上で、治癒魔術の効果的な利用法や応用法を教授している。
素晴らしい授業ではあるのだけど……。
「シュナック教官! 怪我を負ってしまいました。治療して頂けないでしょうか?」
なぜか突然、怪我人が現われ、
「うっ……腹痛が……教官の癒しを頂けませんか?」
なぜか病人が現われ、
「睡眠不足で眠いので膝枕を……」
明らかな下心を持つものまで出現する。
まあ、こいつにはクラスの生徒に一斉にボコボコにされていた。
が、結果的にその生徒はユミナに治癒魔術をかけてもらっていたので幸せそうだった。
ユミナは一人一人に真摯に向き合う。
くだらない冗談も本気で受け止めてしまう。
冒険者上がりの他の教官の効率的な授業と違い、ユミナの授業は無駄が多いようだった。
そもそもユミナ自身が治癒してやる必要はないんじゃないだろうか?
「ユミナ……教官。提案があるんだが」
「? なんでしょうかマルス君」
「怪我人や病人が出た際は、生徒に治療させるってのはどうだ? 生徒たちの勉強にもなるし、授業も効率化すると思うんだが?」
俺が提案すると。
「――それは素晴らしいです! では、次回からその提案を取り入れて授業を行ないましょう!」
絶賛だった。
が――ギロッ――と鋭い視線を感じた。
多くの殺気が俺に向けられている。
それは男子生徒たちからのものだった。
これはもしや、
(余計なことをすんなってことか……?)
どうやら俺の余計な提案は、多くの男子生徒を敵に回してしまったようだった。
団体で生活するって、難しいもんだな。
治癒魔術の授業なのに、俺は協調性を学んだのだった。




