授業初日⑦ 魔術制御
15 8/24 サブタイトルを変更しました。
「では、授業を始める」
授業は魔術学に続き森人の教官が務めるようだった。
「なあ、エリシア」
俺はこっそりと、小声でエリシアに話しかけた。
「なに?」
「あの教官の名前、なんて言うんだ?」
「ま、マルス……。教官の名前を覚えてないの……?」
「ああ」
そもそも昨日の今日だ。
教官の名前なんて覚えているはずがない。
エリシアは軽く溜息を吐いて。
「シーリス・エリファルド教官。ちゃんと覚えておくんだよ」
「了解」
厳格そうな面持ちで、淡々と授業の説明を続けていくシーリス教官。
今回の授業は魔術の制御についてだそうだ。
「まずペアを作れ」
生徒たちがそれぞれ二人ペアに別れていく。
『マルスさん、一緒に組みましょう!』とラフィに迫られるかと思っていたのだが、どうやら彼女は別の生徒と組むようだった。
だったら俺は、
「エリシア、一緒にどうだ?」
「……うん……ただ、ボクは魔術が使えないから……マルスの訓練にならないかも……」
エリシアは表情を沈める。
そういえば、魔術が使えなくなってると言ってたっけ。
「とりあえず、やるだけやってみないか? 何かの切っ掛けで魔術を取り戻せるかもしれないし」
そんな提案をすると、
「……そうだね。じゃあ、マルスの迷惑になるかもしれないけど」
少しだけ微笑み、エリシアは俺とのペアを承諾した。
「全員組んだようだな。では、これから行う授業の説明をする」
ペアが完成したところで、淡々と教官が口を開いた。
「お互いがこの中を動き回りつつ、当てるつもりで攻撃魔術を放て。
勿論、かわしても構わんし、魔術を魔術で相殺してもいい。
魔術は次々に放っていくこと。多くの魔術を命中させた方が勝利だ。
ただし殺傷能力の高い攻撃は禁止とする」
(なるほど……。とっさの判断力と正確な魔術の制御、
相手の行動を予測する必要もあるか……かなり実戦的な授業だな……)
「各ペアの持ち時間はこの管の砂が落ちきるまでだ。私がよしと言うまでやり続けろ」
言ってシーリス教官は、透明な管の中に砂が入った道具を取り出していた。
どうやらあの砂が落ち終わるまでを各ペアの持ち時間にするようだ。
「質問はあるか?」
教官は周囲を見回した。
そして質問をするものがいないことを確認すると、
「では、やりたいものから開始しろ。それ以外の者は見学していろ」
そして、魔術制御の授業が始まった。
*
いくつかのペアの訓練風景を見ていたが、思っていたよりもレベルが高く見ていて飽きない。
特に今戦っている二人は面白い。
息が完全にぴったりなのだ。
相手がどう行動するかというのを完全に理解しているのか、一切攻撃をかわすことなく、お互いの魔術をぶつけ合い相殺しあっている。これだけ動き回っているというのに、その魔術の制御は正確無比で、今まで見てきたペアの中では間違いなくこの二人が一番だった。
しかし、それ以上に驚いたのは二人の容姿だ。
恐らく双子なのだと思うが、同じ容姿をしている。
少なくとも遠目では全く見分けがつくないくらいだ。
特徴的なのは黒い肌と長い耳は、彼女たちが闇森人であると主張していた。
(ダークエルフの双子とはな……)
そういえば、教官の中にも闇森人がいたけどその関係者だろうか?
