委員会設立
午後の授業は自習になるのかと思いきや。
「さ~あんたたち! 午後の授業を始めるわよ!」
我らが担当教官は、先程までボロボロだったのが嘘のように、怪我一つない元気な姿で教室に現れ、何事もなかったように授業を開始した。
午後の授業は全て座学だった。
話を聞いているだけというのは、どうしても眠くなってしまうが、なんとか授業終了まで堪えきり。
「それじゃ、今日の授業はこれ終了よ。
明日からは魔物との実戦をメインに、何時間か座学の授業もやる予定。
それと、わかってるとは思うけど定期試験も近いんだから、各自勉強しときなさいよ」
去り際に放たれたラーニアの一言により、開放感に満たされた教室の空気が一気に重くなるのを感じた。
(……定期試験か)
俺はその存在をすっかり忘れていた。
この学院では生徒の成績を決める為に、定期的に試験があるんだったな。
実は俺も、師匠に何度か『試験』を受けさせられたことはあった。
どれも命に関わるようなことばかりだったので、恐らくこの学院が実施する試験とは異なっているに違いないが。
「……なあ、エリー。
この学院の試験っていうのは、どういうものなんだ?」
隣の席で帰り支度をしているエリーに尋ねた。
「あ、そうか。
試験を受けるの、マルスは初めてだもんね」
そう言って、エリーは簡単に試験について話してくれた。
この学院の試験は筆記試験と実技試験の二つで成績が決まるらしい。
筆記は魔術や魔物、薬学など、座学で学んだ知識を試すもの。
実技は実際に魔術を使った競技と、生徒同士の実戦を行うそうだ。
(……実技はともかく、筆記は面倒そうだな)
そんなことを考えていると。
「マルスさん、この後はいかがしますか?」
「ご主人様、遊ぼ」
「そう、遊ぼ」
ラフィとルーシィとルーフィ、そしてセイルが、俺の席に歩み寄ってきた。
この三人は他の生徒とは違い、試験の心配などはまるでしていないようだ。
「マルス、この後訓練に付き合ってくれねえか?」
三人から少し送れて、セイルもやってきた。
それぞれ要望は違うようだが。
「悪い、今日は帰って委員会の申請書を書こうと思ってたんだ」
明日中に書類をアリシアに渡すことになっている。
「お仕事ある?」
「じゃあ帰る?」
双子に尋ねられた。
どちらもほんの少ししょんぼりとした表情をしているが、俺の決定に従うつもりのようだ。
「今日はお帰りになりますか?」
「そうだな」
ラフィの言葉に俺は頷いた。
仕事というほど大袈裟な作業ではないが、後回しにしておいていいものでもない。
やるべきことがあるなら先に片付けてしまおう。
「悪いな、セイル」
「別に……ただ、今度時間がある時は付き合ってくれ」
「ああ、必ず」
俺の首肯を確認すると、セイルは尻尾を振りながら教室を後にした。
「エリーは、これからどうするんだ?」
「……私も、今日は帰ろうかな」
逡巡したものの、エリーも帰ることは選んだようだ。
訓練をしたいという気持ちはあったのだろうけど、今日は無理をするべきではないと判断したのだろう。
(……焦る気持ちもあるだろうが)
失敗から、エリーは確実に学び成長しようとしている。
そんなエリーの姿が、俺はどうしてか誇らしいと思えて。
俺はエリーの頭を撫でていた。
「な、なに……?」
戸惑いに頬を染めるエリーだったが。
「休むのも訓練の一環だよ」
「ぁ……うん」
俺の言葉に、素直に頷き返した。
すると、兎と闇森人がじ~っと羨むような視線を俺たちに向け。
「マルスさん! エリシャさんばかり不公平です! ラフィも撫でてください!」
「ご主人様、ルーシィも!」
「ご主人様、ルーフィも!」
三人も激しく主張してきた。
「仲がいいねぇ~」
「……ふん、何しに学院に来ているのだ」
俺たちを微笑ましそうに見守るノノノと、呆れたように言うツェルミンの声が聞こた。
周囲の生徒たちも「うんうん」と二人の意見に同意していた。
二人、どちらの意見に同意していたのかはわからなかったが。
「と、とりあえず、宿舎に帰ろうか」
周囲の視線が自分たちに向いていたことを知り、エリーはあわあわと席を立ち逃げるように教室を出て。
「お、おいエリー」
そんなエリーを俺は慌てて追いかけた。
「……マルスさん!」
「撫で撫では?」
「してほしい」
俺を追いかけるように、三人も教室を飛び出すのだった。
*
四人を女子宿舎に送った後。
俺は食事と湯浴みを終えて部屋に戻り、委員会の申請書の空白を埋めていた。
委員会の名前は『交流』。
活動内容は生徒会の補佐。
そして、多くの生徒と交流することで人間関係を学ぶこと。
(……こんなところか?)
