インフェルノ
20181123 更新しました。
「ふんっ……本当に気の強い女だ。
なら――やってみせろよ!!」
自分が負けるなどと全く思っていないのだろう。
魔人は自信満々に微笑むと――強大な魔力を発する。
「予言してやるよ。
俺はこの場から一切動かず勝って――」
「――無駄話が多いのよ」
舐め腐った発言をする魔人との距離を詰め――ボゴッ! と、あたしは顔面を殴りつけた。
だがあたしの攻撃を受けても、魔人は後ずさることすらない。
「女の拳ってのは軽いもんだな」
あたしの拳を受けたまま、魔人はそんなことを言った。
そして、
「っ――」
拳が焼けるように痛んだ。
だが、痛みに怯んでいる暇はない。
あたしを捉えようと、魔人の手が伸びてきた。
その手に向けてナイフを振ると、魔人の手に触れた瞬間――ナイフの刃が一瞬で熔けてしまう。
「なっ!?」
ナイフの柄を投げ捨て、あたしは急ぎバックステップで距離を取る。
(……全身が熱で守られているの?)
全身に炎の加護を纏っているのだろうか?
「驚いたか?
物理的な攻撃は俺に通用しねえ」
「この程度で威張ってんじゃないわよ。
あたしにだって炎の加護を纏うくらいのことはできるっての」
「加護じゃねえ。
俺は炎の魔人――フレイム。
俺自身が炎そのものなんだよ」
フレイムが手を振ると、十を超える炎球があたしに襲い掛かってきた。
その熱量は一般的な魔術師が使うものとは比べ物にならない。
普通の人間であれば触れれば一瞬で蒸発してしまうだろう。
「おらおらおらおらっ!
逃げなきゃ死ぬぜええええええええええ!」
狭い教室内。
逃げ場は限られている。
いや、迷っていたら一瞬で殺される。
これまでの経験則から私の身体は勝手に動き出した。
室内を焼失させる炎が、まるで火山の中のような熱気に満ちていく。
「ははっ、上手く避けるじゃねえか。
なら――もっといくぜっ!」
攻撃を躱したあとも、さらに続けて――そしてさらに強烈な魔力と熱量を秘めた炎球が魔人の上空に生まれた。
「はぁ……」
面倒くせぇ。
「なんだ?
逃げるのは終わりか?」
動きを止めたあたしを見て、フレイムはつまらなそうに尋ねた。
「なら――四肢だけ上手く焼いてやるよ。
顔と身体は綺麗に残ってさえいりゃ構わねえ。
あとは死ぬまで犯しまくってやる。
まぁ……俺のをぶち込まれりゃ大抵の女は直ぐに死んじまうんだけどな!」
そして上空に浮かぶ炎球があたしに降り注いだ。
だが――。
「……炎よ、舞い、穿ちなさい」
魔人の炎が次々に相殺されていく。
それはあたしが魔法を展開したからだ。
あたしの周囲に無数の炎球が浮かび上がる。
その数は魔人が繰り出す炎球の量を遥かに上回っている。
「逃げなきゃ死ぬんじゃなかったの?」
一歩も動くことなく、あたしは魔人の攻撃を全て防ぎ切った。
「ほう……確かに人間にしては大した魔力だ。
一発の炎球の威力はこっちと同等ってとこか?」
「試してみればいいわ」
「……おいおい。
まさかと思うが……この程度が俺の全力だと思っちゃいねえ――っ!?」
パンッ!?