森人の亜種族として知られている闇森人は、災いをもたらすとされ忌み嫌われている。
繁殖力も人間と比べて低い代わりに、長寿であるというのはエルフと変わらないのだが、闇森人はそんなエルフ以上に繁殖力が低いらしい。
なんでも無限に近い寿命の中でも子孫を残せるのは一人だけなんて話を聞いたことがあるが……目の前に双子がいるわけで……。
俺自身、双子の闇森人は初めて見たが、二人は例外中の例外なのかもしれない。
「なあエリシア。あの二人って闇森人だよな?」
「うん。双子の闇森人。姉の方がルーシィで、妹がルーフィ。
見てわかったと思うけど、魔術に関してはAクラスでもトップレベルだよ」
「見事な魔術制御だな。
あれで立て続けに攻められると思うと、かなり厄介だな」
率直な感想を口にした。
するとエリシアは意外そうに、
「マルスでもそう思うんだ?」
そんなことを聞いてきた。
「うん? ああ、あくまで試合だったらな」
「試合だったら、か」
それは戦いであれば絶対に負けることはない。と言う意味。
この学院に入れば、いつか戦う時もあるかしれない。
それは殺し合いではなく、試合だと思うけど。
「よし、そこまで」
教官の声が響き、闇森人の双子は同時に動きを止めた。
「まだ訓練を受けていないものはいたか?」
聞きながら教官が周囲を窺う。
「エリシア、そろそろやっとくか?」
「……うん」
そして俺達は前に歩み出た。
「おいおい、落ちこぼれだぞ……」
「あいつ、大丈夫なのかよ?」
「また暴走でもされたら……」
途端にガヤガヤと騒がしくなった。そんな喧噪の中、
(暴走……? なんのことだ?)
気になる言葉が聞こえた。
それはもしかしたら、エリシアが魔術を使えないことと何か関係があるのだろうか?
「……ふむ」
教官は俺達を一瞥し、
「エリシアか。確認を取るが……大丈夫なのか?」
大丈夫……というのがどういう意味なのか、俺にはわかりかねたが、エリシアは真っ直ぐに教官の顔を見て、
「……正直わかりません。ですが、やらせて頂けないでしょうか?」
はっきりとそう伝えた。
「……」
悩むように腕を組んだ教官は何も言わない。
この教官は、エリシアの事情を知っているようだ。
いや、もしかしたら、俺以外の全てが知っているのかもしれない。
「才能のある者にチャンスは与えたい。が、周囲を危険に晒す可能性があるならば、教官として許可はできん」
迷っているようだったが、エルフの教官はそんなことを言った。
が、しかし、
「いいじゃねえか、やらせてくれよ」
「マルス……」
危険がなんだというのだろうか?
「もし危険があるなら、この場から出ていてくれればいいぞ?
他の皆は番はもう終わってるんだよな?
だったら最後に俺とエリシアだけで訓練する。それなら問題ないだろ?」
「君は転入生だったな? ならば、あの事故のことを知らないだろうから言っておくが――」
「教官、今俺が聞きたいのは、訓練してもいいのか、しちゃダメなのかって事だけだぜ?」
それは、いつかエリシアの口から直接聞きたい。
「……もしもの時、一番危険に晒されるのは君だが、それでもいいのか?」
「構わないぜ。ここは冒険者の育成機関なんだろ?
冒険者になったら危険なんてつきものだろ?
なら今のうちから進んで危険を味わいたいくらいだね」
「……ふっ――」
俺の言葉にエルフの教官は苦笑しつつも、
「ラーニア教官は随分面白い男を拾ってきたようだな。
いいだろう、やってみろ。
他の生徒は教室に戻っても、この場に残って見学するも自由だ。
見学をするものは一定の距離をあけ、私が張った防御魔術内から出るな」
意思決定を下すと直ぐに指示を出していった。
どうやら俺達が訓練することを認めてくれたらしい。
「時間はもうほとんどないが、次の授業の鐘が鳴るまで好きにしろ」
「了解。エリシア、俺はいつでもいいから、お前のタイミングで始めていいぜ」
「……わかった」
精神を研ぎ澄ますように、エリシアは瞳を閉じた。
周囲はざわざわと喧噪に包まれている。
どうやらこの場を去った生徒はほとんどいないようだった。
なんだかんだ言っても、ライバルの様子が気になるということなのだろうか?
