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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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ご褒美の効果

 二人の決闘を見届けた後、馬鹿二人への拍手喝采が響く闘技場コロッセウムを出て、俺は医務室に向かった。

 勝手に話を進めてしまったので、今の状況をアリシアに説明しておこうと思ったのだ。


「よう、学院最強」


 歩いていると、唐突に声を掛けられた。

 まるで俺の進む道を遮るように、ファルトが目の前に現われたのだ。


「あんたを倒さないまま、この学院の最強トップを名乗るのはマズかったか?」

「いや、あの場にはおれもいた。

 その上で名乗り出なかった。

 あの場にいた全ての生徒がそれを見てる。

 だからもう、お前がこの学院の最強だよ」


 その口振りからすると、全く不服はないようだ。


「お前は新しい秩序を生んだ。

 実力主義を利用した新しい規定ルールを作った」


 ファルトはアリシアの願いに協力していた。

 今までの秩序を守る為に、最強で居続けた。


「お前のやり方なら、今までのおれたちのやり方よりも、よっぽど多くの生徒を守れるよ」


 だからもう、ファルトは最強でいる必要がなくなったのだろう。


「それになマルス。

 最初に会った時に、もう言っておいたろ?

 戦ったとしても、勝てないってな」

「そうか?

 競技なら――死旗デスフラッグは、ファルト先輩のほうが俺より上だったぞ?」


 実際に試合をしてみて、そう感じていた。


競技・・なら、一日の長があるってだけだよ」


 ファルトは苦笑して。


「じゃあ、おれは迷宮ダンジョンに行くわ。

 アリシアにそう伝えておいてくれ」


 踵を返した。


「それとなマルス――」


 が、再び振り返り。


「偉そうに、試すようなことばかり言って悪かった」


 謝罪された。

 何か謝られるようなことを言われただろうか? と、疑問に思ったが、試合中に俺に揺さぶりをかけてきたことについて、ファルトは謝っているようだ。


「俺を動揺させようとしたんだろ?

 そういう戦い方があるのは知ってるよ」


 言葉で油断を誘う戦術があるということは聞いたがことがある。

 俺は師匠から、襲ってきた相手は迷わず殺せと教えられてきたので、今まで経験したことはなかったが。

 今回の試合で、言葉の駆け引きが立派な戦術になると実感した。


「試合中、情だの絆だの言ったが、友達に確かな定義なんてない。

 人それぞれ、違うものでいいとおれは思う。

 他人に左右される必要なんてない。

 おれにはおれの、お前にはお前の考えがあるでいいんだ」


 ファルトはファルトなりの答えを持っている。


「価値観の差は人それぞれさ。

 軽いヤツから、重いヤツ。いいヤツ、悪いヤツ。

 何をどう思うのか、全部違うんだ。

 全部違うから、お互いを傷つけあうことだってある。

 友達だと思っていたヤツに、傷付けられることだってある」


 友達に傷付けられること?

 そんなことがあるのだろうか?

 エリーやラフィ、セイルにルーシィとルーフィ。

 みんな、俺の友達でいいヤツらだ。

 楽しいことはあっても、お互いを傷付けることなんてない。

 そう思える。


 でも――アリシアとクリミナの話を思い出す。


 二人は、友達だった。

 でも、優越感と劣等感という身分の差にも似た格差が、二人の中で生まれていた。

 直接的な原因でなかったにせよ、それは間接的にクリミナの自殺に繋がった。


「裏切りや失望、相手に対する期待が大きければ大きいほど傷付くこともある。

 お前みたいな真っ直ぐなヤツなら、余計な」


 友達と裏切りが俺の中では結び付かない。

 裏切るようなヤツを、友達と言うのか?

 今の俺には、ファルトの言っていることは難し過ぎて。

 何も言葉を返すことはできなかった。


「なあマルス。

 いつか、また聞かせてくれよ。

 友達みんなと見つけた友達こたえを。

 マルスの中で生まれた答えを、友達って何かって話をさ」


 そういい残したファルトは、いつの間にか、俺の目の前から姿を消していた。


(……)


 この学院に来るまで、悩んだことがないようなことを悩むようになった。

 それは、人と関わるようになったからで。

 悩むこと自体は楽しいわけではないけど、人と関わることで生まれる感情は、どこか温かい感じがしている。


(……ああ、なるほど)


 心ってものは、複雑にできているようだ。

 こんなに複雑なんじゃ、考えても答えが出るわけないか。


(……心が見えたら、わからないこと、全部わかるようになるのかな?)


