競技仲間との交流③
ミストレアが話し終えると、イーリナが話し始めた。
「……私は……魔術は……そこそこ……。
……でも……接近戦は……苦手……」
他人の能力を見た目で判断することは愚かなことだが。
イーリナは見るからに魔術を得意とするタイプに見えた。
顔を覆い隠すほどに伸ばされた髪と、途切れ途切れの言葉から放たれる異様さが原因かもしれない。
異様――というか不気味だろうか?
どちらだとしても、全身から鬱屈した雰囲気を醸し出していることに変わりないが。
「……上級魔術も……使えるわ……」
「上級魔術!?
ぼ、……まだ……行使で……ないというのに……」
ツェルミンは席を立ち驚愕の叫びを上げた。
後半の方はボソボソとした声だったので良く聞こえなかったが。
ミストレアが言っていた、三年で上級魔術を行使できる者の一人がイーリナだったようだ。
「イーリナは三年でも成績上位っすから。
魔術に関してはアリシアの次くらいに凄いんじゃないっすかね?」
「そうだな。
リナの魔術は目を見張るものがあるぞ」
コルニスとミストレアは、イーリナを高く評価しているようだ。
「系統は? 攻撃魔術ですか? それとも補助魔術?」
これにはノノノも興味を持った様子で口早に質問していた。
「……土系統……木々……葉……も……媒介として……利用するわ。
攻撃魔術は……苦手……ね……」
「つまり、行使できる上級魔術は補助系ということですか?」
ノノノの問いにイーリナは首肯した。
「攻撃魔術は一切使えないのですか?」
「……全く……行使できない……わけではないけど……。
行使……できるのは……初級の魔術……ばかりよ……」
続いてツェルミンの疑問にも答えたかと思うと。
イーリナは髪で覆い隠された顔を俺の方に向けた。
「……マルス君は……何か……聞きたいことは……あるかしら……?」
そんなことを聞いてきた。
まるで心を見透かすことができるようだ。
この不穏な少女の言う通り、俺には尋ねたいことがある。
「質問は二つ。
先輩は技能、もしくは精神魔術が使えるか?」
「……ええ。
技能……使えるわ……」
イーリナの発言に、黙って話を聞くことに徹していたラフィの兎耳がピクッ震わせた。
同じ技能保有者として、彼女の能力が気になったのかもしれない。
「先輩、まさかとは思いますが相手の心を操作するような技能ではないですよね?」
「……あなたが……心配するような……力じゃ……ないわ……」
「ではどんな技能なのですか?」
「……私は……相手の思考が……読める……の……」
「なんだそれなら安心――って!?
そ、そんな便利な技能が使えるのですか!?」
興奮したように声を荒げた。
興味なさげに落ち着きを見せたかと思えば、再び興奮した様子でミストレアを凝視しているから。
「……う、うん……」
「な、なんということでしょうか……。
ラフィ……先輩とは是非親しくしておきたいです!」
「おいラフィ、貴様は競技のメンバーではないだろうがっ!」
「同じ学院に所属しているのですから、先輩方と良好な関係を持ちたいと思うのは当然です! それとも、学院の定めた規定に違反しているとでも?」
「ぐっ……そういうわけではないが……」
あっさりと言い負けてしまうツェルミン。
「まあまあ、いいじゃないツェルミン。
ここは交流の委員会なんだから」
「むぅ……」
不服そうではあったが、ノノノの説得にツェルミンは口を閉じた。
生徒会の補佐的な役目を与えられているこの委員会だが、様々な生徒と交流を持つことも活動の一環だ。
交流のメンバーらしく、ラフィは自らそれを実践しようというのだろう。
「……私は……構わない……わ……」
「ありがとうございます!
では今日からラフィとイーリナ先輩はお友達です!」
「……よろしく……」
「なんだとっ!?」
思わず声を上げてしまった。
素直に驚いたのだ。
ラフィがあまりにも友達を作ることに成功したことに。
「マルスさん、どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない」
「……ふふっ……マルス君……可愛い……わ……」
「ん……? 先輩、今なんと言いましたか?」
「……安心……して……。
ラフィの……考えているような……感情では……ない……わ……」
「ならいいのですが……」
口ではそう言いつつも、ラフィは訝しむようにイーリナを見ていた。
表情が窺えない為、そんな風に見ても仕方ないのないことなのだが。
「……でも……マルス君とは……仲良く……なりたい……わ……」
「? そうなのか?」
「おいおい、リナ。
交流を深めるのは構わないが、取りあえず話を戻さないか?」
ミストレアに言われ、イーリナは頷いた。
長い髪がサラッと揺れる――が、やはり顔は見えない。
「……もう……一つの……質問は……?」
「試合後にツェルミンやノノノに聞いたのだが、どうやら俺だけが先輩の姿が見えていなかったようなんだが?」
俺が先輩に最も尋ねたかったのはこれだ。
試合中――イーリナの声だけが聞こえ、姿や気配を確認することが出来なかった原因はなんだったのか。
それがずっと引っかかっていたのだ。
「……あれも……技能……。
……対象者……一人の……認識から……外れる……ことが……できる……。
こっちは……発動すれば……意識的に……解除しない限り……効果継続……」
「先輩は技能を二つ保有しているのか?」
「……うん……」
技能保有者自体、そこまで珍しい存在ではない。
しかし、二つの技能を保有している者はかなり稀ではないだろうか?
三年生は平然としているが、ツェルミンとノノノは目を丸めて驚愕を露にしていた。
これほど便利な技能を二つ保有していれば、イーリナがこの競技のメンバーに選ばれるのも納得だ。
彼女がいるなら、この鬼喰という競技に関してはかなり有利になるだろう。
「……あとは……二年生の……話を聞かせて……」
自分への質問はこれで終わりとばかりに、イーリナが話を振ると。
「では僕から話そう」
得意気に、ツェルミンは話し出した。
「決して近接戦が苦手なわけではないが、どちらかといえば魔術を使った遠距離戦が得意だ。
上級魔術は『まだ』行使できないが、中級魔術はいくつか使える。
特に水系統の魔術が得意だ」
確かにツェルミンは二年の生徒の中では魔術に長けた印象だ。
訓練を見ている限りでは、能力自体は高いほうだろう。
だが、精神面が甘いのが少し気になるところだ。
技術を磨く以上に精神鍛錬を積むことが今後の課題のように思うが。
(……それを直接伝えても、ツェルミンは素直に聞かなそうだな)
そんなことを考え、俺は思わず苦笑を浮かべた。