定期試験の勉強①
委員会が設立されてから数日――もう週末になっていた。
放課後になると、俺たちは委員会部屋で過ごすことが多くなっていた。
今のところは生徒間の大きな揉め事もなく、生徒会と連携を取るような仕事もないので、みんなでのんびりとした時間を過ごしている。
数人の生徒で使うには広過ぎる室内の中央には、長机と六脚の椅子(部屋の隅に予備の椅子も)が置かれており、その椅子には、俺、ラフィ、ルーシィ、ルーフィの四人が座りある話し合いをしていた。
それは。
「ベッドは絶対に置きたいですね」
「兎、いいことを言う」
「これで、いつでも一緒にお昼寝できる」
このがらんとした部屋に何を置くかということだ。
学院の購買を使えば、ある程度のものは手に入るようが、流石にベッドは難しいのではないだろうか?
しかし、俺以外の三人はノリノリだ。
「後は服を収納する為のクローゼットや、食器棚、浴場が設置できれば最高なのですが」「それはいい」
「ここに住める」
本当にそれら全てが揃ったら、生活感の溢れた部屋になりそうだが。
「とりあえず、絶対に必要なものだけでいいんじゃないか?」
「ならベッドは必要です!」
「そう、必要」
「絶対、必要」
(……必要なのか?)
いささか疑問はあるが、三人が声を揃えて必要だというのなら、この委員会の代表として用意できるように努力する必要はあるだろう。
「わかった。
なら、後で購買で確認してみよう」
「依頼があれば、ラフィも協力しますので!」
「ルーシィも協力する」
「ルーフィも協力する」
もしベッドが手に入る依頼があるなら、森の件以来の依頼になりそうだ。
(……そういえば)
あれから魔族の調査は進んでいるのだろうか?
学院長があれこれと手を回しているようだが、俺も含め生徒たちには何の報告もない。 それだけ魔族の捜索は困難なのかもしれないが、こんなことなら以前リフレが言っていたように、向こうからやってきてくれたほうが対処は『楽』なのかもしれない。
「マルスさん、どうかされましたか?」
「……いや」
ラフィに声を掛けられ、俺は思考を中断した。
「どうする? 今から一度、みんなで購買に行ってみるか?」
「そうですね。
いい依頼があるかもしれませんから」
ラフィの言葉に双子も頷き、俺たちは一度購買に向かった。
しかし、当然ながら浴場の設置やベッドを条件に依頼を出している者は、誰一人としていなかった。
「「……残念」」
表情はあまり変わらないが、双子の長耳が下がっていた。
どうやら、心底しょんぼりしているようだ。
こんな悲しそうな顔をされると、どうにか用意してやりたくなるが。
(……どうにか入手できないか考えてみるか)
直ぐにでは無理でも、いつか手に入るかもしれないしな。
「取りあえず、各自が部屋に置きたい物があれば持って来る。ということでいいでしょうか? ラフィとしては、部屋にもう少し彩りも欲しいので」
「そうだな」
直ぐに必要な物があれば、各自用意してもらおう。
そして俺達は購買を出て、委員会部屋に戻ってきた。
適当に席に座り、再びのんびりとした時間を過ごしていると。
――コンコン。
と、部屋がノックされた。
「入ってもいいかな?」
扉越しにエリーの声が聞こえた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
俺の返事を聞くと、エリーは扉を開き部屋に入ってきた。
以前、エリーには断りなど入れる必要ないぞ。と伝えたのだが。
この辺りは、当然のマナーという事らしい。
エリー曰く『どれだけ親しい相手でも、礼儀を欠いてはいけない』などと言っていた。
「マルスさんとラフィの愛の巣へようこそ!」
「兎は何か勘違いしてる」
「ここは、私たちとご主人様の遊び場」
愛の巣や遊び場はともかく、この委員会は交流だからな。
色々な生徒に訪れてもらいたいという気持ちはあるが、今のところは委員会のメンバー以外はエリーしか遊びには来てくれない。
「訓練はもういいのか?」
「うん、セイルは先に帰るって」
「そっか」
ここ数日、エリーとセイルは戦闘の委員会で訓練をしている。
定期試験も近いということで、お互いに気合が入っているようだ。
特にエリーは、今までの試験で結果を出せていないせいもあり、今回の試験で結果を出せなければBクラス落ちどころか、最悪は強制退学も有りえるということなので、その気合も人一倍だろう。
