表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
137/201

怪我の治療

「あれ? 終わったのか?」

「今、強い魔力を感じたような……?」

「マルス君、自分からファルト先輩に触られてなかった?」


 唐突に終わった試合に、観戦席の生徒たちはザワついている。

 異常な魔力の膨らみに気付き、訝しむような目を向ける生徒もいたが。


「いやぁ、にゃんだかんだで楽勝だったにゃ!

 オメーら、ちゃんと観てたか! ウチが旗を取る瞬間を!」


 ネネアが周囲の視線を集めるように、ワザとらしいくらい高らかに叫ぶと。


「流石、ネネアさんだ!」

「オレらの姉御がやってくれたな」


 それに乗っかるように獣人たちが騒ぎ出し。


「ラーニア教官のお気に入りも、流石にファルトたちには敵わなかったか」

「でも、結構いい勝負だったよね」

「ああ、面白い試合だったな」


 ファルトたちの勝利に、次第に歓声が沸いていった。

 今、俺たちに目を向けているものはほとんどおらず。


「マルス君、エリシャさん、怪我はありませんか?」


 アリシアが駆け寄り、心配するように声を掛けてきた。


「マルスさん、お怪我を!?」

「……何があった?」


 ラフィとセイルも、慌てて俺に駆け寄ってくる。


「なんだみんな、大慌てだな。

 このくらい大したことないぞ?」

「す、直ぐに治療しないと……」


 涙は止まっていたが、真っ赤な瞳のエリー。

 不安に脅えたような表情を見ていると、俺まで胸が苦しくなってしまう。

 安心させてやりたくて、エリーの頭を撫でようとしたけど……。


(……この手じゃな)


 焼け爛れた手では、エリーの綺麗な髪を汚してしまう。


「直ぐに治療を開始したいのですが……周囲の目もあります。

 もう少し我慢できますか?」

「ああ」


 アリシアの言葉に、俺は首肯した。


(……ここで治療を開始すると、大袈裟になりそうだしな)


 ネネアが目を引いてくれてはいるが、ラーニアたち教官連中の目は誤魔化せていない。 直ぐに治まったとはいえ、エリーが魔力暴走を起こしたのは事実だしな。

 あまり話を大きくしたくはない。


「では、整列を」


 アリシアが促し。

 それから俺たちは闘技場の中心に整列し、一礼したのち。

 ネネアは「にゃああああ!!」と勝利の咆哮を上げ、観戦席の生徒たちも歓声で応えた。


(……随分と人気があるんだな)


 ネネアの人気に素直に感心した。

 それから、唐突にアリシアが俺とエリーの腕を掴み。


「ファルト、私たちを医務室に転移させてください」

「おう」


 アリシアの指示で、ファルトは俺たちを医務室に転移させた。




          *




「マルス君、ベッドに腰掛けてください。

 エリシャさんも少し休んで」

「わ、私は大丈夫です、それよりもマルスを――」


 そう言って、エリーは寄り添うようにベッドに座った。

 硬い面持ちからもわかるが、気を張り続けているようだ。


「わかっています。

 ですがあれだけの魔力を一気に消耗したのですから、

 あなたもかなり疲弊しているはずですよ?」

「でも、せめてマルスの治療が終わるまでは……」


 エリーは俺の怪我に責任を感じているみたいだ。

 

「……わかりました。

 マルス君、手を」


 言われるままに手を向けると。

 アリシアはその手を取って、治癒魔術を掛けてくれた。

 焼け爛れた掌が徐々に治っていく。


「……無茶をしますね」


 感心と呆れ半々といった声音で、苦笑するアリシア。


「先輩だって、あの状況で逃げなかったじゃないか」


 エリーの魔力暴走が始まる中、アリシアはその場から逃げず、周囲に風の防壁を発生させていた。

 それはまるで、あの場にいた生徒たちを守るような行動だった。


「私はこの学院の生徒代表として、当然のことをしただけです。

 でも、あなたは違う。

 それに、あなたは自ら危険に飛び込んだ」


 それは何故か? と眼鏡の奥の瞳は問い質してきたが。


「何故って言われてもな?

