定期試験の勉強②
席には、俺、セイル、エリーと並んで座り、俺の向かい側にラフィ、ルーシィ、ルーフィの順に座っている。
「マルス、出題範囲は大丈夫?」
「出題範囲? 書かれていることを全部覚えるんじゃないのか?」
「まだ授業で習っていない範囲もあるから。
基本的には、授業で習った範囲が試験に出るんだ」
エリーがそんなことを教えてくれた。
てっきり教材に書かれていることを全て覚えるのだと思っていたのだが。
「毎年、試験の傾向は変わるのですが、今回の筆記試験は魔物学が中心に作られていると私は考えています」
俺とエリーが話していると、アリシアがそんなことを言った。
「それはどうしてだ?」
と、俺が疑問を口にすると。
「魔族の襲撃が関係しているのでしょうか?」
エリーが言った。
「はい。
エリシャさんの言う通りです。
生徒がどの程度、魔族や魔物に対して意識を持っているのかを知る機会にもなりますから。
なので、魔物だけではなく魔族に対する問題も出題されると考えています」
アリシアの考えは納得のいくものではあるが。
「ラフィはそれはないのでは? と思います」
「理由はなんです?」
「学院側は、魔族に対する意識を少しでもそらしたいのではないでしょうか?」
なるほど。と俺は思わず頷いていた。
魔族に関しては、学院側は生徒たちに関与させるつもりがないように思える。
「なるほど。
一部の生徒の間では、魔族に対する意識が徐々に薄れつつあるのは事実です。
それは学院側が情報を出さない――もしくは出せないからではあるのでしょう。
無駄に不安を煽る必要もありませんしね。
ですが、魔物学に関しては出題範囲が広いと考えています」
「何故です?」
アリシアがそう考えている理由は。
「今まで鳴りを潜めていた魔族が今現れた理由はわかりません。
しかし、今後魔族の動きが活発になれば、魔物の動きも活発化してくるはずです。
我々が卒業した際に、多くの魔物と争う可能性が高いということです」
魔族は魔物を操る力がある。
なら魔物を使って人を襲う可能性は十分にあるわけで。
「ならば、今まで以上に魔物に対する知識を身に付けさせておくべきだと、意識させておくべきだと考えるのは、後進を育てる者であれば当然ではないかと考えました」
理屈はわかりやすい。
「まあ、今のは私が予想する傾向という話なので。
皆さんそれぞれ得意科目などもあると思いますし、わからないことがあればそれぞれ質問をしていただければと」
机に座り、持ってきた本を眺める。
魔物学の本――魔物辞典は、辞典というだけ有りかなり分厚い。
文字がずらっと描かれており、暗記するのは心底大変そうだ。
「……眠い」
「……限界」
双子はうとうとしている。
「……わからねえ」
俺の隣に座っているセイルも、薬学の本を見ながら頭を抱えていた。
エリーとラフィは真面目に羊皮紙になにやらメモを取っている。
「なあ先輩。
先輩はこれを全部覚えてるのか?」
「全部ではありませんが、だいたいは記憶していると思います」
(……数百ページもあるこの本を?)
その様子に一切奢りはない。
「さすが、この学院の最優だ」
「っ……ま、マルス君は、意外と意地悪ですね」
思っていたことを素直に言ったのに、アリシアは拗ねたよう呟いた。
「会長さん! 今は勉強中ですからね!」
「わ、わかっています」
釘を刺すように物申すラフィが、まるでアリシアを監視するみたいに目を光らせていた。
「ここに書かれている事を全て頭に入れる必要はありません。
魔物の全長やら体重やらは、この学院の試験に出ることはないでしょうから、
その魔物の弱点を頭に入れておけばいいと思います。
筆記試験とはいっても、あくまで実戦に役立たせる為の知識ですから」
「なるほど。
必要な情報だけを選択して頭に詰め込んでいけばいいんだな」
単純に魔物の知識を競うものでないのだから、戦いに不要な知識を覚えておいても仕方ない。
アリシアのアドバイスを聞きながら、魔物辞典の知識を記憶していく。
その中で、少し驚いたのは。
「まさかブータの弱点を調べている者がいるなんてな」
「……必要があるかは不透明ですね。
ブータの情報は、私も失念していました」
俺が思わず口にした言葉に、アリシアも苦笑した。
ブータは豚の魔物だ。
見た目も豚に似ているが、豚をさらに丸く大きくした感じの魔物だ。
「子供でも倒せるもんね」
「最弱の魔物ですから……」
「狼人の子供の、狩りの練習にもならねぇからな」
エリーとラフィが言う通り、ブータは弱い。
最弱の魔物がブータ。
最強の魔物が龍。
これが恐らく、大陸住民の共通見解だろう。
「ちなみにブータの弱点は、尻尾らしい」
「尻尾……?」
「引っ張ると、死んでしまうらしい」
魔物辞典にそう書いてあった。
「……それ、知っておく必要があるのでしょうか?
