委員会での実戦訓練③
「ミストレア……」
「……っ……油断、してしまったな……」
情けないと声音を震わせるミストレア。
背中の傷を確認したが、致命傷ではないものの傷は深い。
だが、止血さえ済めば問題はないだろう。
「大丈夫だ。
この程度なら直ぐ――」
「――ま、マルス君!?」
痛みに表情を歪めていたミストレアが俺の名を叫んだ。
その視線は俺の背後に向いて――。
ザッ――と風を切り裂く音が聞こえた。
それは剣が振り下ろされた音――。
「……不意打ちは卑怯だなど言うつもりはないが」
「――なっ、ど、どうし――」
それがわかったのは、俺が相手の背後を取った為だ。
驚愕する男の声が聞こえたが、俺は構わず頚椎に手刀を振り下ろした。
「っ……」
微かな声を漏らし地面に崩れ落ちる。
抵抗する間など一切与えず無力化した。
「なあ審判、試合を止めなくていいのかよ?」
「なぜ止める必要がある?」
この委員会の長であり、この試合の審判でもあるバルガは即答した。 他者を威圧するような鋭い眼差しを向ける鍛冶人の男に、俺は続けて口を開いた。
「規則では殺しは禁止のはずだが?」
「この場で誰が死んだ?」
俺の質問に質問を返すバルガ。
揺らぐことの無いその態度は、戦闘の規則に則っていると語っているようだった。
確かにミストレアは死んではいない。
だが、この怪我を放置しておけば無事では済まない。
「ミストレアはまだ負けてない。
彼女が一言でも降参を口にしたか?」
――あのまま試合が続いたとして、ミストレアが降参を口に出来ただろうか?
「……い、いんだ……マルス君。
バルガの、言う……通りだ……」
「ミストレア……」
「助けて、もらってなんだが……すまない、降参だ……」
自らの口から降参を口にするミストレア。
すると。
「治癒魔術が行使できる者は急ぎ治療を」
と、バルガは告げ。
直後――数人の生徒がミストレアに駆け寄り、戦闘場から槍の姫が退陣していった。
戦闘の委員会に所属している生徒たちだろうか?
随分と規律が取れているようだ。
「マルス、まだ試合は終わってないぞ?
最初に言ったが、この場では最後まで勝っていた者が勝者だ」
確かに言われていた。
が、俺はてっきり殺さない範囲で戦闘不能にしろ。
という風に認識していた。
「……」
しかし、そうではない。
戦闘という名前が付いているだけのことはあるようだ。
相手を殺さなければ、どんな危険行為も許される。
ここは、そんな無法者たちの闘技場なのだろう。
だからこそ――治癒魔術が行使できる者を常時配置している。
認識を改めつつ、俺は戦闘場に立つ残りの生徒を無力化した。
「勝者――マルス・ルイーナ」
審判による勝利宣言により、完全に試合は終了した。
※
ミストレアの治癒は無事終わった。
血を流した者の直ぐに治療した為、致死量に到ることはなく。
念の為、医務室まで行き修道女ユミナにも怪我の具合を見てもらったが、一日安静にしていれば問題ないということだった。
「すまない、本当に情けないところを見せた。
先輩として、もう少しカッコいいところを見せたかったんだがな……」
心配を掛けまいと冗談を言ったようだが、彼女のその表情は暗い。
医務室のベッドに身体を倒しながら、
「すまない。
少し休みたい……」
「わかった」
ミストレアの要望を聞き、ユミナの挨拶をし医務室を出た。
※
階段を上り、交流の委員会に向かう。
(……それにしても)
戦闘の委員会に顔を出す生徒は、自主的に試合に臨んでいる。
誰かに強制されたわけでもなくだ。
規則上、生徒会が立ち会う必要すらなく、学院側が試合することを認可した委員会。
本人の同意がある以上は問題はない。はずなのだが――。
『この場でなら、気兼ねなくお前をぶっ倒せる』
ミストレアを襲った男の一言が、どうにも俺は気になっていた。
切磋琢磨する者同士の会話であるなら問題はないのだが。
(……アリシアが言っていたこともあるしな)
い
少し前に、生徒会長である黒髪の森人が言っていたこと。
『代表選手に選ばなかった生徒が、逆恨みで選手を襲うことが――』
少なくとも学院対抗戦の代表選手は、戦闘の委員会の参加を控えるべ――。
「マルスさん、やっと見つけました!」
機嫌の良さそうな声音は、ラフィのものだった。
目を向けると。
「ご主人様、どこにいた?」
「ご主人様のこと、探してた」
ラフィだけではなく、ルーシィとルーフィと、
「ね、ねえ。
本当にするの?」
「当たり前です!
エリシャさんはこのまま現状維持でいいんですか!?
とにかく、勝負は明日ですから!」
戸惑いを浮かべるエリー。
それとは対照的に兎人の少女は何やらやる気のようだ。
四人はそれぞれ階段を下りてきた。
「イーリナとの話は終わったのか?」
「う、うん。
それで今日は解散になったんだ」
頷く銀髪の少女の顔が少し赤み帯びている。
「一緒に帰ろうと思って、マルスさんを探してたんです!」
「お腹も空いた」
「ご主人様、今日は帰る」
双子の闇森人が、俺の腕を掴んだ。
右腕をルーシィ、左腕をルーフィが占拠する。
このパターンだと、ラフィが怒声を上げるかなと思ったのだが。
「では、ラフィはマルスさんの胸の中に――」
ピタッ――と胸に抱きついてきた。
「……帰るんだよな?」
「はい。行きましょう」
「みんな……それじゃマルスが動けないよ……」
エリーが呆れるように溜息を吐き、ラフィや双子を諌めた。
恨めしそうな顔を見せつつも、三人は仕方なさそうに俺から離れ。
「マルスさん成分を補給できました。
さあ、帰りましょう!」
それから、俺たちは戦闘の委員会に行き、セイルと合流してから宿舎に戻った。
委員会を出る直前、視線を感じた気がして俺はバルガに目を向ける。
が――彼は俺のことなど気にもせず、ただ試合の審判を続けているだけだった。