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疑念

「……」


 アリシアはミストレアを引き止めようとはしなかった。

 しかし、その表情は厳しい。

 こうなることを、想定していなかったわけではないだろう。

 だがミストレアの身を案じた結果、


「アリシア。

 自分は、ミストレアを追うっす」

「……私も……行くわ」

「すみませんが、お願いします」

「ミストレアは、友達っすから」


 コルニスは笑顔を浮かべる。

 人懐っこい優しい顔だ。

 犬人ウェアハウンドの尻尾が、任せろとばかりに勢いよく揺れた。


「……何か進展があれば……教えて……」

「勿論です。

 これ以上、犠牲者を出すわけにはいきませんから」


 アリシアの言葉に、イーリナは小さく頷く。

 そして、コルニスとイーリナもミストレアを追った。

 二人がいれば、ミストレアも無理はしないと思うが……。


「……それでアリシア。

 戦闘バトル委員会コミュニティに対する対策は?」


 当然、このままと言うわけにはいかない。

 アリシアの推測が当たっているなら、学院対抗戦の代表選手たち――エリーたちにも危害が及ぶかもしれないのだから。


「いっそ、戦闘バトル委員会コミュニティを潰すニャ?」

「それは最終手段です。

 出来れば戦闘になるのは避けたい。

 結果的に、ミストレアを代表辞退に追いやったのはバルガたちですが、彼らは規律ルールを破ったわけではないですから」

「……確かにな。

 あいつらは、戦うために作られた委員会コミュニティで、戦いをしていただけ。

 何一つ規律ルールは破っちゃいない」


 アリシアの言葉に、ファルトは答える。


「その通りです。

 私たちが何を言っても、学院が許可した規律ルールであることをバルガたちは盾にするでしょう」

「……じゃあ、うちらは何もできねえのニャ?」 


 悔しそうに歯噛みするネネアに、


「そんなことはありません。

 選手を集めて警告を発するだけでも、犠牲者は減るはずです。

 その後、バルガたちがどう行動するかで私たちも対応していく必要はありますが……」

 アリシアは微笑を返した。


「ニャア……。

 なんだかじれったいニャ」

「尻尾を掴む必要があります。

 バルガたちには、確実に何か狙いがあるはずです」

「選手を陥れて、代わりに選出したい生徒がいるとかか?」

「それは可能性の一つですね。

 ただ、そうなると既に学院対抗戦の代表選手であるバルガになんのメリットがあるのか」


 確かに。

 もしバルガが主犯なのだとしたら、そこにはリスクしかないように思える。


「ミストレアも言っていましたが、バルガが戦士であるという意見には私も同意します。 姦計を図るようなタイプではないはず。

 バルガが主犯格だとすると、やっていることがまどろっこしいと言うか……」

「なるほどな。

 アリシア、お前はこの件に黒幕がいると思ってるのか」


 ファルトの言葉を、


「その通りです」


 アリシアは肯定した。


「黒幕……?

 一体、誰が……?」

「それはわかりません

 何かしら糸口を掴むことが出来れば、この件を解決出来るように思うのですが……」


 糸口――黒幕がいるとするなら、それを知っているのは戦闘バトル委員会コミュニティに連なる者だろうか?

 それとも他の誰かか……?


