デモンイーター(訓練)⑤
「あんたたち、なんで負けたかわかる?」
ラーニアの下に戻った途端、そんな風に問いかけられた。
この発言はこの場にいる全員にではなく、明らかに代表選手六人に向けられたものだった。
三年は何も答えない。
だがその表情に戸惑いはなく、まるで負けた理由を理解しているかのように見えた。
「試合は二年と一年の混合チームの勝ちよ。
もっとも速く三人の選手が勝利条件を達成させたわ」
だから試合終了の合図を出したのはわかるが。
「まだ試合は始まったばかりではないですか?
こんな早く勝利条件を満たせるなんて、よっぽど楽な勝利条件を引いたのでは?」
ツェルミンがそう思うのも無理はない。
だが、だとしても早過ぎる。
一人だけならまだしも、選手は三人いるのだ。
(……考えられるとすれば)
「勝利条件の問題じゃないのよ。
試合が始まる前に、あたしは四つのチームを集めて一つだけ指示を出したの。
もし代表選手以外のチームと合流できたなら、協力して勝利を目指せってね」
そう――協力者でもいなければ、こんなに早く条件が満たせるわけがない。
「ちょ、ちょっと待てくれ!? それでは、そいつらは全員ぐるだったと!?」
「言ってしまえばそういうことね」
「それでは勝てるわけないではないかっ!」
教官に対しても物怖じせず(感情に任せているだけな気もするが)怒りを発露するツェルミンだったが。
「ツェルミン、あんた馬鹿なの?」
「ばっ――!?」
ラーニアに一蹴された。
ポカンと開いた口が塞がらないツェルミン。
「協力禁止だなんて、あたしは一言も言ってないわよ?
そもそも、この鬼喰は協力者がいなければ勝利条件を一つ満たすことすら難しい競技なんだから」
今の話でそんなことも理解できなかったのか? とラーニアは侮蔑に近い視線を向けて。
ツェルミンは悔しそうに眉を顰めた。
「何の為に同じ学院から二チーム出せると思ってんのよ?
協力して優勝を目指す為でしょうが?
三年はそれくらいわかってるわよね?」
「はい」
「……一応……去年も……出場してる、から」
「え? わかってたんっすか?」
コルニスを除いた三年生二人が、ラーニアの言葉に首肯した。
「なら、どうして協力を持ち掛けてくれなかったんですか?」
「そ、そうだ! そちらが提案を持ち掛けてくれればーー」
「提案に乗ったと?」
ミストレアの鋭利な声が、ツェルミンの発言を切った。
「裏切られるのでは? と、キミたちは考えたと思うがね」
(……信じられるのは自分のチームだけか)
試合が始まる直前、俺たちはそんな話をしていたっけ。
「……確かにその通りだな」
「ぐっ……」
「猜疑心がなかったなんて言えば、それは嘘になるよね」
ツェルミンは不満そうにギリギリと歯ぎしりをしているが、否定はしなかった。
あの時の俺たちの心理状態で、提案を飲むということはなかっただろう。
「それをわからせる為の試合でもあったのよ。
両チームが一位二位ってのは確かに理想だけど、はっきり言って無理よ。
なら協力することでどちらかのチームをより高い順位に。
これはそういう競技。
本戦ではチーム数や選手の人数も多いから、そもそも同じ学院の仲間と遭遇するまでが問題なの」
状況次第でどちらかを勝たせる為に動く。
少しでも勝つ確率を上げる為なら、それもやむなしと考える必要がある……か。
「勝利条件が少し曖昧だったのは、勝利条件を緩くしていたってことか?」
もしくは、最初から俺たちを勝たせるつもりがなかった為、
ラーニアが自分の都合で解釈を変更できる条件にしたのか。
「ああ、あれは時間がなかったから適当に決めただけよ。
そもそも、この一戦目に関しては、あんたたちが勝つ可能性は低いと思ってたもの。
ただ、それでも協力し合えば勝利条件を満たすことは容易だったでしょうけど」
皮肉っぽい笑みを浮かべるラーニア。
(……掌で踊らされていたってわけか)
最初の試合とは言え、まだまだ未熟であったことは十分に理解できた。
「選手の勝利条件を確認してもいいか?」
「ええ」
俺たちはそれぞれ勝利条件の書かれた紙を取り出し、確認しあった。
◯マルス勝利条件
自分のチーム以外の、三人の選手の勝利条件を確認すること。
ただし、直接攻撃をしてはならない。
◯ノノノ勝利条件
自チーム以外のどのチームでもいいので敵チームの鬼を発見すること。
この紙を渡された者は鬼とする。
◯ツェルミン勝利条件
遭遇した敵チームの選手三人と交戦すること。
ただし四人以上と交戦した場合、勝利条件は変更され六人以上と交戦すること。
◯ミストレア勝利条件
敵チームの選手、三人の背中に触れた後、何らかの手段で拘束する。
◯イーリナ
三人の生徒に攻撃を加える。
ただし一度でも攻撃を受けた場合は、勝利条件がリセット。
この紙を渡された者を鬼とする。
◯コルニス
既に勝利条件を満たした選手に触れる。
触れる相手は敵味方問わない。
どれも一チームの協力があれば、容易に達成できる勝利条件ばかりだ。
「さっき曖昧な条件と言う話は出たけど、それだって協力者がいれば自己申告できるわけよ。
間違いなく拘束されました。
紙を奪われ勝利条件を確認されました。
ってな感じでね。
勘違いする者はいないと思うけど、審判がいる以上、嘘を吐いたらバレるからね」
「……協力者と合流するまでをどう行動するか。
それがこの競技の最重要課題というわけか」
「その通りよ」
本戦であれば、途中、他の学院の生徒と交戦する場合もある。
仲間と会うことを妨害される可能性は高いのだから。
「これで協力することの重要性は身に染みたわね?
じゃあ、少し休憩した後、もう一戦やるわよ」
ラーニアの指示の下、俺たちはチームを組み、再び試合を始めた。
チームのメンバーや勝利条件は試合毎に変更し訓練を続け。
「うん……。
まあ、取りあえずこんなもんかしらね」
二試合目以降は代表選手同士で協力することで、勝利を収めることができるようになった。
(だが考えてみれば……)
同時に、俺は協力関係を結ばなくても勝つ方法も思い付いた。
しかし、それは必ずしもできることではないので。
(……現状は作戦には含めないでおくことにしよう)
協力して勝利を目指すという方針自体は間違っていないだろうしな。
それがわかっただけでも、今回の訓練に価値はあったと俺は思えたのだった。