授業初日③ VSエリシア
15 8/24 サブタイトルを変更しました。
* エリシア視点 *
(セイルをたった一撃で……)
自分の目を疑ってしまう。
セイルは決してAクラスの中でズバ抜けた成績を誇っているわけではないが、単純な戦闘能力だけでいえば上位グループに入る。
狼人の身体能力を活かした猛攻は、上級生であってもまともに戦えば苦戦を強いられるレベルなのだ。
普通の人間であれば、魔術で肉体を強化でもしない限り、本来はその動きに付いて行くのがやっと。
それほどまでに、人と狼人では身体能力という持って生まれた才能に差がある。
しかも、セイルが繰り出した最後の一撃は、魔術で身体能力を強化していた。
(なのに……)
マルスは一度も攻撃を受けることなく、たった一撃でセイルに勝利してしまったのだ。
(もし、ボクが戦っていたら……)
周囲を生徒たちに囲まれ、なにやら質問責めに遭っているマルスを、エリシアはただ呆然と眺めていた。
少しずつ、胸の内に悔しい思いが募っていく。
エリシアでは、それこそ一瞬で倒されていただろう。
今のエリシアの戦闘力はセイル以下。
この学院内でも下から数えた方が早いかもしれない。
いや、もし――本来の自分の力を取り戻せたとしても、きっとマルスには敵わない。
(もしかしたらマルスは、この学院の誰よりも……)
エリシアはその強さの秘密を知りたくなった。
(ボクは、もっと強くならなくちゃいけないから……)
エリシアには目標がある。
そしてその目標を達成するには、彼のような圧倒的な強さが必要だった。
(部屋に戻ったら、話を聞いてみよう。どういう訓練をしていたのか。……もし彼の強さが才能なのだとしたら、ボクは……)
未だ歓声の中にいるマルスを見ながら、エリシアはある覚悟を決めたのだった。
* マルス視点 *
歓声に包まれながら、俺は周囲にいる者たちから質問攻めに合っていた。
「魔術で身体能力を強化していたのか?」
「人間なんだよね? 実は別の種族だったり?」
「どうしてあんなに正確に攻撃が避けられたんだ?」
「魔石を使ってなかったけど、武器を使わないの?」
「編入する前はどこで何をしていたんだ?」
など、様々な質問が次から次へと飛び交っているせいで、俺は戸惑うばかりで何も答えることができなかった。
「みんな、マルスさんが困ってます」
そんな中、のんびりとした声が喧騒の中はっきりと聞こえた。
周囲の者がその声の方に視線を向けると、その声の主は兎人の少女だった。
小柄な兎人の少女は、ピクピクと白く長い耳を震わせていた。
そして赤い宝石のような瞳で俺をじ~っと見つめたかと思うと、満面の笑みで、
「あの、マルスさん」
「うん?」
「一目惚れしました。ラフィと付き合って下さい!」
ラフィと名乗る少女の言葉を切っ掛けに、周囲はさらに喧騒に包まれた。
それは男共の、
「な、なんだとおおおおおおぉぉぉぉ!?」
「オレたちのラフィちゃんがあああああああああああああああっ!!!!!!」
「ちっきしょぅ! 新入生の野郎、闇討ちしてやろうかっ!」
という、不穏な野太い悲鳴から、
「ついにAクラスにカップル成立っ!?」
「そういう浮いた話なかったものねぇ」
「競争社会だから仕方ないけど……」
女子の黄色い悲鳴だったりと様々だった。
「付き合うというのは、恋人同士になるという意味の付き合うか?」
「はい。ダメでしょうか?」
上目遣いで俺を見つめる少女の姿を観察する。
弱々しそうな小柄な身体は、とても冒険者を目指しているようには見えない。
ウェーブがかった長い白髪と雪のように真っ白な肌のせいか、少し病弱そうに見える。
ガーネットのような真っ赤な瞳はキラキラと煌き、今か今かと俺の返事を期待しているようだった。
「あの、答えは?」
再び問われた。
俺の返事は――
「あんた達! 今が授業中だってわかってんでしょうね!」
ラーニアの一喝で先送りになった。
「他にマルスと戦いたい者は?」
周囲を見回すラーニアに、返事をする者は一人もいない。
「なら、特別授業はこれで終わりにするけど、構わないかしら?」
全員異論はないようだけど、俺には一つ気になることがあった。
エリシアのことだ。先程からエリシアが俺の方をぼ~っと見つめていた。
俺と戦えなかったことを根に持っているのだろうか?
