授業初日⑫ エリシアの罪
2015 8/26 改変
それは、エリシア達が一年の頃。
昨年の学院対抗戦での出来事。
学院対抗戦の一年生代表選手に選ばれたエリシアは、他の学院の生徒と試合をすることになったそうだ。
その試合で、エリシアは相手選手に大きな怪我を負わせてしまった。
極度の緊張と疲労で、魔力暴走を起こしてしまったらしい。
魔力暴走というのは、魔術を行使する際に魔力の制御ができなくなり、術者の意思とは関係なく魔力を体内から放出してしまう状態のことだ。
使おうとしていた魔術は火爆破だったらしく、エリシアの魔力で周囲に火の元素が集まっていたのだろう。
放出された魔力が火を媒介に大爆発。
試合を見学に来ていた生徒や関係者に怪我はなかったものの、その爆発によって対戦相手は重傷。
全身が見るも無残なほど焼き爛れていたそうだ。
その場にいた学院長が直ぐに治癒を行なった為、一命は取りとめた。
だが、当然試合継続は不可能。
エリシアは危険行為により反則負けとなった。
エリシアは今も悔いているそうだ。
自分のせいで相手の選手は未来が途絶えていたかもしれなかったこと。
命は助かっても、競争の激しい冒険者育成機関で勝ち残っていかなければいけない状況で、長期で治療が必要なほどの怪我を負わせてしまったことを。
「その試合の後、ボクは魔術が使えなくなっていた。
あの時からボクは魔術を使うことが――他人を傷付けることが怖くなっていたのかもしれない」
結果、落ちこぼれと呼ばれるまでに成績を落としてしまったわけか。
「俺から言わせれば、エリシアの魔力が暴走した際に対処することができなかった対戦者に問題があると思うがな」
実戦中に魔力暴走に巻き込まれる可能性は十分ある。
にもかかわらず、危険行為がどうこう言うのは非常に馬鹿げている。
対処できなければ死ぬだけなのだ。
誰が悪いかと問われたら、その場で対処できなかった自分が悪いのだ。
「……後日、相手の選手に謝罪に行った時、同じことを言ってたよ。
この怪我は自分の責任だ。だから気にするなって。
罵られると――いや、会ってすらもらえないと思っていたのに……」
戦いの場で『傷付けてごめんなさい』と言う者はいない。
全て自己責任。
それを理解した上で戦うのだ。
どちらかが死ぬことを当然と受け止めるのだ
その相手は、戦いの本質を理解していたと思う。
「でも、ボクは怖くなった。
強くなることばかりを考えて、戦いの本質を理解していなかった。
相手を傷付けるってことを深く考えていなかった」
誰かと戦うということはリスクが付き纏う。
それは自分も相手も。
死ぬかもしれない。
殺すかもしれない。
そんな当たり前の現実をエリシアは理解したのだろう。
「多分、そのトラウマを乗り越えない限りは、エリシアは魔術を使えない」
「……ボクは、乗り越えられるかな?」
「乗り越えるんだろ?
