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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
22/201

授業初日⑪ 魔術が使えなくなった理由

 昼食を終えると、俺達は教官室に向かっていた。

 用があるのは俺だけなので、一人で行こうと思っていたのだが、


「ラフィもご一緒します!」


 と、ピタリと寄り添われた。


 本当に、用事自体は大したことじゃない。

 ラーニアから魔石を受け取っておこうと思っただけなのだ。


 教官室に入り、


「……あれ?」


 ラーニアの姿を探したのだが見当たらない。

 また出直すか? と考えていると、


「どうしたのかしら?」


 声を掛けてきたのは闇森人ダークエルフの教官だった。

 見るからに妖艶な女だ。

 身に付けている黒の礼服は落ち着いていて清楚とも取れるのだが、露出の激しい服を着ているラーニアよりもどうしてか蠱惑的こわくてきだ。

 どこか熱っぽい笑みを浮かべるその顔は、男を惑わす色香を放っていた。


(……これは、ダークエルフが持つ血のせいなのだろうか?)


 ダークエルフが忌み嫌われるというのは、この雰囲気のせいなのかもしれない。

 それはまるで傾国ファム美女ファタルのように男を引き付ける。

 近付けば破滅するとわかっていたとしても……。


「マルスさん!」


 ラフィが強い声を発した。

 なぜか睨むように俺を見ている。


「ラーニ――ラーニア教官は?」

「あぁ、ラーニア教官なら、生徒と二人で戦闘教練室に行ったわ」

「生徒と二人で?」


 もしかしてそれエリシアだろうか?

 休み時間の間、ラーニアに頼んで訓練をしているのかもしれない。


「まだ戻ってきていないから、訓練でもしてるんじゃないかしら? 気になるなら行ってみたら?」

「そっか。なら、行ってみるかな。助かったぜ。え~っと、教官の名前って――」


 ダークエルフの教官は魅惑的な笑みを作り、


「リスティー・リリフルよ。覚えておいてね、マルス君」


 自己紹介と共にウィンクをし、リスティーは俺の名前を呼んだ。

 意外だった。

 まさか名前を覚えられているなんて。


「俺の名前、覚えてたんだな」

「ふふっ、ラーニア教官が推薦した生徒だもの。あなたの名前を知らない教官はいないわよ」


 推薦の生徒がそれほど珍しいのか、ラーニアが推薦したのが珍しいのか。

 まあ、この学院の教官であれば、生徒の名前を覚えておくのは当然のことなのかもしれない。


「マルスさん、もう行きましょう」


 急かすようにラフィは俺の腕を引っ張った。


「そうだな。ラーニアの居場所もわかったし。助かったよ、リスティー――教官」

「ふふっ、それじゃあね、マルス君」


 思わず呼び捨てにしそうになった。

 まだまだクセは抜けなそうだ。

 

 リスティーは怒った様子もなく、教官室を出て行く俺達に手を振っていた。

 きっとラーニアが見ていたら、小言を言われていたことだろう。


                  *


「全く、あの教官は一体なんなんですか!」


 教官室を出て戦闘教練室に向かって歩いていると、ラフィは不機嫌そうに眉をしかめた。


「マルスさんに媚を売るような真似をして、あれで教官だというのだから問題です!」

「まあ、ラーニアといいリスティーといい、教官って割にはラフ過ぎるところはあるな」

「冒険者育成機関の教官は、皆さん現役の冒険者や冒険者あがりの方が多いので、その時の名残があるのかもしれませんけど、生徒とは一線を引いて欲しいものです」


(へぇ……)


 ラフィの言葉に、俺は関心を引かれていた。

 教官たちも全員冒険者なのか。

 考えてみれば、学院長も元冒険者だって言ってたし不思議なことではない。

 冒険者を育成するわけだから、冒険者が指南するのは道理だろう。


「マルスさん、気をつけてくださいね! あの方はマルスさんをエッチな目で見てましたから! あれは肉食です! ラフィが言うんだから間違いないのです!」

「あ、ああ。気をつけるよ」


 ラフィの勢いに押されつつ、俺達は戦闘教練室に入って行った。

 すると直ぐに、ラーニアとエリシア、二人の姿が確認できた。


「あら? あなたたちも来たのね」

「ああ、教官殿に用事があってな」

「……そう。でも、少し待ってなさい」


 言ってラーニアはエリシアに視線を向けた。


「……」


 戦闘教練室の中央。

 俺達に背を向ける形で、制服姿のエリシアは直立していた。

 その周囲からは強い魔力を感じる。

 エリシアは魔術が使えなくなったと言っていたが、魔力がなくなったわけではないのだ。

 そもそも、魔力が永続的に空っぽになってしまう事例など、数多くの魔術師がいるこの大陸でも確認されたことはない。

 もしエリシアが魔術を行使できないとすれば、それはエリシアに魔術を行使したくない理由があるからで――要するに、何かトラウマがあるのだ。


(教官やクラスの連中が言っていた事故がどうこうって話が関係しているんだろうけど……)