「エリシア、お前さえよければ、俺はもう一戦してもいいぜ?」
「……ん? あ――」
声を掛けるまで、エリシアは自分が声を掛けられたと気付かなかったようだ。
この様子だと、どうやら俺と戦えなかったことを悔いていたわけではないらしい。
「マルスの実力はわかったよ。
今のボクじゃキミには勝てそうにない。
……でも……折角の機会だと思って、胸を借りてもいいかな?」
「おう」
「それと、一つお願いがあるんだ。分不相応かもしれないけど、この戦い、手加減をしないでほしい。全力で戦ってほしい……!」
エリシアの真摯な眼差しに対して、俺はノーとは言えず、
「わかった。可能な限り全力で戦うってことでいいなら」
曖昧な約束になってしまったが、命のやり取りでもないただの訓練では、その程度の約束しかできない。
「それで構わない」
手の中の魔石が光り、エリシアはショートソードを構えた。
防具は軽装ではあるが、目を引かれるほど美しい白銀の鎧を纏い、腕にはガントレット、脚にはグリーフと、騎士を連想させるような装備だった。
流石にセイルのような不意打ちはなく、
「始めてもいいか?」
俺の言葉にエリシアは頷き、それが戦い開始の合図となった。
* エリシア視点 *
刹那――
「――!?」
ボクの目の前からマルスの姿が消えていた。
少なくとも、ボクには消えたように見えた。
彼から目を離していたわけじゃない。
(どこ――)
マルスの姿を探そうとしたその刹那――ガクッ――と、視界が揺らいだ。
(ああ……)
意識が暗闇に落ちていく中で、
(ボクは、弱いなぁ……)
自分の弱さが、どうしようもないほど悔しかった。
* マルス視点 *
倒れ伏すエリシアの身体を、俺はしっかりと支えた。
決着は一瞬だった。
セイルと戦った時のような戦闘指南など一切せず、ただ相手を倒す為だけに最低限の行動のみで戦闘を終わらせた。
こちらの取った行動は接近して手刀を叩き込んだだけなのだが、それだけのことで周囲は唖然としていた。
「ま、こんなところかしらね」
呟くように言ったラーニアの声が聞こえた。
「じゃあ、特別授業はこれで終わりよ。残りの時間は自習。後は各自で教室に戻り次の授業に備えなさい」
授業の終了を伝えたラーニアは、未だに倒れ伏しているセイルの傍に寄って、
「う~ん、そろそろ起きてもいい頃だと思うのだけど……」
セイルの身体をガクガクと揺さぶった。
とてもこの学院の教官の行動とは思えない適当な処置だ。
しかし、そのお陰で、
「――っ!?」
セイルは飛び跳ねるように上半身を起こした。
状況が理解できていないのか、右往左往と首を振り周囲の様子を確かめている。
「お、オレは……」
戸惑いの声を上げるセイルに、
「特別授業は終わりよ。次の授業までは各自自習。気分が悪いようなら、医務室で休んできなさい」
ラーニアは既に授業が終わったことを伝えた。
「マルス、あんたはエリシアを医務室まで運んであげなさい」
「場所は?」
「宜しければ、ラフィがご案内しましょうか?」
兎人の少女が申し出てくれたので、
「なら、頼む」
俺はありがたくその申し出を受けることにした。
「はい、では行きましょうか」
そうして俺達は、戦闘教練室を後にした。