あたしは魔人に炎球を数発ぶち込んでやった。
衣服の一部が焼け焦げて、少しだけ肌に焼け跡が付く。
「能書きはいいわ。
あたしに勝てる自信があるなら、最初から全力で来なさい」
「……そうかよ。
なら――跡形も残らず消してやる」
その発言と同時に、フレイムの目前に炎球が生まれた。
渦を巻くように空気を吸い込みながら、炎は徐々に大きくなり、尋常ではない魔力が集まっていく。
(……巨大な炎球? いや……あれは――)
あたしが様子を窺っていると、
「……魔人の炎を見せてやる」
言ってフレイムは目前の熱の塊に手を突っ込んだ。
ドロッとしたマグマを飛び散らせながら、腕を引き抜くと――熱の塊の中から魔人は真紅の大剣を手にしていた。
その剣から発せられる吐き気を感じさせるほどの狂気が、空間を支配していく。
「それがあんたの切り札ってわけね」
「人間程度に見せるもんじゃねえんだけどな。
テメェは俺好みの女だから――褒美だ」
「それだけは光栄ね。
全力を出してないから負けました……なんて、死ぬ時になって言われたくないもの」
「ははっ、マジでぶっ殺しちまうのが惜しいな。
今なら泣いて俺のをしゃぶれば……命だけは助けてやってもいいんだぜ?」
「……あんたみたいな雑魚に、あたしみたいないい女が身体を許すわけないでしょ?」
「そうかよ。
なら――死ね」
皮肉な笑みを浮かべていた魔人は表情を消して、あたしに真紅の魔剣を振った。
瞬間――黒い炎が生み出された。
(……これはとんでもないわね)
あたしは心の中で感心した。
迫りくる黒い炎は、この世の全て消滅させてしまうかのような業火だと――地獄を知らぬ者ならば錯覚するだろう。
だが、それでも恐れはない。
だってあたしは――本当の業火を知っているのだから。
精神を研ぎ澄ます。
体内に残る魔力を引き出し一点に集中する。
するとあたしの髪はさらに赤く、燃え盛るように染まっていく。
いい感じだ。
少し前にマルスと戦闘訓練をした時にも――使った力ではあるが、これはある魔術を使う前段階でしかない。
今から使うのは、この世界であたしだけが持つ固有魔法。
その魔法の名は――
「……」
黒い炎があたしを包み込んだ。
「なんだ……呆気ねえな。
いい声が聞けると思ったのに、泣き叫ぶ余裕すらなかったのかよ」
「……敢えて受けてみたけど、この程度なのね」
「なっ!?」
初めて魔人の顔が歪んだ。
炎の中からあたしの声が響いたのが余程意外だったのだろう。
同時にあたしを包んでいた黒い炎を、青い炎が取り込んでいく。
「……馬鹿な!?
俺の炎を受けて……無傷、だと!?」
「今度はこっちの番ね」
あたしは魔人に右手を向けて、青い炎を放射する。
「避けたほうがいいわよ」
「笑わせるなよ。
炎の魔術が俺に効くと思ってるのか?」
警告はした。
だが、魔人フレイムはあたしの言葉を無視して炎を受ける。
あたしがこいつの攻撃を防いだ為、やり返すつもりでいたのかもしれない。
でも、この瞬間にあたしは勝利を確信した。
「なんだ? この程度か?」
青い炎が魔人に纏わりつく。
それをフレイムは振り払おうとした。
が――そこからさらに青い炎が広がっていく。
「ん……なんだ……なんだこれは!?
身体が……これが炎の熱さ……俺が、炎の魔人である俺が、どうして!?」
驚愕に顔を歪める魔人にあたしは告げる。
「死ぬ前にあたしの二つ名を教えてあげる」
「な、なにを?」
「あたしの二つ名は――炎獄の紅」
「い、インフェルノ!?
ふざけたことを、こんなもの!!」
暴れ出す魔人。
だが、炎はさらに激しさを増していく。
「一度でも触れてしまえば、絶対に煉獄の炎は消えない。
対象者が死ぬまでね」
触れた瞬間――どんな相手すらも焼き殺す。
絶対焼失の魔術であり、この力はあたしの切り札の一つ。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な~~~~~~!!!」
パチン。
あたしは指を弾く。
これは魔人の聞いた最後の音。
地獄の業火が魔人を完全に飲み込んだ。
「許して、許してくれ、どうか……頼むから、この炎を消して――」
許しを請う声が響く。
あたしは予言は見事に的中させて――。
「地獄の炎に焼かれて死になさい」
「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
絶叫を上げながら、炎の魔人は消失したのだった。
「……はぁ」
息を吐くと、燃え盛るような真紅の髪は色を失い真っ白になっていく。
「やばっ……思ったよりも魔力を使っちゃったみたいね」
恐らくこの世界に存在する中でも最強の炎魔術。
それがこの煉獄の炎であるが……魔力の消費が激しく連続で使用できないのが大きな欠点でもある。
「ま、大丈夫か。
学園長やリフレ……ヨーウェも後で来るみたいだし、それに……」
あたしの頭に教え子の姿が思い浮かんだ。
「あいつもいるものね……少しだけ……」
今は魔力の回復を優先させることを決めて、あたしはその場に腰を下ろすのだった。