 さっきの授業で、俺はエリシアにも魔術の行使ができると教えた。

 だから、後は本人次第なのだが、


「――閃光よ!」


 エリシアは魔術を行使しようとした。


「……っ――」


 しかし、何も起こらない。

 エリシアから感じられた魔力も、どこかに霧散していた。


「……やはりダメね」


 その呟きには、失望……いや、落胆だろうか?

 そういった感情が混ざっている気がした。


「さっきから何度か繰り返しているのだけど、一度もうまくいっていないの」

「あれだけの魔力があるんだ。本来、上級魔術を使えたっておかしくないはずだけどな」

「そうですね。……少なくとも、魔力量はラフィより明らかに上だと感じます。でも、魔術形成ができないみたいですね」


 形成しようとすると、魔力が霧散してしまうのだろう。

 高難易度の上級魔術を使うならば、魔力が足りない、もしくは魔力の制御ができず魔術形成ができないことはある。

 だが、エリシアの場合はそうでないはずだ。

 実際、上級魔術である反射をエリシアは使ってみせたのだから、下級の攻撃魔術を使えないというのは道理に合わない。


(不意打ちになっちまうが……)


「エリシア!」


 俺は攻撃力皆無の光玉ライト――本来、真っ暗なダンジョンで使う松明代わりの魔術を、エリシアに投げつけた。


「え――っ!?」


 エリシアは振り向いた。

 光玉は直ぐにエリシアを捉える。

 ――はずだったが、


「あ、あれ?」


 不思議そうに周囲を窺っているエリシア。

 光玉は既にない。

 エリシアに当たる直前に、魔術の防壁にぶつかり消滅した。


「なるほどな……」

「ま、マルス、今、ボクに何を?」

「何もしてねえよ。ただ、光玉ライトを投げただけだ。そして、それをお前が魔術で防いだ」

「ラフィも見ました。確かにエリシアさんは魔術を行使していました」

「マルス、どういうことなの?」



 三人が一斉に俺を見て、俺に説明しろと訴えている。


「待て待て、まだ確かじゃないんだ。エリシア、次は炎球ファイアーボールだ。防いでみろ」

「え、ちょ、ちょっと――」

「そら」


 慌てふためくエリシアのことを気遣うことなく、俺は炎球を放った。

 が、


「っ――!?」


 炎球は防壁により消滅した。


「ど、どうして魔術が……」


 自分の両手を見つめ、エリシアは目を見張っていた。

 今起こっていることが信じられない、そんな表情をしている。


「エリシア、俺に向かって魔術を撃ってみろ」

「う、うん」


 戸惑いながらも、言われるままに俺に手を向け。


「――閃光よ!」


 ……何も起こらなかった。


「……なるほどな」


 そういうことか。と俺が一人で納得していると、


「どうして……」

「どういうことなのです?」


 エリシアは肩を落とし、ラフィはまだわかっていないのか首を傾げた。

 しかし、


「もしかして、攻撃系統の魔術が……?」


 ラーニアは気付いたようだ。


「多分、そういうことなんだろうな」

「……え?」


 何かわかっているのなら教えて欲しい。

 エリシアの瞳が訴えていた。


「エリシア、お前は誰かを傷付けるのが怖いんじゃないか?」

「――っ」


 痛みに苦しむみたいに、エリシアは表情を歪ませた。


「……そ、それは……」


 どうやらエリシア自身、思い当たることがあるらしい。


「エリシアさんが成績を落とし始めたのって、あの事故からですよね?」


 ラフィが言うと、ビクッ――と身体を震わせたエリシアは、怯えるように身を抱いた。

 過去に事故があった。

 それは周知の事実らしい。


「……そうか……だから、ボクは……」


 もしかしたら、自覚はあったのかもしれない。


「何があったかはわからないが、その事故のトラウマを乗り越えない限りは、相手を攻撃する為の魔術を使うのは難しいかもしれないな」

「そんな……じゃあ、ボクは……」


 悲壮感に満たされたその表情。

 二度と魔術が使えないかもしれない。と、顔に書いてあるようだった。

 でも、


「諦めるのは早いだろ?」

