家政婦の真似事②
暫く部屋の前で待っていると。
ギギギ――と、ゆっくり部屋の扉が開いた。
視線の先には、家政婦服に身を包んだエリーが立っていた。
「え、エリー……その……だな……」
先程の光景が脳裏に過ぎる。
「……」
エリーは何も言ってくれない。
真っ白い肌を紅潮させているのは、羞恥心で高揚しているからだろうか?
ただ、唇をきゅっとさせ、じ~っと責めるような眼差しを向けてくる。
銀髪の家政婦による無言の圧力が俺を襲った。
(……あ、謝ったほうがいいのだろうか?)
だ、だが、どう謝ればいい?
見てしまってすまない? とでも言えばいいのだろうか?
「エリシャさん、何やってるんですかっ!?
マルスさん、早く中に入ってラフィを見てください!」
部屋の中から、ラフィの声が聞こえた。
思いのほか、ウキウキと声が弾んでいる気がする。
(……一体、これから何が起こるとしているのだろうか?)
不穏な影が心に差す。
だが、どちらにしても今は進むしかない。
「は、入ってもいいか?」
「……マルス」
「な、なんだ?」
「……エッチ」
不可抗力だ。と、直ぐにでも否定したかったのだが。
「すまない」
言い訳は不要だと判断し、俺は素直に謝罪した。
「……反省してる?」
「も、勿論だ。
嫌な思いをさせてすまない」
「……わ、私は、嫌ではなかったけど……み、みんなが……」
「ん? 嫌じゃなかった?」
「ぁ――……と、とにかく、入ってマルス」
「怒っていないのか?」
「うん。
元々は、私達が部屋をちゃんと閉めていなかったのだって悪いんだし……」
エリーは優しく破顔してみせた。
どうやら許してもらえたようだ。
「も~~~!!! 何をごちゃごちゃ話してるんですか!!」
待ちきれなくなったように、エリーを押しのけてラフィが扉から出てきた。
やはり、エリーと同じく黒と白の二色で構成された家政婦用の服を装着していた。
ネルファも装着しているが、この装備には頭の被り物がワンセットなのだろうか?
「さ、入ってください。
マルスさん」
そのままラフィに腕を引かれ、俺が部屋の中に入った。
カチャン――という音が聞こえたのは、後から入ってきたエリーが扉を閉めた音だろう。
同じ失敗は二度しないように心掛けていたのかもしれない。
「ご主人様、どう?」
「似合う?」
「服を着ているということは素晴らしいことだな」
ルーシィとルーフィの姿が見えた時、安心感が胸の内から湧き上がってきてしまった。
「ご主人様、喜んでくれた」
「この服、効果覿面?」
何の効果だ?
ただ、二人の顔に小さな笑みが咲いたので喜んでくれているようだ。
「マルスさん、マルスさん、ラフィはどうですか?
可愛いですか? 見惚れましたか? 思わず襲いたくなりますか?」
「襲いたくはならないが、可愛いと思うぞ」
「?! ま、マルスさんがラフィを可愛いと言ってくれるなんて……」
たったそれだけのことで、ラフィは神に祈る修道女の如く天に感謝を捧げている。
「決めました。
ラフィ、明日からこの格好で学院に通います!!」
「ラーニアの怒りを買いたくないのであれば、制服で来ような」
ぽわぽわと幸せそうな表情を見せるラフィに、俺の声など届いていなかった。
「さあマルスさん!
取りあえずお座りください!!」
意気揚々と座るように促された。
ラフィは物凄くやる気に満ち溢れ、そして楽しそうだ。
ルーシィとルーフィは、表情に変化はないもののどこかウキウキとしているのが伝わってくる。
(……と、取りあえず、言われるままに座るか)
部屋の中央に設置した机まで移動し、適当に腰掛ける。
すると俺の正面――机越しにエリー、ラフィ、ルーシィ、ルーフィと横並びになり。
「今からラフィ達が、マルスさんをご奉仕します!!」
ラフィの兎耳がぶんぶん揺れ。
エリーは羞恥心からなのか悶え。
ルーシィとルーフィは肯定の意思をを告げるように頷く。
「……ご、ご奉仕?」
一体何をするつもりなのだろうか?
奉仕というのは他者の為に尽くすことだと認識している。
そもそも。
「その格好はなんなんだ?」
「家政婦服です!!」
言って、ラフィはその場でくるりと一回りし、ひらひらのスカートをちょんと摘み可憐に微笑んだ。
その姿は可愛らしくはあるのだが。
「それは見ればわかる。
どうしてその服を着ているんだ?
そもそも、どこで手に入れてきた?」
「イーリナ先輩が」
「貸してくれた」
やはり首謀者はあの先輩か。
「色々と作戦を授けていただきました!」
「作戦?」
何が目的の作戦なのだろうか?
「ほ、本当にやるの?」
エリーは乗り気ではないのか、その表情には不安の色が見える。
「ならば、エリシャさんはお帰りください。
最大のライバルが自ら下りてくれるというのであれば、これほど楽なことはありません」
「ら、ライバルって……わ、私はそんなのじゃ……」
挑発的な笑みを向けるラフィに、たじろぐエリー。
そんなやり取りを二人がしている間に、双子は俺の隣の席にちょんと座った。
「ご主人様、お膝貸して」
「ご主人様のお膝でお昼寝」
もう夕陽が出ているので、昼寝という時間ではないように思うが。
二人はそんな細かいことなど気にする様子もなく、椅子を並べてベッドの代わりを作ろうとしていた。
「ちょ!? 双子!! 奉仕するのはラフィ達です!
あなた方が奉仕されてどうするのですか?」
「兎、うるさい」
「眠れない」
「寝なくていいです!!」
ラフィの手により、双子が並べていた椅子は全て元に戻されていった。
「ふぅ……さてマルスさん。
誰にご奉仕していただきたいですか?」
(……そんなことを問われても困るのだが)
「遠慮せずに」
柔らかい物腰ではあったが、その言葉は重く拒否権は与えられていないように感じた。
「もうマルスさんの頭の中では誰か決まっているはずです!!」
いや、決まっていない。
「決まっていないなら、想像してください!!」
言われて頭の中に思い浮かんでのは。
1、エリー
2、ラフィ
3、ルーシィ、ルーフィ
4、ラーニア
5、アリシア
6、セイル
こんな感じだった。
5月10日の活動報告に2巻発売記念SSを載せております!
合わせてお楽しみいただければ幸いです。