デモンイーター(訓練)④
コルニスの視線が紙を直視し掛けたその時――。
「……コルニス……見たら……お仕置き」
「えっ!? ――って、ちょっとなんなんすか!?」
地面から植物の蔦のような物が伸び。
――バチンッ!!
紙を掴んでいたコルニスの手を払った。
「いった~っ!? まだ見てないんすけど!?」
「……見てたら……もっと……酷いよ……」
イーリナの発言に、コルニスは悪寒でも走ったようにぶるっと身体を震わせた。
(……どこにいる?)
声ははっきりと聞こえるが、イーリナの姿はどこにも見当たらない。
姿が見えないだけではなく気配すらない。
(……できることなら、イーリナの位置だけでも把握しておきたかったが)
「マルス、何をもたもたしている!?」
前方を走るツェルミンが足を止め振り返った。
合わせてノノノも足を止め、ノノノも心配するようにこちらを見ている。
(……考えるのは後だな)
俺は疾駆し二人の後を追った。
直ぐに追いつける――はずだったのだが。
「大地は崩れ……泥濘に変わる――」
その言葉の直後ーー突然、地面がぬかるみ。
(……泥か)
俺は足を取られたが、倒れそうになるのをなんとか堪えた。
だが、足場が徐々に泥濘、足を動かそうとすると、さらに深くに沈んでしまう。
「……ふふっ……マルス君……捕まえた」
再びイーリナの声が聞こえた。
「マルス!?」
「待ってて今――」
ツェルミンとノノノの声が聞こえたが。
「来ないほうがいいぞ」
助けようとこちらに来ようとした二人に言った。
二人の足場が崩れていないことを考えると、イーリナの魔術の効果範囲外にいると考えていいはず。
このまま接近して、二人まで泥濘に嵌まる必要はない。
「……姿は見せてくれないのか?」
「うん……。
だって……そんなことしたら……やられちゃう、から」
イーリナの声が聞こえた。
だが、まるで気配はない。
俺の動きを封じているのに随分と慎重だ。
「動けない相手の前でなら、姿を見せてもいいんじゃないか?」
「……嘘……その割には余裕が……ある」
俺が泥濘からいつでも抜け出せるのでは? と疑っているようだ。
「ふふふ~、マルス君、どうやら動けないみたいっすね?」
ニヤニヤと笑うコルニスに。
「……先程紙を奪われた時はどうなるかと思ったが……」
視力が回復したミストレアが、そんなことを言いながらこちらに近付き、地面に落ちている勝利条件の書かれた紙を拾い、再びスカートのポケットに入れた。
「コルニス先輩。
ズボンのポケットから紙が落ちたぞ」
「え……? だって紙はシャツのポケットに――」
「ばっ――何を口走っているのだ愚か者!」
胸のポケットに触れるコルニスに、ミストレアが激怒した。
「そうか。
胸のポケットに入ってるのか」
それだけ聞いて。
俺は魔術を行使した。
掌に火の元素を集め――大きめの炎球を形成し。
「じゃあ――」
ぬかるんだ地面に叩き付けた。
――ドカーーーーーン!!!
轟音と共に泥を撒き散らせ地面を吹き飛ばすと砂煙が上がった。
そして、泥濘から解き放たれ自由になった足で、炎の魔術により穿たれた地面を蹴り。
「ありがたく貰ってくな」
「っ――ななっ!?」
コルニスのシャツの胸ポケットに入っていた紙を奪い取った後、直ぐにバックステップで距離を取り踵を返し、ツェルミンたちに向かい疾駆した。
「ツェルミン、ノノノ、行くぞ」
一旦距離を取る。
イーリナの姿が見えない以上、一度様子を窺おう。
「バカ者! 動きに付いていけないならせめてしっかりポケットを押さえつけておけ」
「……やはり……あの程度じゃ……ダメね」
「め、面目ないっす……」
申し訳なさそうに謝るコルニスの声が、背中越しに聞こえた。
俺たちは校舎裏から学院校舎正面に移動した。
そこからさらに、足を止めずに走り続ける。
今のところミストレアたちが付いてくる気配はなかった。
「……ふぅ……先輩方は拘束をすることが勝利条件なのかな?」
「恐らくそうだろうな。
ダメージを与えるような魔術は使っていなかった」
「勝利条件よりも、俺はイーリナの姿が――気配すら探れなかったことの方が気になったな」
思っていたことをそのまま口にすると。
「ん? 何を言っているのだ?」
「イーリナ先輩なら、ずっとミストレア先輩やコルニス先輩たちと一緒にいたじゃない?」
二人は走りながらも、訝しむように俺を見た。
「一緒に? あの場にイーリナがいるのが見えていたのか?」
「マルス、貴様には見えていなかったのか?」
「……だとしたら、何かの魔術にかかっていたってこと?」
二人の発言を信じるなら、どうやら俺だけイーリナが見えていなかったようだ。
(……へぇ。
面白い魔術を使うんだな)
真面目に感心してしてしまった。
幻覚の魔術の類だろうか? なとど考えていると。
(……うん?)
突然、天空目掛けて一直線に炎の柱が上がり――。
――ドカーン!!
爆炎が轟音を上げ雲一つない快晴の空を爆炎が染め上げた。
「なんだ?」
「……?」
「試合終了じゃないよね……?」
まさかとは思ったが。
噴水前にいるラーニアの下に生徒たちが集まり出したのを見て、それが間違いでないことを理解したのだった。