後は明日、アリシアに見てもらい、問題があれば修正を加えればいいだろう。
申請書の記入を終え一通り見直した後、眠りに付くのだった。
*
昼休みに生徒会室に向かった俺は、アリシアに申請書を提出した。
上から下に目を動かし、一つ一つの項目をチェックしていく。
終止表情は厳しいままだったが。
「問題ありません。
所属メンバーの名前に、エリシャさんの名前はないのですね」
「ああ、エリーは生徒会に戻ることを考えてるみたいだからな」
『交流』のメンバーは俺、ラフィ、セイル、ルーシィ、ルーフィの五人だ。
エリーは以前から、定式試験の結果次第で生徒会に戻ることを考えていると言っていた。
エリーがメンバーに所属していないことは残念ではあるけど。
「……申し訳ありません」
「? アリシアが謝ることじゃないよ」
これは、エリー自身が決めたことなのだから。
「それに、俺たちは協力関係だろ?
委員会が違うってだけで、交流する機会はいくらでもあるんだからな」
「……その通りですね」
厳しい表情が緩み、アリシアは柔和に微笑んだ。
「では――早速提出に行きましょう」
こうして俺はアリシアとともに、教官室に向かった。
教官室に入ると数人の教官が昼食を食べていた。
その中にはラーニアとリフレの姿もあり。
「あら、珍しいコンビじゃない?
どうしたのよ?」
「なになにぃ? あ、もしかしてあれ?
真剣交際したいとか言いにきちゃった?
マルス君、アリシアちゃんと射止めるとはやるねぇ~!」
まだ何も言っていないのだが。
意味不明な発言をするリフレを無視して。
「委員会の申請書です。
ご検討をお願いします」
ラーニアに申請書を渡した。
「昨日言ってた『交流』ね」
「あ~、あれの件かぁ」
教官二人も俺の宣言を聞いていたからか、直ぐになんの話か理解したようだ。
「わかったわ。
余程大きな問題がないなら、設立を許可するわよ」
「わたしも~。
二人には迷惑掛けちゃったからね」
迷惑を掛けたという自覚があったことに、俺は軽く驚きを覚えた。
「……り、リフレ教官に迷惑を掛けたという自覚があったなんて……」
「むっ、アリシアちゃんちょっと失礼~!」
この世の終わりを見たようなアリシアだったが、やはり相当に珍しいことだったようだ。
リフレはプンスカという擬音が聞こえそうな、子供っぽい怒りを放っているが。
「まぁ……流石にマルス君を焼き殺すとこだったわけだし」
「頭に血が上り過ぎていたわ。
少しは反省してるわよ」
あのラーニアまで殊勝な様子を見せたことで、俺も思わず驚愕しそうになった。
だって、あのラーニアだぞ。
この学院で最も傍若無人な女と言っても過言でなさそうなラーニアが。
「……マルス、あんた失礼なことを考えてるんじゃないでしょうね?」
「いや、決してこの傍若無人な女が? などとは思っていないぞ!」
「やっぱり、設立の許可をするのやめようかしら?」
凍てつく笑顔が妙に怖い。
この女なら、本気で有言実行しそうだ。
「じょ、冗談だ。
宜しく頼む」
「あたしも冗談よ」
俺の言葉にラーニアは微笑して。
「この委員会設立が、あんたも含めた生徒たちの成長に繋がることを願ってるわ」
「がんばってねぇ~」
応援する二人。
ラーニアが珍しいことばかり言うものだから、俺は背筋が凍る思いをし。
それはアリシアも同様のようで、彼女の額からは緊張からか汗が伝っていた。
*
そんな不安を抱えながら、数日が経過。
ラーニアとリフレの言葉の通り、俺たちの委員会『交流』は設立を認可され、学院の正式な委員会として、委員会部屋を与えられることになったのだった。
今年最後の更新です。
一章、もう直ぐ終わります。