「エリー、何か手伝えることはあるか?」
「ありがとう。
でも、大丈夫。
マルスには、もう沢山のことを教えてもらったから」
エリーは微笑した。
この学院に来てから、まだ一ヶ月程度の俺が、それほどエリーに色々なことを教えられたとは思わないが。
(……でも、考えてみれば、俺もみんなには色々なことを教わっている)
だから、出会ってからの時間はそれほど関係ないのかもしれない。
「試験、面倒」
「やりたくない」
「ラフィも憂鬱です」
三人は試験に対して嫌悪感を露にする。
部屋の雰囲気がどんよりと重くなったのだが。
「三人の成績はどんな感じなんだ?」
Aクラスにいるということは、それなりの成績を維持しているということなのだろうけど。
「……ラフィは下から数えた方が早いくらいです。
筆記はともかく、実技はからっきしなので……」
兎人のラフィは、戦闘能力は低い。
実技試験が厳しいというのは頷ける話ではあるが。
「ですが! マルスさんと同じクラスでいる為に、ラフィは頑張ります!」
白くて兎耳をピンと立て、胸の前で両手をギュッと握った。
「筆記はダメ」
「勉強は嫌い」
二人は授業中、居眠りをしているもんな。
だが、それは俺も同じだ。
座学の授業は必死に眠気と戦っている。
魔術学はともかく、薬学やら調合の知識は乏しいし、魔物学は……なんとかなるだろうか?
「俺も筆記が問題だな」
「ですが、マルスさんは実技試験は間違いなく一番でしょうから」
成績の割合は、筆記より実技が大きいらしいが。
「どうせ受けるなら、可能な限り頑張ってみたいな」
折角、教材もあるわけだし、勉強をしてみるのもいいかもしれない。
「なら、もしマルスさえ良ければ一緒に定期試験の勉強する?」
そんな提案をしてくれたのはエリーだった。
「いいのか? 今回の試験は、エリーにとって大事な試験だろ?
俺に教えながらでは、足を引っ張ることになるんじゃないか?」
「ううん。
誰かに教えるのって、復習になるし。
それに、少しでもマルスの役に立てるならって」
控えめな笑みを浮かべるエリー。
彼女のそんな言葉が、俺は素直に嬉しかった。
「ま、マルスさん! ラフィも筆記はそれなりに得意です!
宜しければラフィも一緒に!」
ガタッと席を揺らし、慌てた様子で立ち上がるラフィが。
「エリシャさん! どうしていつも抜け駆けしようとするんですか!」
「ぬ、抜け駆けって、そんなつもりないよ!
た、ただ私は、マルスの役に立ちたくて……」
ムッとした表情で、エリーに詰め寄った。
そんなラフィに、エリーは困ったように顔を歪める。
「エリシャ、油断ならない」
「やはり強敵」
双子もラフィほどではないにせよ、エリーに対して何か危機感を持っているようだ。
「ご主人様、私たちも勉強する」
「ご主人様と一緒に頑張る」
そして、双子も少しやる気を出したようだ。
「なら、明日はみんなで筆記の勉強でもするか?
休日だし丁度いいだろ?」
俺が言うと四人は頷き返した。
(……帰ったら、セイルにも声を掛けてみるか)
そう決めて。
俺たちは勉強会を開くことになるのだった。
*
休日でも学院の校舎は開いているのは、委員会に参加する生徒が多くいる為らしい。
そんな話を俺にしてくれたのは。
「ところでマルス君、どうして今日は学院に?」
「みんなで試験の勉強をすることになったんだ」
生真面目森人のアリシアだった。
今日も彼女は、曇り一つない眼鏡で学院の見回りをしていたらしく、偶々通りかかった時に姿を見かけたので声を掛けてみたのだ。
「勉強会ということですか」
「ああ」
「それはいいことですね。
もしわからないことがあれば、委員会部屋にいると思うので、声を掛けてください。
筆記であれば力になれると思いますので」
まさかアリシアが手伝いを申し立てくれるなんて。
「だが、先輩は試験勉強をしなくてもいいのか?」
「一応、毎日コツコツ勉強をしていますから。
これでも、一年生の頃から今まで定期試験の成績は一位から落ちたことがないのですよ」
誇らしそうなアリシアだったが。
「そうなのか?」
俺が尋ねると、はっとして顔で視線を伏せた。
「……あ、あなたの前で、誇るようなことではありませんでしたが」
照れているのか、頬に紅が差している。
「そんなことないだろ?
