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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
148/201

定期試験の結果

  次の日、試験を終えた解放感からか、いつも以上に賑わいを見せていた生徒たちだったが。


「あんたたちがお待ちかねの、定期試験の結果発表をするわよ。

 実技も筆記も、あたしとロニファス教官で採点してるから」


 放課後の訪れと共に、ラーニアがニコニコとした穏やかな笑みを見せたことで、その賑わいは終わりを告げ教室に緊張が走った。


「んじゃ、名前を呼ばれたらあたしのとこに来なさい」


 生徒たちの名前を呼上げ、一枚の紙を渡しているようだ。

 受け取った生徒は、その紙に目を落としそれぞれ重い顔を見せ席に戻って行く。

 そんな中。


「次、エリシャ」

「はい」


 名前を呼ばれたエリーが席を立ち、教壇に向かった。

 颯爽と歩くその姿に、緊張は見られない。

 背筋をピンと張り美しい佇まいで、エリーはラーニアの前に立った。


「エリシャ、頑張ったわね」


 珍しく、優しげな微笑と共に労うような言葉を掛けたラーニアに、教室中がざわめいた。


「ちょっとあんたたち、今の反応は何よ?」


 と、問われた生徒たちは、打ち合わせをしていたかの様にサッと顔を伏せた。


「ったく」


 そんなラーニアから手渡された紙を見て。


「ぁ……」


 エリーはざわめきに消え入りそうなほど小さな声を漏らした。

 それからラーニアに一礼し、踵を返したエリー。

 その表情は歓喜よりも安堵の色が強いようだ。


「どうだったんだ?」


 席に戻ってきたエリーに尋ねると。


「安心した……」


 そう言って、ほっと一息吐き小さく口元を緩めると、受け取ってきた紙を見せてくれた。

 紙には――。


 実戦      85点 3/93

 競技      90点 4/93


 筆記      95点 3/94



 実技試験 合計175点

 筆記試験    95点

 総合成績   270点



 こんな数字が書かれていた。


「これも、マルスのおかげだよ……」


 小さく、囁くようにエリーはそんなことを口にしたのだけど。


(……これは好成績でいいのか?)


 見方が良くわからなかったが。

 しかし、エリーが嬉しそうに頬を綻ばせているので、きっといい結果に違いない。


 他の生徒たちにも、次々と紙が手渡されていく。


「セイル」


 紙を見て尻尾を振るセイル。

 どうやらいい結果が出たようだ。


「ツェルミン」


 思い切り顔を顰めるツェルミン。


(……まさか、俺のせいで成績が落ちたか?)


 と勘繰ってみたが、悔しそうに俺を睨んでいるのを見ると正解のようだ。

 それから、ノノノが成績表を渡された辺りで。


「もう少しでマルスの番だね」


 エリーが小声で言った。


「きっと、一番だよ」

「そうかな?」

「うん、マルスならきっと。

 実技試験、圧倒的だったもん……」


 筆記のほうが少し不安ではあるが。

 俺を信じきったような笑顔を浮かべるエリーを見ていると。


(……なら、エリーの期待に答えたいな)