「……――いくよ、マルス!」
エリシアは動いた。
俺の目から見て、左を走る。
戦闘教練室で戦った時はわからなかったが、白銀の鎧を纏っている割に、その動きは素早い。
走りながら俺に向かって手を伸ばし――
「――閃光よ」
光を利用した魔術を唱えたようだ。が、何も起こらない。
「っ――閃光よ! 閃光よ!」
ムキになるみたいに、何度も何度も声を上げる。
しかし、まるで魔術を行使できる気配はなかった。
魔術を行使することに必死で、エリシアの足は既に止まっている。
(これじゃいい的だぞエリシア――)
「ぷっ――」
不意に――噴き出すような笑い声が聞こえた。
そしてその声を皮切りに、
「あはははははっ!」
「流石落ちこぼれだ」
「これで元学年首席だっていうんだから呆れるよ」
エリシアを貶めるような誹謗中傷。
「ほんとな。魔術も使えないんなら、とっとと自主退学しろっての」
「授業になんねえじゃん。これじゃ転入生にも迷惑だろ?」
明確な悪意がエリシアを中心に集まっていく。
俺は、これほどの集団と一緒に行動したことなど今までない。
だからこれまで、人と人の繋がり……みたいなものを意識する機会なんてほとんどなかった。
でも、人と人が繋がることは、そう悪いもんじゃないって思ってる。
師匠がいたから俺は生きてこれたし、ラーニアがいたからここにこれて、エリシアと友達なることができた。
それらは確かな幸福だった。
(なのに、なんだこれは……?)
人と人との繋がりは、こんな不快感も生む。
「やめちまえよもう! いても邪魔なだけだし」
「そうだな。やめろやめろ! 冒険者を目指してるのにこれじゃ、生きてる意味ないだ――」
「あ、わりぃ」
謝ったのは俺だ。
――ダンッ! ダンッ! ダンッ!
「ひぃっ――」
「なっ――」
「うおっ――」
炎球を三発、見学者に向かって放っていた。
(あ、腰抜かしてるよ……)
その全ては、教官が張っていた魔術の壁によって打ち消されたのだが……というか、それを計算してワザとやったのだけど。
「て、テメー、わざとっ!」
「いや、ワザとじゃねえよ。手がすべちまったんだ。でもさ――」
少なくとも悪意はない――だが、
「次、俺の友達にふざけたことを言いやがったら、どうなるかわからないぜ?」
周囲の見学者に向かい、明確な怒りを向けた。
「……」
喧噪が一瞬にして静まり、静寂に変わった。
「ここは競争社会なのかもしれないけど、相手を中傷したところで、自分が優位になるわけじゃないんだぜ?」
それだけ言うと、
「じゃあ、続けようぜエリシア」
エリシアに向き直った。
「え――」
当のエリシアはなぜか唖然とした様子で俺を見ていた。
「……で、でも……ボクは魔術を……」
消えてしまいそうなくらい弱気な声を出し、泣きそうな顔をするエリシアに、
「まだ、鐘は鳴ってないだろ?」
「だ、だけど――」
ごちゃごちゃ話しても仕方ない。
折角の機会だ。
本当にエリシアが魔術が使えないのか、色々と試させてもらおう。
「こないなら、こっちからいくぜ」
エリシアに右手を向けた。
「死にはしないだろうが――」
利用するのは火。
鋭く鋭利な炎の魔弾をイメージする。
「当たると痛いぜ」
言葉を言い終える前に――
「なっ――」
目で捉えきれぬほどの高速の炎弾がエリシアを襲った。
慌てて後方に下がり、エリシアは一発目の炎弾を回避する。
「どんどん行くぞ」
次々に撃ち込んでいく。
「くっ――」
バックステップを繰り返すエリシアだったが、そのまま下がり続けるだけでは壁際に追い込まれるだけだ。
「――」
そして、それはエリシアもわかっていのだろう。
身体を横に向け真っ直ぐに走った。
「判断力は悪くない。でも、避けてるだけじゃ意味ないぜ」
俺はさらに手数を増やす。
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
しかしその全ての攻撃は当たらず、地面を抉るだけだった。
「だったら――」
逃げているだけじゃ絶対にかわせない、絶対必中の魔術を撃てばいい。
(なあ、エリシア――お前は魔術を使えないわけじゃないよ……)
そう判断した理由がある。
だから、使わなくてはいけない状況を無理矢理にでも作ってやる。
利用するのは土。
イメージするのは地を穿つ刃。
「避けてみろよ!」
――ゴゴゴゴゴゴゴッ!
地鳴りが起こり、
「これは!?」
巨大な岩の柱が、地の底からエリシアを襲った。
逃げ場はない――それは空中を除いてだが。
「だったら――」
俺の予想通り、エリシアは跳躍した。
しかし、羽でもない限りは空中で身動きを取ることは不可能なのだ。
「さあ、これで逃げ場はないぜ」
事実だけを淡々と呟き、俺はエリシアに照準を定めるように右手を伸ばし炎弾を撃った。