どんなことでも一番っての凄いもんなんじゃないか?」
「……あ、ありがとうございます」
だが、アリシアはますます赤く――頬だけではなく耳まで赤くなってしまった。
別に恥ずかしいことではないと思うが。
「そうだ先輩。
都合が良ければ、俺たちに勉強を教えてくれないか?」
「……それは勿論構いません。
ですが、皆さんにも確認を取ってからの方がいいのでは?」
「? 大丈夫だろ?」
「まあ、マルス君がそう言うのであれば……」
そして、俺はアリシアを連れて委員会部屋に向かった。
セイルに起こされてから起きたので、少しばかり遅れてしまっていたのだが。
先に行ってくれと言っておいたので、セイルは既に部屋にいると思うが。
(……みんな、もう来てるだろうか?)
階段を上り、部屋の前に着くと。
「~~~~~!!!!!!」
「~~~~~!!!!!!」
思わず俺とアリシアは目を合わせた。
部屋の中から騒ぎ声――まるで口論でもしているような声が聞こえてきたのだ。
俺は急ぎ扉を開くと。
「そもそもセイル、あなたは獣臭いんですよ!」
「そりゃテメェーもだろうがっ! 部屋中が兎臭くて仕方ねえっての!」
口論していたのはラフィとセイルだ。
身長差のある二人が、見下ろし見上げる形で睨み合っている。
「ふ、二人とも落ち着いて」
エリーは困惑しながらも、二人を止めようとしているが。
「エリシャさんは黙っててください!」「エリシャ、お前は黙ってろ!」
「は、はい……」
二人に怒りを向けられて、力なく項垂れてしまった
双子はその様子を興味なさそうに見守っていた。
何が原因で二人に火が付いたのかはわからないが。
「どうしたんだ?」
「マルスさん! 聞いて下さい! この狼男が、ラフィを獣臭いとか言ってきたんです!」
「テメェーが狼人は獣臭いとか言ってきやがったんだろ!」
つまり、二人はお互いの体臭のことで喧嘩をしているというわけか?
「……平和ですね」
俺の後ろに立っているアリシアの、呆れるような呟きが俺の耳に入った。
「……? マルスさん、そちらの方は――って、会長さん!?」
最初にアリシアに気付いたのはラフィだった。
予想外の参加者に、周囲の視線が一斉にこちらに集まった。
俺は部屋に踏み込み。
「先輩、入ってくれ」
「はい、失礼します」
言われるままに、アリシアは部屋に入った。
「ど、どうして会長さんが!?」
「いや、たまたま会ったんだ。
それで折角だし、勉強を見てもらおうかと思ってさ
「なっ――!?」
ラフィは大口を開け表情を歪めた。
「やはりご迷惑でしたか?」
首を傾げるアリシアだが。
「そんなことありませんよ。
アリシア会長にご教授いただけるなら、私も勉強になります」
エリーは満面の笑みを向け、アリシアの参加を歓迎した。
そんなエリーに、ラフィはバタバタ駆け寄り。
「エリシャさん、正気ですか?」
「え……? な、何が?」
ラフィに制服を掴まれ、エリーはガクガクと揺らされている。
「ライバルが増える?」
「会長さんも?」
双子はテクテクとアリシアに歩み寄り、じ~っと眼鏡の奥の瞳を見つめた。
「……な、なんですか?」
「「ご主人様のこと、好き?」」
「なっ!?」
ビクッとアリシアは身体を震わせた。
「「取っちゃダメ」」
「とととと取りません!
そ、そういうのは、私が個人的に決められることでは……」
否定するようなアリシアの声がどんどん小さくなって、最後には聞こえなくてなっていた。
先程ラフィと口論していたセイルは、気まずそうに口を閉じていたのだが。
「マルス、今度何かやる時は、もう一人くらい男を連れてきてくれ……」
と、溜息混じりに希望を告げた。
(……確かに女の割合が多いが、何か問題があるのだろうか?)
もしかしたら、セイルは男同士の方が気軽なのかもしれない。
「取りあえず、アリシアに教えてもらうってことでいいよな?」
一向に騒ぎの収まらないので、俺が聞くと。
「うん、私はお願いしたいくらい」
「マルスさんが言うなら……」
「「ん」」
なんだかんだで了承を得られたことで、ようやく勉強会が始まった。