雷帝ヨーウェ、席を立つ
「……学園対抗戦の際、ギルド――『ケラノウス』の警備協力は不要である。
これが学園長からの言伝です」
ラーニアの口から伝えられたのは予想外の内容だった。
「……カドゥス先生がそう言ったのかい?」
ギルド長に尋ねられたラーニアが、神妙な顔で頷いた。
「多くのギルドに協力を頼んでいるから、他が手薄になるのが心配なんだと思うわ」
雷帝の疑問に改めて答えるラーニア。
「だとしても、人員は多いに越したこともないと思うだけどね~……」
「進言ならとっくにしたわ……。
でも、決定事項だそうよ。
各冒険者育成機関の学園長たちも同意しているそうよ」
「ちなみに他の理由は聞いているのかい?」
「……ないわ」
眉根を顰めるラーニア。
彼女自身も、そのことが不服だったという顔だ。
「ふむ……敢えて警戒を緩める理由はなんだろうね」
ヨーウェの疑問は当然のものだろう。
対抗戦には各学園だけではなく、国の有力者たちも参加すると聞いている。
本来は魔族の襲撃に備えるべき状況なのだ。
「もしかして……お金がないとか?」
「冒険者育成機関は国が運営しているのよ?
資金難ということはまずないでしょう……」
「わっかんないよ~。
学園長が使い込んでたのかも」
ひひひ……とイタズラな笑みを浮かべるリフレ。
「もしそんな理由ならどれだけいいか……」
「にゃははっ、でも……理由くらい教えてくれてもいいのにね」
所詮はワタシたち下っ端ってことなのかなぁ……。
もうちょっと信頼してくれてもいいのに……」
リフレはつまらなそうな顔をしていた。
学園長の対応が不満なのは彼女自身も同じなのだろう。
「何か仕掛けるつもりなのは間違いないだろうな」
「でしょうね」
「問題は何をするかだよね~」
三人は学園長の思惑について考えているようだ。
もしも俺なら……。
「敵が少ない方が……襲撃が楽にはなるよな。
凄腕が減るわけだから」
ふと、そんなことを言ってみた。
すると三人の顔が俺に向く。
「……つまりあんたは、学園長がわざと学園を狙いやすい状況を作ろうとしてるって言いたいわけ?」
「へぇ~面白いこと考えるね。
でもさ~、今の事態を終わらせるなら、それが一番早いよね。
向こうから来てくれるなら……ぶっ殺しちゃえば終わりだもん」
狂気的な笑みを浮かべるリフレだが、その考えは非常にシンプルだった。
「……学園長自らが手を下すつもりなのか……それとも……」
視線を下げたヨーウェが、考え込むような素振りを見せる。
「他に……何か気になることがあるの?」
「う~ん。
冒険者としての癖でね……常に悪い方向に物事を考えてしまうんだよ」
「でも心配性なくらいがいいよ。
ワタシなんて、何も考えずに特攻していつも死に掛けるもん」
笑い話じゃないだろ……という顔で赤い髪の教官が三角帽の教官を見ていたが、敢えて突っ込むことはなく、
「ヨーウェ……悪い方向って言ったけど、あんたの考える最悪を聞かせてくれないかしら?」
「……これはたとえばの話だよ。
この場に学園内の重力戦力である二人を寄越したのが気になった」
逡巡するように、ギルドマスターは口を開いた。
「どういう意味~?」
「既に教官の一人がやられている状況で……学園を――生徒を守る戦力を二人も外にやるって言うのがどうにも違和感があるんだ」
言われてみればそうだ。
学園長が守っている……という絶対的な安心感があるとはいえ、自分の力を過信しているようにも思える。
「まさか……対抗戦ではなく『今』も、学園長は魔族の襲撃を待っている可能性があると?」
「そういうことさ。
……でも、私の知っているカドゥス・ライナーなら、そんな軽率な行動を選択するとも思えないんだよなぁ。
だけど……自分の実力に絶対的な自信を持っているのも事実……」
ヨーウェ自身、あの爺さんのことは掴み切れていない。
だからこそ判断に困ると言ったところか。
「でもあんたの推測が事実なのだとしたら、学園長は今日――魔人を討伐するチャンスを作ろうとしている……ってこと?」
「……そうなるね。
まぁ、私が考え過ぎかもしれないから」
「ふ~ん。
でも、そうなら――ラーニアちゃん。
ワタシたちも今直ぐ戻らないとだね」
「ええ……もしも今、魔人の襲撃があるのなら――」
二人の教官は互いの顔を見て頷き、そのまま俺に目を向けた。
「依頼はこれで完了。
マルス、急いで戻るわよ。
「おう!」
頷く俺を見て、ラーニアが踵を返した。
その時、
「――よし! 決めた!」
雷帝が席を立たった。
そして、
「私も行く!」
こんなことを言ったのだった。