「……マルス……だって、ボクは……」


 エリシアが俺を見た。

 その表情は真っ青だった。

 できることなら、力になってやりたい。


「なあエリシア。……よければ、その事故について聞かせてもらってもいいか?」


 エリシアの中でトラウマになっていることがなんなのか。

 それがわかれば、この問題を解決する為のアイディアが生まれるかもしれない。


「……でも、もしこれを聞いたら……」


 聞いたら……?

 やはり俺には話したくないのだろうか?


 不安そうにエリシアの瞳が揺れて――

 

「マルスは、ボクのことを軽蔑するかもしれない……」


 軽蔑……?


「なんだ? この歳でおねしょでもしたのか?

 そのくらいなら別に軽蔑しない――ま、まさか大のほうかっ!?」

「――ち、ちがうよ! そんな訳ないでしょ! こんな時にそんな冗談言わないでよ!」


 落ち込み青くなっていたエリシアの表情は、瞬時に真っ赤に染まった。


「なんだ。じゃあきっと大丈夫だろ」

「……で、でも……!」


 俺が笑いかけると、エリシアはまた顔を伏せてしまった。


「なあ、エリシア。お前は俺の最初の友達だ」

「……」


 エリシアは顔を上げて、


「俺は友達を――エリシアを軽蔑したりしない」

「……っ」

「約束だ」


 口だけで言ってるわけじゃない。

 まだそれを証明する手段もない。

 出会ったばかりの俺に、エリシアが自分の気持ちを打ち明けてくれるほど信頼を寄せてくれるなんて、そんな都合のいいことを思ってるわけでもない。


 ただ、もしエリシアが俺を信頼して話してくれるなら、その時は全力で力になりたい。

 なんでって問われたら、それは友達だから。

 理由なんて、それで十分だ。




* エリシア視点 *




 マルスは真っ直ぐにボクを見た。


「約束だ」


 嘘のない目。

 マルスを信じたい。


『必ず助ける』


 学食の時の言葉を思い出した。

 あの時もマルスに助けられた。


 そうだ。

 ボクとマルスは友達だ。

 昨日であったばかりだけど、ボクが人生の中で出会った人たちの中で、マルスは一番の友達だと思う。

 最高の友達だと思える。

 軽い気持ちで言ってるんじゃない。

 本当にそう思ってるんだ


 だからこそ――マルスに軽蔑されるのが怖かったんだ。


 でも、その考えが間違っていたのかもしれない。

 きっとボクの――あの日のことを打ち明けても、マルスはきっと、ボクを軽蔑したりしない。

 だから――


「……わかった。マルスに、聞いてほしい。あの日のこと――ボクが犯してしまった罪を」




* マルス視点 *




 エリシアが話し始めようとしたその時だった。


 ――カーン、カーン。


 間の悪いことに、鐘の音が聞こえた。


「!? ……やばっ、次あたしの授業じゃない」

「これって……休み時間が終わったってことだよな?」

「そうよ。でも、あんた達二人には次の鐘が鳴るまで自習を命じます。これ、教官命令だから」

「……え? ラフィは――」

「あんたはあたしと一緒に教室に戻るわよ」

「そ、そんなぁ……」


 どこか不満そうなラフィ。


「ラフィ、悪いな。今はエリシアと二人にしてくれ」

「……わかりました……」


 それでも俺が言うと、すんなりと引き下がってくれた。


(ラフィには、後で何か埋め合わせをしなくちゃな……)


「この場所はどこかのクラスが利用するかもしれないから、あんた達もどこか別の場所に移動しなさい」


 そして、二人は戦闘教練室を後にした。


「俺達も場所を変えるか」

「うん」


 さて、どこか落ち着いて話せる場所はあるだろうか。

 考えて俺が向かった場所は――。


「ここなら、静かに話せるだろ?」


 宿舎の自分達の部屋に戻ってきていた。

 ここなら誰にも邪魔されることはない。


「じゃあ、聞かせてくれるか?」

「……うん」


 俺に促され、ゆっくりと、エリシアは話し始めた。

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