直前の出来事①
20181219 更新しました。
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ラーニアたちと別れ2年の教室に向かっていると、大きな魔力の波動を感じた。
恐らくラーニアとリフレが魔人たちと交戦に入ったのだろう。
その気配は四つ……だが、それを超える強烈な気配が二つ。
これは学園長のものだろう。
かなり強力な魔人と戦っているようだが……。
(……そっちはあの爺さんに任せておけばいいか)
遅れを取ることはない。
が――問題はもう一つ。
二年の教室の辺りで、明らかに強力な気配があった。
(……エリーたちが上手く逃げ切れているといいが)
その気配の魔人と交戦中の気配が複数ある。
(……生徒たちか?)
まさかエリーたちが?
だが、学園生のレベルで勝てる相手ではないことは明白。
逸る気持ちを抑えることが出来ぬまま俺は教室へと向かった。
※
これは魔族襲撃前の出来事。
ユーピテル学園の生徒たちは各々の時間を過ごしていた。
学園対抗戦に向けて訓練を積む生徒もいれば、委員会の活動に励んでいる生徒もいた。
魔族という脅威に晒されてはいたが、今日もあるべきままに日常は過ぎていく。
「はぁ……マルスさん、早く帰ってきませんかね……」
「ご主人様いないと、退屈」
「兎、何か面白いことする」
「ラフィは道化師じゃないんですから、唐突に言われてもできるわけないでしょ……」
「あははっ……とりあえず、御茶でも淹れようか」
委員会に集まったエリシャたちは、のんびりと話をしながらマルスの帰りを待っていた。
メンバーの中でセイルだけこの場にいないのは、彼が戦闘の委員会にいる為だ。
「う~ん、いい香りですね」
「……エリシャは紅茶を淹れるのが上手い」
「ん……気持ちが落ち着く」
ラフィたちに言われて、エリシャは控えな笑みを浮かべる。
そして彼女は机にお菓子を並べていった。
一歩引いた場所からみんなに気を遣う姿は姉のような印象を周囲に与えるだろう。
「美味しい……」
「御茶と合う」
もぐもぐと焼き菓子を食べる闇森人の姉妹。
普段は表情に変化のない二人の顔が幸せそうに弛んだ。
「あ~そんなに慌てて食べるから、口元が汚れてますよ」
ハンカチを出してルーシィの頬を拭くラフィ。
「ん~……」
拭き拭きされてこそばゆいのか、闇森人の耳がピクピクと揺れた。
マルスを中心に集まった彼女たちではあるが、なんだかんだ皆が友好を深めている。
少しずつではあるが、互いに信頼できる仲間に変わっていた。
「よし……これでいいですよ。
女の子なんですから、少しは気を使いなさい。
もともとの素材は悪くないんですから」
ルーシィもルーフィも非常に整った容姿をしているが、二人はまだ精神的に幼いところがある為、ラフィとしてはそれが気になっているのだろう。
(……磨けばもっと光るんですけどね)
などと彼女は感じている反面、もし本気で『女』を武器にしてマルスに迫られても困ると思っている為、ラフィはそれ以上のことは口にはしなかった。
「……ぶっちゃけたところお聞きしたんすけど、この場にいる四人はライバルでいいんですよね?」
「ん?」
「なにが?」
「……」
無邪気に首を傾げる姉妹。
だが、エリシャだけはラフィの発言の意図を理解していて、思わず視線を少し伏せた。
「……エリシャさんはわかりやすい人ですね」
「~~~っ」
そう言われただけで頬を赤くするエリシャ。
しかし自分の胸にあるマルスへの想いは憧憬以上のものであることを、彼女は自覚しつつあった。
しかし、マルスはエリシャを『友達』として大切してくれている。
その状態で、彼女自身が今すぐに関係を進めたいとは思っていなかった。
彼がこの場にいる皆を大切に思ってくれているのは間違いないが、もしエリシャの一言で自分たちの関係が壊れてしまったら……そんなことを思うと、この気持ちは今は告げるべきではないと、エリシャは考えていた。
「……ご主人様の話?」
「エリシャの反応からして、そう」
なんとも言えない沈黙に包まれる。
四人にとってマルスは大切な人物であることは間違いない。
だが、エリシャと同様に皆がこの場を壊したくはないという想いも持っていた。
「い、言っておきますが、ラフィはアプローチを続けていきますからね!」
戸惑いながらもラフィは自分の意志を貫く決意を見せた。
「……兎じゃ無理」
「ご主人様は、わたしたちの」
「違うルーシィ」
「あ……わたしたちがご主人様の」
それが正解だとばかりに頷き合う双子。
(……みんな、すごいなぁ)
エリシャは感心と共に羨ましいと感じていた。
少なくとも三人は自分よりも明確にマルスに対する好意を伝えている。
(……そうか)
この関係が壊れてしまうなんて、それはただの言い訳。
(……私は……マルスの傍にいられなくなるのが怖いんだ)
皆を見ていて、エリシャは自分の中にある想いに気付いた。
なんとも言えない空気が室内に漂う。
(……何か話題は……)
と、エリシャが考え始めた時、
「エリシャさんは昔から紅茶が好きなんですか?」
ラフィが口を開いた。
「うん。
……お母様が好きだったから」
「それでこんなに美味しい紅茶が入れられるんですね」
エリシャは頷く。
御茶に詳しかったエリシャの母親は、彼女に色々な話を聞かせてくれた。
茶葉の種類。
御茶の淹れ方。
それらに合うお菓子。
当時のエリシャは父親のような騎士となる為、剣と魔法の修行に明け暮れている中で、休憩の時間に母と話す御茶の話題は、彼女にとって心安らぐ時間であったと言えるだろう。
「エリシャの御茶、好き」
「ん……ルーフィも好き」
「ありがとう。
でも……お母様の淹れる御茶みたいにはいかないな」
瞳を閉じたエリシャは、過去を懐かしむように優しい笑みを浮かべる。
穏やかで幸せだった時間。
でも……最後に思い出すのは悲しい記憶。
父と母を殺したあの男を捉える為にもエリシャはまだまだ強くならなければならない
「……みんな、まだ飲むかな? それならまた――」
ここで暗い顔を見せるわけにはいかない。
と、エリシャがそう口にした途端。
――バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
世界が崩壊するかのような轟音と共に、学園全体が大きく揺れた
突然のことで態勢を崩すエリシャたちだが、直ぐに警戒を強めた。
瞬間――吐き気を催すほどの魔力に学園全体が覆われていることに気付く。
(……一体、何が?)
少女たちが顔を見合わせる。
この場にいたままでは状況もわからない。
「……外に行ってみよう」
エリシャの言葉に頷き、少女たちは行動を開始した。