言ってたよな? 認めさせたいヤツがいるって。
だったら、こんなところで立ち止まれないだろ?」
その想いが本気なら。
「それに、もし傷付けるのが怖いと思うなら、少しずつ意識を改善していけばいい」
「え? それってどういうこと?」
「例えば、傷付ける為の魔術じゃなくて、守る為の魔術だって考えるとかな」
これは一つの提案だ。
「守る為……?」
「魔術は誰かを傷付けることもある。いや、寧ろその方が多いかもしれない」
相手を傷付けることが怖いなら、発想の転換をすればいい。
魔術は破壊の為にあるのではないと。
「でも、誰かを救うことだってできるし、守ることだって出来る」
「……うん」
俺の言葉に、エリシアは確かに、そして力強く頷いた。
「実際、エリシアは反射や防壁、防御系統の魔術は行使できた。
自分の身を守る為の魔術は使えたわけだ」
「昨日まではそれすらもできなかった。
でも、マルスのお陰だよ。今日ボクが魔術を使えたのは」
「俺のお陰かはともかく、エリシアは今日だけで大きく前進したってことだな」
自分の意思次第で、魔術が行使できる。
それがわかっただけでも、自信に繋がるはずだ。
「この調子で少しずつ意識を改善して、トラウマを乗り越えていければ、いつかは攻撃系統の魔術も行使できるようになるかもしれないぜ」
「……でも、いつかじゃダメなんだよ。猶予があまり残されてないんだ」
「猶予?」
「定期的に行なわれる学院の試験があるんだよ。それには攻撃系統の魔術も必要だから、今のままだとボクは次の試験で落第確定」
「落第? 学院を出て行くってことか?」
尋ねると、エリシアはただ首肯した。
だったら尚の事、攻撃系統の魔術を行使できるようにならなければマズいじゃないか。
「でも、マルスのお陰で少し希望が見えた気がするよ。
守る為、救う為の魔術。そう思えば今のボクでもなんとかなるかもしれない」
自信がなさそうに揺れていたエリシアの瞳に、強い意思の光が宿ってきた。
「なら、早速やってみるか?」
「……え?」
「勿論、いきなり攻撃系の魔術を使えってんじゃないぜ。
最初は光玉を俺に投げつけてみるとかでどうだ?」
俺がエリシアにやったみたいに、攻撃力皆無の光玉で攻撃する。
光玉なら当たっても問題ないし投げる方も気楽だろう。
それにここは宿舎だからな。
物が壊れる心配をしなくてすむ。
「例えば、俺を盗人だとでも思うってのはどうだ?
盗人が誰かの荷物を奪った。
その荷物を取り返す為に、エリシアは魔術を使うんだ。
相手を傷付ける為に魔術を行使するんじゃないぞ」
魔術の行使はイメージが大切だ。
物と魔力があり過程を踏めば、魔術の形成をすることができる。
魔術書に書かれた通り魔術を行使するだけであれば、それで十分だ。
だが、実際に魔術を制御し、威力を強めたり弱めたり、大きくしたり小さくしたりと状態を変化させたりするには、形成される魔術を強くイメージした方が反映されやすかったりする。
火の魔術であれば、どんな火なのか。
焚火程度でいいのか、それとも全てを飲み込む業火なのか。
同じ魔術でも使い手のイメージ次第では威力や範囲は異なる。
勿論、威力を強くしたり、範囲を広げるにはその分の魔力も必要になってくるので、どれだけイメージしたところで魔力量がなければ形成される魔術に限界はあるのだが。
魔力量に関してはエリシアは問題ない。
だから後は意識の問題だ。
「盗人に目くらましを食らわしてやれ!」
「……う、うん。わかった。やってみる!」
早速エリシアは、光玉の魔術を唱えた。
小さな光玉がエリシアの手の平に載っていた。
光の色は弱い。
相手に危害を加えたくないというエリシアの意思の顕れだろう。
「――ぁ……できた! できたよマルス!」
光を利用した魔術の中では基本中の基本の光玉を使うことができただけで、エリシアは心底嬉しそうだった。
その様子は、如何にエリシアが魔術を行使できず悩んでいたのかわかるものだ。
少しでも早く、攻撃系の魔術も行使できるようになれるようになってほしい。
「よし! じゃあそれを俺に投げてみろ。
ちゃんと俺に届くまで消えないように制御するんだぞ?」
「う、うん。――い、いくよっ」
投げられた光玉が、俺の胸元にぶつかった。
「……怖いか?」
「……だ、大丈夫っ!」
まだやはり怖そうだ。
でも、ダメージなしの光玉とはいえ、他人に投げつけることができた。
後は、心の底に根付いた恐怖の意識を、少しずつ変えていくしかないだろう。
「よし! エリシア、何発でもうけるぞ! どんどんこい!」
「わ、わかった!」
子供でもやらないような魔術の訓練。
きっと他人が見たら笑うだろう。
でも、エリシアは真剣だった。
当然俺も本気だった。
「光を少し強くしてみろ。目くらましだ!」
「う、うん!」
「待てエリシア、それはちょっと眩しすぎるぞ!」
これで必ず攻撃系の魔術を行使できるようになるなんて保証はないけど、それでも俺はエリシアの為になると信じて、授業終了の鐘が鳴るまで訓練を続けるのだった。