「いっそ……バルガ本人に聞いてみるか?」

「答えてくれるなら、話は早いですが……」

「無理だろうな。

 それがバルガにとって知られてはマズいことなら、拷問にかけたとしても口を割らなそうだ」


 俺よりもバルガを知る二人がそう言うなら、間違いないだろう。


「口を割らないというのは勿論ですが、

 バルガに直接というのは避けたほうがいいでしょう。

 黒幕がいると仮定した場合、バルガの行動が自身の意志かも怪しくなるので」

「……つまり、脅されて仕方なくやっていると?」

「あくまで可能性の話ですが。

 ただ、バルガを陰から操っている者がいるのは間違いないと思います」

「でもよアリシア。

 バルガは、かなりつえーニャ。

 それを操れる相手っていうと、限られてるんじゃニャいか?」

「ええ……。

 少なくとも……生徒ではないのかもしれません」


 生徒ではない。

 そうなると、


「まさか、教官たちの誰か……?」

「もしくは――魔族ではないかと私は考えています」

「魔族……!?」


 魔族――魔王の眷属である魔人たちによる、この学院への襲撃は記憶に新しい。


「だが、学園の内部に魔族はいない。

 学園長はそう言ってたよな」


 小人族の教官――スミナが魔族に操られていた一件の後。

 学園長は直ぐに調査を開始したと言っていた。

 結果――少なくとも学園長が感知できる範囲内には魔族はいないことがわかっている。

 今も教官たちが警戒を続けているものの、魔族が現れたという報告はなかった。


「これも可能性の一つです。

 ただ、こうでも考えない限りはバルガの行動は不可解です。

 たとえば、スミナ教官のように家族を人質に取られている。

 そんな可能性さえあるでしょう」

「ニャぁ……。

 なんだか面倒なことになってきたニャ……」

「私の考え過ぎであればそれでいいのです。

 ですが……万が一を考えて行動するに越したことはないでしょ?」


 慎重なアリシアらしい。


「この件に関しては、私からリフレ教官に相談してみようかと思います。

 生徒同士の問題には不干渉だとしても、魔族が関わっているとなれば教官方も動かざるを得ないでしょうから」

「生徒会の顧問でもあるし、たまには働いてもらうか」

「ニャは。

 そりゃいいニャ。

 どうせ図書館でだら~っとしてるニャ」


 酷い言われようだった。

 だが、三人の表情を見る限りリフレに対する信頼は窺えた。


「選手たちへの警告はいつするんだ?

 リフレに相談したあとか?」

「そうですね。

 この件を相談した後、早くて明日中には」

「わかった。

 なら、それまではこの件に関しては伏せておいたほうがいいな」

「はい。

 余計な混乱を避けたいので、そうしていただけると助かります」

「その後の俺たちの行動は、バルガの動き次第ってことだな」

「はい。

 もし動きがあれば何か掴めるかもしれない。

 何も動きがないなら、それでも構いません。

 生徒への被害を抑えられるのであれば、それに越したことはありませんから」

「今のうちに俺に出来ることはあるか?」


 俺が尋ねると、


「……もしも可能なら、今日だけで構いません。

 ファルトと共に戦闘バトル委員会コミュニティの様子を窺ってもらうことは可能でしょうか?

 戦闘に参加する必要はありません。

 ただ常識を超える範囲で生徒に危害が及ぶようなら、戦いを止めていただきたいです」

「わかった」


 そのくらいなら容易いことだ。


「それじゃあ早速行くか」


 ファルトが席を立つ。


「様子を見るだけじゃつまらないからな。

 マルス、折角だから軽い運動でも付き合えよ」


 そしてニヤッと笑い、こんなことを言ってきた。

 これは要するに、俺と試合をしろ。という意味だろう。


「あ、あなたたち……」

「本気になりすぎて、怪我すんニャよ……」


 アリシアは頭を抱えて。

 ネネアは呆れるように言った。


「ははっ、それじゃあ行くか」


 そんな二人を見てファルトは笑い。

 俺たちは生徒会室を出て、戦闘バトル委員会コミュニティに向かった。




         ※




 戦闘バトル委員会コミュニティは、戦いを求める生徒たちの熱狂に包まれていた。

 ミストレアの件があっても、この場は何も変わらない。

 ただ弱者が消えただけだと、そう言わんばかりだ。


「相変わらず血生臭い場所だなここは」


 ファルトが言った。

 すると、この場にいた者の視線が俺たちに集まる。


「マルス、大注目じゃないか」

「いや、お前を見てるんだろ?」


 微笑を浮かべて、そんな軽口を言ったファルトが、ある人物目がけて歩き出す。

 腕を組み仁王立ちする男――バルガの前に立った。


「バルガ。

 いつも突っ立ってばかりで暇だろ?

 たまにどうだ?

 おれたちと試合でも」


 静寂が闘技場コロッセウムを支配する。

 予想もしなかったファルトの言葉。

 だが――想定外の出来事はこれで終わらなかった。


「……いいだろう」


 バルガがそれに乗っかってきたのだった。

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