 そんな不毛なことを考えながら。

 俺は、再び医務室に向けて足を進めた。




       *




 一階に到着し医務室入ると。


「マルス君!? 怪我はありませんか?」


 俺の顔を見た途端、大袈裟に思えるほどの声音でアリシアは俺に駆け寄った。


「先輩、エリーが寝てるんだぞ?」


 ベッドには、まだ疲れた様子で


「はっ……も、申し訳ありません……」


 頬を赤く染め、自分の失態を恥じるアリシアに。


「とりあえず、ラーニアとリフレの仲を取り持ってきたぞ?」


 あったことを掻い摘んで話した。


「ってなわけで、生徒会に立会人って仕事を増やしちまった」

「……」


 終止無言のまま、真剣な面持ちで俺の話を聞いていたアリシアだが、話が終わった後も反応がなかった。


「もしかして、マズかったか?」

「ぁ――!? い、いえ、そんなことは。

 その規定ルールであれば、傷付く生徒は減らすことができると思います。

 決闘の規定ルールを急ぎ定める必要はありますが」

「とりあえず、出来ることは俺も協力するよ。

 人も足りないだろうしな」

「あ、ありがとうございます」


 念を押しておいたが、この学院の生徒たちは血の気が多いのも事実だ。

 これで問題が完全に解決するとは俺も思ってはない。


「ですが、教官を利用して実力を示すなんて、あまりにも危険過ぎます……」

「そうか?」

「そうです! 一歩間違えば、大怪我を……いえ、それこそ死んでいたかもしれないのですよ!」


 死ぬつもりなんて全くなかったのだが。


「そんなに怒るなよ。

 アリシア先輩の願いを叶えるなら、このくらいしないとダメだって思ったんだ」

「なっ――わ、私の……為に……」


 ガミガミと怒声を発していたアリシアが、俺から目を逸らして視線をおろおろさせた。


「協力関係だからな。

 それに、アリシア先輩は、自分のことを俺に話してくれただろ?

 だから、俺はその信頼に答えたかった」

「……わ、私のことを、イヤな女だと思っているのではないですか?」


 何故かそんなことを問われた。

 不安そうな、拗ねたような口調で。


「いや、そんなこと思ってないぞ。

 ただ、生真面目過ぎるとは思ってたが」

「き、生真面目?」


 素っ頓狂な声と共に、森人耳エルフみみをビクッと振るわせた。

 俺の言葉が余程意外だったのだろうか?


「それと、他人を信用しなさ過ぎだ」

「……む、無条件で相手を信じるなんて、こ、怖いじゃないですか」

「なんでだ?」

「世の中、あなたみたいなお人好しばかりじゃないんです!

 普通は一方的な条件を呑んだりしません。

 もしも一方的に相手に尽くす者がいるならそれは、余程の愚か者か、相手を愛――って、何を言わせるつもりですか!」


 真っ赤になったアリシアが、俺に一方的に怒りをブツけてきた。

 俺の質問は、それほどアリシアを立腹させるものだったのだろうか?


(……もしかして)


 これがファルトの言っていた『価値観の差』というものなのか?


「なら、俺はこれからも行動で示すとするよ。

 そうすれば、いつか俺がどういうヤツかアリシアもわかるだろ?

 だから、少しずつでいいから俺を信じてみてくれ」


 人の数だけ考えた方はあるのだろう。

 でも、少しずつでも相手を知っていけば、アリシアもなんとなく俺がどういうヤツなのかわかってくれるかもしれない。


「マルス君……。

 私は、こういう性格で、簡単には人を信じれません。

 ですが……あなたは、こんな私を助けてくれました。

 ――だ、だから、し、信じたいと、思っています……」


 それはきっと、今のアリシアの精一杯。

 でも、向けられた想いは確かに本物だと思えた。

 だって、頬を染めながら話すその様が、あまりにも一生懸命だったから。


「ありがとな」

「こ、こちらこそ……あ、ありがとう、ございます」


 お互いに感謝を述べた後。

 俺はアリシアに手を差し出した。


「あと――改めて宜しくな」

「は、はい!」


 そして、アリシアが俺の手を取ると。


「それとマルス君。

 委員会の設立を宣言したのであれば、書類は直ぐに提出してくださいね。

 学院側の許可を得なければ、委員会は設立できないのですから」


(……忘れてた)


 勝手に宣言したのはいいが、まだ書類すら書けていなかった。


「わかった」


(……帰ったら、直ぐに書いてしまおう)


 などと考えていると。


「アリシア会長はどこだ?」

「早く報告を!」

「手柄はオレのものだぞ」


 外からザワザワと声が聞こえ。


「どうしたのでしょうか?」

「……」


 まさか……。

 思い当たることはあった。

 アリシア会長、報告、手柄、断片的な言葉が聞こえただけで、想像が付いてしまう。


『不正を報告したら、アリシア会長がご褒美をくれるって言ってたぞ』


 と、不用意な発言をしたのは記憶に新しいことで。


「確認してきます」


 何事かと心配になったのだろう。

 アリシアは医務室を出た。


「あ、会長! 急ぎ報告です!

 ラーニア教官とリフレ教官の決闘の後、昂ぶりを抑えきれない生徒たちが戦闘教練室で乱闘――二人を真似て肉弾戦を始めました。

 ネネア先輩が立会人を務めてはいるのですが、明らかに手が足りていません。

 一部の生徒たちは、生徒会メンバーの許可なく決闘を始めているようです!」


 と、扉越しでもはっきりと聞こえてきてきた。

 お互いが望んでの決闘であるなら、適当に立ち会って、放っておけばいいと思うのだが。


「なっ!? ――す、直ぐに向かいます!」


 生真面目なアリシアにとっては、そういうわけにはいかないようだ。


「待ってください会長!」

「なんです? まだ何か?」


 生徒の一人がアリシアを引き止めた。


「ご褒美をください!」

「……は?」

「不正を報告すれば、ご褒美がもらえるとマルス先輩が!」

「だから、オレたち急いで不正を報告しにきました!」

「ご、ご褒美? マルス君が?」


 突然の『ご褒美』発言に戸惑うアリシア。


(……しまった。

 あの部分は省いて報告してしまった。

 ちゃんと伝えておくべきだったが……)


「罵ってください!」

「頬を張ってください!」

「踏んづけてください!」


 どれもこれも明らかにおかしいご褒美ではあったが。


「い、意味がわかりませんが、それがマルス君の提示した、不正を報告する条件なのですね?」

「「「はい」」」

「わかりました」


 迷うことなくアリシアが答えて。

 直後――特殊な性的嗜好を持つ者たちの、悦楽に満たされた声音が廊下に響いたのだった。

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