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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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定期試験③

 いつもなら一斉に教室を飛び出していく飢えた狼たちが、今日ばかりは集中力を途切れさせたくないのか、闘技場(コロッセウム)にとどまっていた。

 俺はいつも通り食事に行くつもりだったのだが。


「昼食はどうする?」


 みんなに尋ねたところ。


「軽く食べようかな」

「慣れない事をしたのでお腹が減りました」

「勿論、食べる」

「お腹、ペコペコ」

「食うに決まってんだろ?」


 どうやら俺の友達は、重圧感に負けず食欲旺盛のようだ。

 全員が食べるということで、俺たちは食堂に向かい食事を済ませ、再び戦闘教練室に戻った。

 学院全体の空気が重苦しく感じるのは、今日が定期試験だからなのだろうか?

 こんな試験一つで自分の進退が左右されるのかと思えば、気が気でないのかもしれないが。


「マルスさん」


 呼ばれて振り向くと、ラフィが俺の胸に顔を埋めてきた。

 良く見ると小柄な身を震わせている。


「試験が終わってラフィがAクラスに残れたら、ご褒美をいただけますか?」


 実戦の前で緊張しているのか、ラフィがそんな頼みごとをしてきた。

 それで頑張れるのなら。


「俺にできることなら」

「ご主人様、ダメ」

「兎が下品な笑み、漏らしてる」


 俺にできることならいいぞ。と答えようとすると、双子が俺の言葉を途切らせた。


「ら、ラフィのどこが下品ですか!」

「打算塗れ」

「あざとい」


 ラフィの身体からは、いつの間にか震えが止まっていた。


「もしかして、演技か?」

「そそそそそそんなわけないです!

 ラフィ、実戦前だから恐くて……マルスさんがご褒美を下さるなら、

 勇気が出ると――って、闇森人! なんですかその疑うような視線は!」


 キィィ! と耳を逆立て怒るラフィに、双子はじと~っとした目を向けていた。

 俺を中心に騒ぐラフィと双子を見ながら。


「……本当、仲がいいね」


 いつもは見守るような柔和な笑みを浮かべているエリーが、ほんの少し唇を尖らせていた。


「エリー、どうかしたのか?」

「……別に、なんでも」


 とだけ言って、プイッと俺から目を逸らし。


「……いい加減慣れてきたが、お前ら緊張感が無さ過ぎんだろ」


 セイルは呆れるように口にした。

 試験日ではあったが、俺たちはいつもと変わらぬ昼休みを過ごし。


「じゃあ、実技試験を始めるわよ」


 ラーニアとロニファスが戦闘教練室に入ると同時に、試験の開始を告げ――たかと思えば。


「あ、でもその前に。

 マルス、あんたは実戦訓練、受けなくてもいいわ」


 実技試験が始まる直前に、二年の全生徒の前でこんなことを言ってきたのだ。


「なぜだ?」

「結果が見えてるからよ。

 実力主義とはいえ、その実力を見せられずに終わるんじゃ、あんたと当たった生徒が可哀想でしょ?」


 それを俺に問われても困る。

 多くの生徒たちに胸を撫で下ろされると、なんとも言いがたくはあるが。


「どうしてもやりたいなら、適当に魔物でも召喚してあげるわよ?」

「なら、ドラゴンがいいな」

「龍を召喚出来る冒険者なんて、この大陸広しと言えど学院長くらいよ。

 子鬼ゴブリンとか子悪魔インプで我慢しときなさい。

 それに、強力な魔物は道具の準備も、召喚も時間が掛かるのよ」

「……なら戦わなくていい」


 残念だが仕方ない。

 実戦に関しては、他の生徒の戦いを見守るとしよう。

 自分の中でそう決意を固めたところで。


「ラーニア教官、それは平等ではないと思います!」


 闘技場(コロッセウム)全体に響き渡る声の主は、ツェルミンだった。

 ばっちり整えたオールバックの髪を撫でながらラーニアを見て。


「そもそも、それではマルスが実戦では成績一位と言っているようなものではないですか!

 せめて試験を受けさすならまだし――」

「なら、マルスの相手はあんたが努めなさい」


 ごちゃごちゃと口にするツェルミンに、ラーニアが淡々と告げた。


「え?」

「本当はあたしとロニファス教官の判断で、力が近いもの通しで実戦をさせるつもりだったんだけど。

 特別にマルスとあんたで最初の試合をやることを許可するわ」


 ツェルミンは目を丸めていた。

 ノノノは目を瞑り頭を抱えていた。

 生徒たちの中には、手を合わせる者や、十字を切る者もいる。


(……何かのまじないだろうか?)


「マルス、それでいいわね」

「ああ」


 元々試合はやるつもりだったしな。


「ツェルミン、やるか?」

「あ、当たり前だ!

 相手になってやろうではないか!」


 俺とツェルミンを残し、生徒たちが観戦席に向かった。


「いつでも始めていいわよ」


 興味もなさそうに、ラーニアが口にすると同時に、ツェルミンは杖を突き出した。

 先制攻撃を仕掛けようとしているようだが。


「大地のい――」

「遅いぞ」


 ツェルミンが詠唱を唱え終わる前に、俺は近接戦闘が出来るほど接近していた。


「おあっ――!?」


 驚愕に詠唱を止めてしまうツェルミンが、持っていた杖を振り回す。

 右に左に振られる棒は攻撃にすらなっていない。


「あのなツェルミン。

 近接戦闘が出来る相手に、そんなのんびり詠唱してどうするんだ」

「の、のんびり!?」


 目を丸め、大口を開き、裏返った声を出すツェルミンに。


「近接戦を仕掛ける相手に魔術を使うなら、せめて無詠唱で魔術を行使できるくらいになっておけ」

「む、無詠唱……」

「それが無理なら近接戦も学ぶんだな」


 口を閉じ、黙り込むツェルミン。

 俺はその額に手を向け、親指で中指を押さえ、溜めて――放した。

 ツェルミンの額にデコピンがお見舞いする。


 ――パン! と思いのほかツェルミンの額からいい音が鳴った。


「っ――」


 揺さぶられるようにツェルミンの頭が揺れ、そのままグラッと倒れ伏した。


(……前にルーシィとルーフィがデコピンで倒せるとか言っていたが)


 本当に倒せてしまうなんて、ツェルミンは少し打たれ弱すぎるようだ。


「予想以上に呆気なく終わったわね……」


 欠伸をするラーニア。

 余程退屈な試合だったのだろう。


 戦った俺自身も退屈ではあったが。


「マルス、後は上で観戦してなさい」

「ああ」


 こうして、俺の実技試験が終わった。


 そして陽が暮れる頃には全ての試合が終わり――。


「筆記試験の採点が終わり次第、試験結果を発表するから。

 多分、明日の帰りには発表できると思うわよ」


 ラーニアの言葉に安堵する者と溜息を漏らす者、生徒たちの顔色で、結果発表の前に明暗がわかってしまう。

 しかし、どれだけ落ち込んでも既に過ぎたこと。

 後は、試験結果を待つのみだった。

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