 そんな風に思ってしまった。


「次、マルス」


 呼ばれて俺はラーニアの下に向かうと、特に何も言われず紙を渡された。

 俺はその場では成績を確認せず、自分の席に戻った。


「どうだった?」


 エリーに尋ねられ、俺は紙に目を向けた。


 実戦     100点  0/93

 競技     100点  0/93


 筆記      72点 32/94



 実技試験 合計200点

 筆記試験    72点

 総合成績   272点


 と、書かれている。


「どうだ?」

「え……?」


 俺が尋ねると、エリーは訝しむように首を捻って。


「どうして、零なんだろう?」

「おかしいのか?」


 零というのは。


 0/93


 と書かれた部分の事だと思うが。


「おかしいというか、一位ならわかるけど、零位っていうのは普通聞かないから……」

「そもそも、この数字はなんなんだ?」

「二年生の人数。

 A、Bクラス合わせて九十三人の生徒がいるってこと」


 この数字は試験を受けた生徒の数だったのか。


「マルスの実技試験の成績は満点だから、一位じゃないとおかしいはずなんだけど……」


 う~ん。と腕を組み考え込むエリーだったが。

 考えられる可能性は一つだろう。


「最初から例外扱いだったんだな」

「……やっぱり、そういうことだよね」


 数字として結果を残しているが、順位には含むつもりはなかったのだろう。

 もしかしたら、教官から推薦を受けた生徒はそういう扱いなのかもしれない。


「でも、満点なんて初めて見た。

 数字では計れなかったって意味なら、マルスらしいかも」


 銀の双眸を煌めかせて、俺が出した結果を喜んでくれているみたいだ。

 そう思っていたのだけど。


「だけど、ちょっとだけ悔しいなぁ。

 マルスには敵わないってわかってても……。

 友達にヤキモチなんて、イヤな子かもしれないけど」


 そう言って、唇をきゅっと結び、視線を伏せたエリーに。


「その気持ちは持っててもいいんだよ。

 そうすれば、今よりももっとエリーは成長できる」

「……マルス」


 俺の言葉にエリーは結んだ唇を緩めて。


「うん。

 ありがとう」


 感謝の言葉と共に、綺麗な笑みを浮かべてくれた。

 その笑顔は自然に目を惹かれるほどに綺麗で。


「……」

「……」

「あんたたち、ここが教室だってわかってんでしょうね?」


 見つめ合う俺たちに、ラーニアが冷めた声と目をぶつけていた。

 ラフィは悔しそうにこちらを睨み、ルーシィとルーフィは何かねだるようにじ~っと俺を見ている。

 セイルを初め、周囲の生徒たちは微笑と苦笑が半々だ。


「ぁ……す、すみません」


 消え入りそうな声で謝罪し、エリーは全身茹で上がっているのではないかというくらい赤くなった。


「そういうのは、二人っきりの時にしときなさい」


 ラーニアは苦笑して。


「全員、定期試験の成績表は受け取ったわね?」


 いつの間にか紙を配り終えていたようだ。


「じゃあ、一応発表しとくけど。

 総合成績一位はエリシャ」


 と、いきなり発表があり、生徒たちがどよめいた。

 しかし、一番驚いているのはエリーだったようで、バッと大慌てで顔を上げて、耳を疑うような目でラーニアを見つめた。


「三月の定期試験じゃ最底辺、Bクラス落ちどころか退学になっても仕方なかったあんたが、たった三ヶ月で一位なんて、随分頑張ったじゃない」

「おい待てラーニア、エリシャは五月に編入してきたばかりだぞ?」

「……あ、そうだったわね」


 思い出したかのように、ラーニアはポンと手を叩いた。

 俺とラーニアのやり取りに、生徒たちは思わずといった様子で苦笑を漏らす。


「ま、エリシャのことは置いておくとして。

 全員、一年の頃よりは随分マシになってるわ。

 今回の試験で、Aクラスの中からBクラスに落ちる者や退学者は出なかったしね」


 普段は生徒たちをあまり褒めないラーニアだが、こういう時くらいは素直に生徒たちを評価す――。


「でも、わかってると思うけど、あんたたちの試験の成績は、学生の能力を考慮した上での点数よ。

 現役で活躍する冒険者と比べたら赤点もいいとこだから」


 評価するかと思いきや、途端にこの辛辣な言葉。

 要するに、学生如きが調子に乗るな。とラーニアは言いたいのだろう。


「それを理解した上で、さらに精進なさい。

 八月には学院対抗戦も控えてるしね」


 学院対抗戦――この大陸にある全冒険者育成機関の生徒が競う大会。

 その大会でこの学院を勝利させる為に、ラーニアは俺をこの学院に誘った。


(……だが、魔族のこともある状況で、この学院対抗戦を開催するのだろうか?)