デコピンで気絶させられるくらい弱いんですが……」
ラフィの疑問に。
「大穴……という意味では、記憶しておいてもいいのでは?」
アリシアもまた語尾に疑問を付けて返答した。
弱点を突く必要がないほど最弱の魔物の弱点。
それを『真面目』に『調べた者』がいる。
役に立つかどうかは置いておいて、魔物辞典というだけのことはある。と実感した瞬間だった。
*
それから時間が進み――昼食を知らせる鐘が鳴った。
「お腹、空いた」
「お昼、ご飯?」
うとうとしていた双子が、鐘の音に反応し目を開いた。
「休日も、学院の食堂は開いてるんだっけ?」
「ううん。
休日は開いてないから、食事にするなら宿舎に戻らないとなんだけど……」
「なら、昼食を食べてから、またここに集合でいいか?」
と、俺が確認すると。
「ご安心くださいマルスさん!
ラフィがちゃんと作ってきました!」
そう言って、ラフィが大きなバスケットを机にポンと置いた。
「沢山作ってきたので、皆さんもどうぞ」
バスケットを開くと、黄金比のように調整された美しい料理が目に入った。
いろとりどりの食材の入ったサンドイッチを始め、ポテトを揚げたようなものや、野菜に肉が巻かれた料理に、果物が何種類か入っていた。
「また簡単なサンドイッチになってしまったので恥ずかしいのですが……」
「そんなことないよ!
凄く綺麗だもん」
「兎の料理は美味しい」
「これは特技と言っていい」
絶賛の嵐に、ラフィも鼻が高いのか満面の笑みで。
「いえいえ、それほどでもです。
さあ皆さん、遠慮せずにどうぞ」
全員がラフィの料理を手に取った。
サンドイッチには肉や野菜、チーズなどが入っており、濃厚な味や繊細な味が舌を楽しませた。
「どうですか、マルスさん?」
「うん、美味いぞ。
ラフィは料理上手だな」
ラフィのサンドイッチには嫌な思い出があったが、段々と記憶から消えつつあった。
基本的にラフィは料理上手のようで、何を食べても美味しい。
流石にネルファほどではないが、それでも十分過ぎるほどだと思う。
「……」
セイルも、サンドイッチをもぐもぐと頬張っている。
「なんですか狼男、もっと素直に美味しかったと言っていいんですよ?」
「ふんっ――誰にでも一つくらいは取り得があるわな」
「むっ――狼男はもう食べなくていいです!
食べたいなら、もっと素直に褒めてみなさい!」
いつものように、セイルとラフィは仲がいい。
「でも、本当に美味しいよね。
私は料理ができないから、羨ましいよ」
「これほどの物を作れるなら、料理も楽しいのでしょうね」
どうやらエリーとアリシアは料理が苦手らしい。
「二人が料理ができないなんて意外だな」
「ぁ……こ、子供の頃から、剣の稽古ばかりしていたから……」
「私も魔術の勉強ばかりしていたので……」
尋ねると、二人は気まずそうに俺から目を逸らした。
何か悪いことを聞いてしまっただろうか?
「料理、覚えたい」
「兎、おしえて」
ルーシィとルーフィが、ラフィにそんなことを言った。
「いやです。
ライバルを増やすことになるじゃないですか」
「「ケチ」」
双子に同時に言われ、ラフィの耳が少し下がり。
「……なら、今度少しだけ教えてあげます」
「「……」」
ラフィの言葉に、双子は目を丸めた。
普段表情の薄い二人が、こんなにはっきりと表情を見せることは珍しい。
「な、なんですか?」
「……兎、意外といい人?」
「……後光が差して見える」
「褒めても何も出ませんよ?」
ルーシィとルーフィの中で、ラフィの評価が急上昇したようだ。
*
それからさらに時間が過ぎて。
部屋の窓から夕陽が差し込む時間帯に変わっていた。
「……もう、ダメ」
「……寝る」
力尽きたように、双子は机の上にバタンと上半身を倒した。
エリーの応援でなんとか眠気に堪えながら勉強を頑張っていた二人だが、限界が来たようだ。
「……そろそろ終わりにするか」
今回は魔物学を中心に勉強してみたが、ある程度の情報は頭の中に入った。
まだまだ覚えなければならないことはあるが。
「そうだね。
もう少しで夕食の時間だろうし」
「マルスさんとラブラブするはずが、思わず真面目に勉強してしまいました」
「あ、あなた、私には勉強中ですと言っておきながら、何を考えているのですか」
勉強を終わりにすると決めると、一斉に騒がしくなった。
「取りあえず、みんな送っていくよ。
セイルも、それでいいか?」
「……おう」
こうして俺達は学院を出た。
「そういえば、実技試験の競技内容はどんなものになるんだ?」
実技は競技と実戦の二種類と聞いてはいるが、その協議内容までは聞いていなかったので気になった。
「それは、当日までわからないんだ」
エリーが答えてくれた。
(……ぶっつけ本番の試験になるわけか)
「破壊力を競うものだったり、目標物に対してどれだけ正確に魔術を撃ち込めるかとか、魔術を行使した上で足の速さを競うものだったりとかね」
「競技にも色々あるんだな」
「どんな競技でも、マルスさんなら問題ありませんよ!」
「そう、ご主人様なら余裕」
「誰も勝てる人、いない」
「実戦であなたに当たる相手は、運がありませんね」
アリシアも含め、全員が俺を過大評価をしているようだった。
こんな話をしながら、女子宿舎にエリーたちを送り届け、俺とセイルは男子宿舎への帰路を辿った。
*
それから、定式試験までエリーやセイルと実戦訓練をしたり。
放課後に委員会部屋に集まって、筆記試験の勉強を続け。
六月――定期試験の当日の朝を迎えた。




