委員会での実戦訓練
正式に認可された委員会は全て八階に集められ、委員会部屋を一つ割り当てられる。
しかし、委員会部屋の広さを考えると、とても訓練に使用できるような空間ではないのだが――。
「ここが戦闘の委員会だ」
扉の先には、戦闘教練室と同じ闘技場を模した施設が広がっていた。
既に多くの生徒たちが入り乱れるように実戦形式の訓練を行なっている為、
――ガアアアアアアアアアアアアン!
――ドカアアアアアアンッ!!
魔術が豪快にぶっ放され、壁や地面を穿つ轟音や、
「ぶっ殺せ!!」
「おいおい、もうへばってんのか!?」
「全く成長してねえんじゃねえか?」
罵詈雑言のような蛮声が室内に響き、緊張感を伴う戦いの熱気が伝わってくる。
授業以上に荒々しい。
この場はまるで、無法者たちの集いのようだった。
「どうだ? そこそこ楽しめそうだろ?」
「そうだな。
観戦している分には楽しめそうだ」
などと会話を交えながら観戦席に足を運ぶと。
「なんだマルス君も来たのか」
女性――だが精悍な声音が俺の名を呼ぶ。
その声に顔を向けると。
「ミストレア先輩も訓練に?」
「ああ。
訓練の後、宿舎に戻ろうかとも思ったんだが。
もう少し身体を動かしたくなってな」
颯然とした佇まいで、ミストレアはハキハキと返答した。
「ワタシは次の試合に参加するつもりなんだが、キミもどうだ?」
さらに訓練に誘われた。
ここが戦闘の委員会である以上、訓練に誘われるのは当然の流れか。
「悪いが、もう先約があるんだ。
今日はセイルの訓練に付き合うことになっててな」
俺が隣に立つセイルを見ると。
「マルス、問題ねえよ。
ここでの試合は基本的に複数人入り乱れてやるんだ」
「その通り。
だからワタシとセイル君、そしてマルス君が同時に対戦することが可能だ。
その代わり、複数人の敵に対処しなければならない事態もあるが」
実力が近しい者同士であれば、一対二では勝ち目はない。
そういった状況での対処を学ぶのも、この委員会の活動の一環というわけか。
「なるほどな。
なら問題ないぞ」
「そうか。
では今やっている試合が終わり次第、始めるとしよう」
ミストレアは満足そうに頷き。
「キミが来ただけで、今日は大賑わいになりそうだな」
含みのある一言を俺に向けた。
だが、その理由は明白で。
こちらの様子を窺う生徒たちの視線が、明らかに俺に集まっている。
そこから感じられる感情は、恐れや敵愾心というよりは興味に近いようだ。
「胸を借りさせてもらうぞ」
精悍な麗人が、俺の胸を手の甲でポンと叩いた。
そして俺たちは、先に行なわれていた試合が終わるのを待った。
複数人で繰り広げられ多くの魔術が飛び交った派手な戦いも、最終的には残すところ三人。
だが三人の内、一人は無視されているかのように戦いが始まった。
その二人もお互いの手を知り尽くしているのか、完全に泥仕合となり。
魔力が切れたのか、最終的には魔術なしのただの殴り合いで決着が着いた。
(……なんだかラーニアとリフレの喧嘩を思い出すな)
これで、闘技場に立っている者は二人になったのだが。
「終わったな」
試合の行方を見守っていたミストレアが口を開いた。
「? まだ二人立っているじゃないか?」
「マルス、あの真ん中に立ってるのは審判だ」
セイルが言った。
この泥仕合に審判がいたのか? と軽い驚きと疑問を感じていると。
「名目上、これは訓練だからな。
審判くらいはいるさ。
この委員会に所属する者が審判を務めているんだ。
ちなみに、あそこに立ってるのはこの委員会の代表だな」
ミストレアに言われ、俺は男の顔を捉えた。
すると男も、射抜くような鋭い眼光をこちらに向ける。
ゴーレム――と喩えるのは大袈裟だが、観戦席から見ても随分と大柄だとわかる男だ
「そうだ。
折角マルス君が来たのだ。
試合を始める前に彼を紹介しておこう」
即断即決とばかりに、ミストレアは観戦席から立ち上がり。
「付いてきてくれ」
そう言って、観戦席から戦いの場へと向かった。
俺とセイルは、言われるままにその背中に付いていく。
「次、試合に参加したい者たちは下りてこい」
俺たちが闘技場の中心――男のいる場所に足を運ぶと。
大柄な男の口から、剛健さを連想させる堂々とした声が聞こえた。
「バルガ、ワタシたちも参加させてもらうぞ」
ミストレアは大柄な男をバルガと呼んだ。
「断りを入れる必要はない」
「そうか。
だが初めてここに来る者もいるからな。
挨拶ついでだ」
「……マルス・ルイーナか」
バルガと呼ばれた男が俺を見下ろす。
遠目からでもわかったが、近くで見ると更にそのデカさがわかる。
身長は二メートルを軽く超える程だろうか?
まるで巨大な岩石を想起させるような男だ。
「バルガ――先輩と呼べばいいか?」
「学年が上だからと敬う必要はない。
好きに呼べ。
この学院のトップはお前だ」
どうやら実力主義を体現するような男らしい。
微笑すら浮かべない硬い表情は、一見気難しいように感じなくはないが。
「そうか。
なら俺のことも好きに呼んでくれ」
「……」
黙って首肯を返した。
「ちなみに彼はこう見えて鍛冶人なのだそうだ」
「そうなのか?」
容姿からして人間にしか見えない。
鍛冶人と言えば身長が低く、象徴とも言える髭を蓄えているもののはずだが。
(……それは俺の固定観念だったのか)
だが、確かにこの服の上からわかるほどの強靭な肉体は鍛冶人と言われれば納得できなくもない。
「見ればわかることを、何故説明する必要がある?」
「う~ん……まぁ、一応だ。
マルス君とバルガは初対面だからな」
低く重厚感のある声音で尋ねるバルガに、ミストレアは苦笑を返した。
見ればわかる……と言うことは、やはりバルガのような鍛冶人も多くいるということなのかもしれない。
「それと、バルガも学院対抗戦の代表選手なんだ。
セイル君と同じ種目だったかな?」
セイルは肯定と、バルガへの挨拶を兼ねるように頷いた。
直後。
「余計な話は終わりだ。
いい加減、試合を開始するぞ」
強靭な鍛冶人の目は俺たちの後ろに向いていた。
どうやら既に試合に参加する生徒たちが揃ったらしい。
「あんたは参加しないのか?」
「当然手合わせしてみたい。
が、この場でそれはできん。
俺はここの代表だ」
言葉少なにそう答えて。
「規則はシンプル。
最後まで立っていた者の勝利だ」
俺に説明しているのだろう。
だが、先程試合を見ていたのでおおよそ理解している。
要するに殺さない範囲で相手を戦闘不能にしろ。
そういうことだ。
「では、試合に参加する生徒は距離を取れ」
参加メンバーは十人――ミストレアを除き全員男だった。
種族は様々だが、気性が荒そうな者が多い。
そんな荒くれ者たちの荒んだ目が、なぜかミストレアに向いている。
(……なんだ?)
だが――それは俺の気のせいだと言うように視線が散った。
「では――試合を開始しろ!」
その掛け声と共に、試合の火蓋が切られた。
(……さて、どうするか)
周囲の様子を見渡すと。
「っ――」
参加メンバー十人の内、五人がミストレアに襲いかかっていった。