 そんな疑問はあったが。


「取りあえず、試験の結果もわかってあんたたちも落ち着いたでしょ?

 今日はゆっくり休むのね。

 それじゃ、解散していいわよ」


 ラーニアは俺たちに手を振り、教室を出て行った。


(……その辺りの報告は、近いうちされるか)


 何の対策もなくやるはずがない。

 学院長が最近忙しくしているのも、その辺りのことを含め色々あるのだろう。


「マルスさ~ん!」


 明るい声が聞こえたかと思うと、ラフィがバタバタと俺たちの下に寄って。


「ラフィも、なんとかAクラス残れました!」


 満面の笑みで報告してきた。


「そっか。

 良かったなラフィ」

「それだけですかぁ?」


 拗ねたような口調で言って、ラフィはプクッと頬を膨らませた。


「俺も嬉しいよ」

「ラフィも嬉しいです!」


 そう言って、椅子に座ったままの俺にラフィが飛びついてきた。


「兎、近い」

「さっさと離れる」


 いつの間にか現れたルーシィとルーフィが、ラフィの腕を引っ張った。


「ちょ、何をするんですか」


 眉根を顰めるラフィに目もくれず。


「ご主人様、私もAクラス」

「また次の試験までは一緒」


 今度はルーシィとルーフィが俺にくっ付いてきて。


「そっか。

 嬉しいぞ、ルーシィ、ルーフィ」

「「ん」」


 二人はほんのりと頬を紅色に染め、小さく首肯した。


「ぐぬぬっ、ら、ラフィとマルスさんを引き離しておきながら、なんですその甘え方は!」


 俺を中心に騒がしくなる教室で。


「ハーレムだ」

「ハーレムだな」

「交流の委員会部屋コミュニティールームにベッドが置かれるってマジかな?」


(……誰が広めたんだその噂は!)


 真偽をはっきりさせておかなければ! と口を開こうとした時だった。


「ま、マルス、今の本当なの……?」


 エリーが頬をピクッと震わせ、目を細めて笑顔を向けてきた。


「え、エリー? 何を怒ってるんだ?」

「怒ってない! それで、今のは本当なの!?」

「い、いや、それは――」


 否定しようとしたが。


「手に入り次第置きます!」

「必ず、置く」

「依頼、探す」


 やはり三人はベッドを置くつもり満々のようだ。

 エリーは笑顔をのまま固まっている。


(……ま、マズい)


 何かわからないが、このままでは物凄くマズい気がする。

 俺は助けを求めるように周囲を見ると、セイルの顔が見えて。


「そ、そうだ! みんなの成績はどうだった? なあ、セイル、お前は?」


 話題を変える為に、俺はそんなことを口走った。


「……別に、普通だ」


 すると。

 ぶっきらぼうに言いながらも、セイルはこちらに歩み寄って紙を俺に見せてくれた。

 そこには。



 実戦      84点 4/93

 競技      70点 27/93


 筆記      30点 85/94



 実技試験 合計154点

 筆記試験    30点

 総合成績   184点



 これがセイルの成績だった。



「実戦はかなり高いな」

「筆記が三十点とか、やっぱり狼男はアホですね」

「じゃあ、テメェーは何点なんだよクソ兎!」

「ふふ~ん、ラフィは」


 ラフィは俺の机の上に紙を置いた。



 