 俺はやりたいように行動しただけだよ」

「やりたいように?」


 目を丸めるアリシアに。


「もしあの場で、エリーが魔力暴走を起こしたら、誰かが傷付いたかもしれない。

 でも、それ以上にきっとエリーが傷付く。

 俺はそれがイヤだったから、咄嗟に身体が動いた」

「……マルス」


 唇を噛み締めたエリーの瞳に、再び涙が溜まっていく。


「そんな顔するなって。

 俺が迷わず行動できたのは、相手がエリーだからってのもあるんだぞ」

「……」


 俺は微笑みを向けた。

 エリーは涙は流さなかった。

 その顔は、必死に涙を堪えているみたいだった。


「信じていた、ですか。

 真っ直ぐなのですね、あなたは」

「そうか?」


 俺の解答に満足したように、アリシアは微笑していた。

 普段の冷徹で御堅い印象とは正反対の、柔和で優しい笑顔に一瞬目を引かれたが。


「うん、もう問題ないでしょう。

 確認してみてください」


 その微笑は直ぐに崩れ、普段の生真面目な表情に戻っていた。


「ああ、問題ない」


 俺が言うと、エリーが俺の手を取って。


「……痛く、ない?」

「大丈夫だ」


 俺は首肯し、エリーの頭を撫でた。


「っ……やめてよ。

 マルスは私のせいで怪我をしたんだよ。

 なのに、そんな風に優しくしないでよ……」

「ならこれは、俺に怪我をさせた罰だな」

「……な、そ、それ……は、ずるい……よ」


 拗ねたように口にした直後。

 張り詰めていた糸が切れるみたいに。


 ――バタ。


 と、俺の身体に全身を預けるように、エリーが倒れた。

 胸は上下しているので、呼吸には問題なさそうだ。

 かなり疲労しているようだが、命に別状はないだろう。


「エリーのほうが、よっぽど無理をしてるって」


 魔力を限界まで消耗し、気を失ってしまうほど、体力的にも精神的にも疲弊していたんだから。


(……少し考えるべきだった)


 そもそも俺が、エリーにあの魔術を教えたのが原因なんだ。

 この試合の前に教えれば、無理しても使おうとするのは当然だ。

 みんなで勝とうって、約束までしていたのだから。

 エリーの想いを、もっと考えていれば……。


(……ごめんな、エリー)


 心の中で謝罪して。

 眠るエリーを、俺はベッドに寝かせた。


「……あれだけ魔力を消耗したのですから、いつ倒れてもおかしくなかった。

 余程、あなたが心配だったのでしょうね」


 アリシアは苦笑を浮かべた。


「まだ礼を言ってなかったな。

 ありがとなアリシア、治療してくれて助かった」

「いえ……」


 たった一言口にして。

 少しの逡巡の後。


「マルス君。

 あなたは、他人の為に自らをなげうつことは、尊いことだと思いますか?」


 そんな質問を口にした。


「どうだろうな?

 それだけ大切な者があるってこと自体が、俺には尊いことのように思えるが……」

「……そうですか。

 すみません。

 さっきのあなたの行動を見ていたら、そんなことを思ってしまって」

「別に俺は何もなげうってなんかいないぞ?

 言っただろ? やりたいようにやっただけだって。

 さっきエリーを助けたのだって、自分の為だからな」

「どういうことですか?」


 眉根をひそめ疑問を向けるアリシアに。


「だって、友達が傷付くのは俺が悲しいからな」

「……どうして悲しいと思うのですか?」

「それは……」


 少し考えて。


「大切だからだ」


 直ぐに答えは出た。

 そして、俺の答えを聞いたアリシアが。


「……そうですか」


 再び柔和な笑みを向けて。


「マルス君、少し話を続けてもいいですか?」

「……ああ、構わないが?」

「以前された質問に今答えさせてください。

 今が、その機会だと思えたので……」


 そんなことを言って、アリシアは語った。

 彼女が生徒会に所属し、実力主義のこの学院において、この学院の秩序と生徒を守る為に行動する理由について。

連続で投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