 実戦      50点 46/93

 競技      50点 47/93


 筆記      98点 2/94



 実技試験 合計100点

 筆記試験    98点

 総合成績   198点



「んぐっ……」


 ラフィの総合成績を見て、セイルは口を閉じた。


「ふふ~ん。

 どうですか? 狼男?」

「点数がいいのは筆記だけだろうがっ!」

「総合成績はあなたより上ですが?」


 実技試験の成績が重要ということらしいので、ラフィの成績だとAクラスにギリギリ残れたという感じなのかもしれないが。

 少なくとも、数字の上ではラフィなのは確かだ。


「ルーシィとルーフィは?」


 俺が聞くと、二人は同時に紙を手渡してくれた。

 それを見てみると。


「……流石だね」

「なっ――!?」

「ちっ」


 エリー、ラフィ、セイルが三者三様の反応を見せつつも、その表情には驚きの色が見えた。

 なにせ。


 実戦      90点 1/93

 競技      95点 1/93


 筆記      30点 85/94



 実技試験 合計185点

 筆記試験    30点

 総合成績   215点



 二年の実技一位の生徒はルーシィとルーフィだったのだから。


「実技は結構できた」

「筆記はダメダメ」


 だが、実技のみで言えばこの学年のトップはこの二人のようだ。


「私も、負けないように頑張らないと」


 二人の成績を見て、エリーは気合が入ったようだ。


(……確かにルーシィとルーフィは二年の中では頭一つ抜けている)


 だから、この成績は別段驚くことではないように思えた。


「ふんっ――」


 つまらなそうな顔で、セイルが踵を返した。


「どこに行くんだ?」

「訓練だ。

 この双子に、負けていられねえからな」


 そう言って、セイルは教室を出て行った。

 気合が入ったのは、エリーだけではなかったようだ。


「マルス、私も行くね」

「わかった」

「訓練が終わったら委員会コミュニティに寄るから」

「おう」


 背を向け歩いていくエリー。

 それを見送って。


「じゃあ、俺たちは委員会コミュニティに行くか」

「はい!」

「ん」

「了解」


 俺達も委員会部屋コミュニティールームに向かった。

 そして、のんびりと時間は過ぎて。

 夜の帳が下りてきた頃――エリーとセイルがやってきて、俺達は学院を後にした。


 俺とセイルは、女子宿舎に四人を送り。


「それでは、マルスさん。

 また明日です!

 寂しくなったらいつでもラフィを呼んでくださいね。

 夜這いに行きますから!」

「ご主人様、おやすみなさい」

「ご主人様、また明日」

「じゃあね、マルス。

 また明日」


 その別れ際。


(……そうだ)


 一つ、言っておくことがあった。


「エリー」

「……なに?」


 俺が呼び止めると、エリーは振り返った。

 その拍子に、銀色の長髪がサラッと靡く。

 夜の闇にも負けないくらい、その銀髪は美しく煌いていた。


「おめでとう」


 少し前のことなのに、なんだか随分昔のことみたいに感じるけど。

 でも、この短い期間でこれだけエリーは随分成長したように思う。

 だって、元首席とはいえ、一度は落ちこぼれとまで言われたエリーが、また首席になったのだから。


「ぁ……うん。

 ありがとう」

「じゃあ、それが言いたかっただけだから」


 俺が言うと。


「ま、マルス!」


 今度はエリーに引きとめられて。


「あ、あのね。

 私、マルスには本当に感謝してて。

 ダメな私だけど、これからも頑張るから。

 だから……」


 エリーは何かを言おうとして、一度躊躇うように口を閉じた。

 ほんの少しの逡巡の後。


「迷惑掛けるかもしれないけど……これからも、私と一緒にいてください」

「ああ、当然だ。

 俺にとってエリーは、大切な友達なんだから」

「……うん」


 月明かりに照らされたエリーの顔はとても綺麗で。

 だけど、どうしてか少し寂しそうに見えて。


「エリ――」

「じゃあ、明日からまた頑張ろうね!

 目指せ、学院対抗戦優勝!」


 でも直ぐに、その寂しそうな顔が気のせいだったみたいに、元気な笑顔に変わっていた。


「ああ、そうだな。

 必ず優勝だ」

「……うん。

 じゃあ、そろそろ私は行くね」


 そしてエリーは走って女子宿舎に戻り。


「おい、マルス。

 そろそろ行かねえか?」


 少し離れた場所にいたセイルに呼ばれ、俺は帰路に着いたのだった。




       *




 そして次の日から。

 学院対抗戦に向けた訓練の日々が始まりを迎えた。

一章終了です。

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